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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十五章 ふたりの誕生日(前編)
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第25章 第5話

 あっと言う間に三日が過ぎた。

 今日は金曜、約束の日だ。


 コン研に用があると嘘を言って桜ノ宮さん、もとい、綾音ちゃんとふたり生徒会室を抜け出した。誕生会のことは笹塚ささづかさんにも話してある。勿論彼女も大乗り気だった。今日も一緒に行きたいと言われたが、僕と綾音ちゃんの上に笹塚さんまで抜けるとさすがに怪しまれるので遠慮して貰った。


「悠也さんとふたりっきりでショッピングって初めてね!」


 繁華街に出ると綾音ちゃんが腕を繋いでくる。


「ま、まずいよ、今日は制服姿だろ!」

「あっ、そうね。ちぇっ、つまんない」


 綾音ちゃんは腕を放してもぴたりと僕の横を歩く。

 彼女の赤いツインテールから仄かに優しい香りが漂って、腕なんか繋がれたら僕の理性がぶっ飛ぶところだ。


「ねえ、何を買いましょうか? 予算は全部で千八百円だから……」


 綾音ちゃんと笹塚さんと僕、三人からのプレゼントとして六百円ずつ集めた。ふたりへプレゼントをするので、ひとつ九百円。笹塚さんは少なすぎると言ったけど、僕の財布を心配してくれたのだろう。綾音ちゃんが押し通した。


「たいしたものは買えないね。ごめんね、気を使ってくれて」

「何言ってるの? 予算は重要じゃないわ、気持ちの問題よ! あっ、ファンシーグッズ見ていきましょ!」


 僕を引っ張るようにファンシーショップに入る綾音ちゃん。

 しかしこれといった物は見つからない。


「じゃあ、次はこっちにいきましょ!」


 その後も幾つか店を回り、デパートに入って婦人服、文具雑貨を見て回る。だけど、なかなか決まらない。


「なかなかいいものがないわね。赤ちゃんをプレゼントする訳にもいかないし」

「犯罪だよ、それ」

「ねえ、悠也さんは何がいいと思う?」

「そうだなあ…… 絵本、とか?」

「う~ん。いいアイディアだけど、多分予算オーバーね」

「じゃあ…… ブックカバーは?」


 実は最近、礼名は読んでいる本を僕から隠すことが多い。あまり気にしてなかったけど、クリスマスに麻美華が『僕は妹にかれてく』なるヤバそうな文庫本を贈るのを見てその理由が分かった。表紙を隠さないといけない本を読んでいるんだ、と。

 だからブックカバーを買ってあげると喜ぶかな、と思った訳だけど。


「あっ、それいいわね。あのふたり最近クイーンズ文庫読みまくりだし!」


 そんなに読みまくってるのか、あいつら。


「じゃあ、そうしましょうよ! 文具雑貨売り場ねっ!」


 通り過ぎたところに戻るべく、ふたり揃って振り返る。


 と。

 あれっ?

 あの人さっきも?


 マッハで振り返った視線の先にバスの中で見た男の人がいた。

 僕らは今来た道を戻って文具売り場に向かう。


「ねえ、もしかして……」


 突然、彼女が声を潜めた。


「あたしたち、尾行されてない?」


          * * *


 それまで僕にピッタリついて歩いていた桜ノ宮さんは、少しだけ距離を取った。

 そうして買い物を済ませると、ふたりはバス停で別れた。


「勘違いだったらいいんだけど……」

「そうだね……」


 ふたりへの誕生日プレゼントはお揃いのブックカバー。

 丁寧に包装しリボンを掛けた小さなその箱は綾音ちゃんに預かって貰った。


 しかし。

 さっきまでサングラスを掛けた男が僕らを付けていた気がする。

 勿論断言は出来ないが。

 もしそうだとしたらその目的は?


 桜ノ宮さんのお父さんは国会議員だ。スキャンダルは御法度。だけどその娘をマークしても意味はない気がする。まして彼女は品行方正な女の子、のはずだ。今日は僕とふたりだったけど、だからってそれがお父さんのスキャンダルになるとは思えない。


 桜ノ宮さんでないとしたら僕の方?

 いや、それもないだろう。

 僕みたいな貧乏人の素性を調べても得なことは何ひとつないはずだ。

 結局よく分からないまま家へと辿り着いた。


「おかえり。遅かったね、お兄ちゃん」

「あ、うん。今日はコン研でいろいろとあってね」

「そうなんだ」


 綾音ちゃんと口裏を合わせた嘘をつく。

 少し後ろめたい気もするが、ふたりへの誕生日プレゼントを買うためだ。何もやましいことはしていない。


「すぐにご飯の用意をするね」


 僕は着替えを済ますと居間に戻る。

 唐揚げが美味しそうな音を立てて揚がっているところだった。


「大根の葉っぱ炒めもあるし、具だくさんのお味噌汁もあるよ」


 僕はふたりのご飯を装うと食卓に座る。

 そうして揃って戴きます。


「今日お隣の売買が正式に成立したらしいよ。コインパーキングの方も決まったって。三宅社長に聞いた。どちらもウィッグだよ」


 覚悟を決めていたからか、礼名は淡々と今日の話を語ってくれる。

 ウィッグは買収した土地への店舗建設を急いでいるらしい。最新の建設技法を駆使するそうだが、三宅社長も驚くような短日程で進めようとしているらしい。


「早ければ三月にもオープンするんだって」

「そんなに早くか!」

「うん、凄いよね」


 どんなに早くても夏以降だろうと思っていたのに。


「いよいよ決戦だな。だけどどうやって迎え撃とうか?」

「そのことだけどね。あのね、お兄ちゃん……」


 礼名は箸を置くと俯いて言葉を紡ぐ。


「最近わたし思うんだ。お母さんはどうしてこのお店を開いたんだろうって。お父さんのお給料だけでも十分生活できたのにさ。趣味? お母さんはそう言ってたけど、でもそれだけかなって思うんだ」


 やおら彼女は顔を上げると、僕に向かって微かに微笑んだ。


「わたしは今までお店の売り上げのことばっかり考えて来たでしょ。カウンター作って販売したり、リピーターの人を増やそうとムキになったり。だけど、お母さんはそんなことのためにこのお店を開いたのかなって。きっと違うんじゃないかなって。お兄ちゃんにも分かるよね。お母さんにとって一番大切だったのはそんなことじゃない。出会いがあってふれ合いがあって、笑顔が溢れて…… そうだよ、お母さんはみんなの笑顔のためにお店をやってたんだ。この街を笑顔にするために頑張ってたんだ。そう思ったら急に気が楽になったんだ」


「いや、礼名だってみんなを笑顔にしてるじゃないか!」

「ありがとう、お兄ちゃん。だけどお母さんには負けるよね。礼名は商売主義だもん」

「……」


 彼女が言いたいことは分かる。

 だけど、母と違って僕たちにはオーキッド以外に収入がないのだ。

 店の売り上げがないと死んでしまうんだ。

 そのことを礼名に告げると、彼女はおどけたように肯いた。


「うん、その通り。そこが難しいところなんだな~っ、てへへっ!」


 そうして笑顔のままで箸を持つと唐揚げを頬張る。

 彼女に釣られてぼくも唐揚げに手を伸ばす。


「桂小路の目的はわたしたちの絆を引き裂くことだよね」

「ああ、そうだろうな」


「だったら礼名は何にも怖くないよ。だってさ、お兄ちゃんと礼名の絆はダイヤモンドよりもずっとずっと堅いんだからね!」



 第二十五章  完


 第二十五章 あとがき



 いつもご来店ありがとうございます! 桜ノ宮綾音です。

 第二十五章このしょうはいかがでしたか?


 麻美華と礼名ちゃんの誕生日を祝ってやろうなんて、やはり悠也さんは優しいですよね。

 あたしも彼と一緒に買い物に行けてとってもハッピー、なんだけど、悠也さんったら手も繋いでくれないし、次のデートの約束もないんですよ。あたしじゃ不満なのかな。

 綾音だって一生懸命頑張ってるんですよ! お肌のお手入れも笑顔の作り方も、心の中から綺麗でいたいって自己啓発も怠ってないのに。どうしてなのかしら……


 だけど、最後は綾音が勝ちますからね。

 皆さんも是非あたしを応援してくださいねっ。



 ではお待ちかね、お便りのコーナーです。

 こちらはペンネーム、「チョコレート爆発しろ」さんです。




 いつも綺麗で優しい綾音さんこんにちは。

 ……はい、こんにちは。


 突然ですが、綾音さんは食べ物の好き嫌いはありますか?

 ……そうですね。なまこが苦手、かな。


 僕はほとんど好き嫌い無く何でも食べます。

 カレーもハンバーグも好きだし、納豆なんかも大好物です。

 ……偉いですね。


 だけど僕の彼女は納豆が大の苦手なんです。

 いや、苦手と言うより超絶に大嫌いです。

 先日、とある事情から僕は彼女のアパートで同棲することになりました。

 だけど、同棲一日目、僕が朝ご飯用に冷蔵庫に入れていた納豆が捨てられていたんです。

 犯人は勿論彼女です。

 だけど彼女は、


「冷蔵庫が納豆になるう~!!」


 とか言って謝るどころか、納豆持ち込み禁止令を発布し、今後納豆は発見次第、即刻爆破し焼却すると宣言したんです。

 きっと彼女は食わず嫌いに違いない。納豆はネバネバっとあんなに美味しいのに、それを知らないだけに違いない。僕はそう思ってこっそりおにぎりに納豆を入れて、彼女に食べさせようとしました。しかし彼女は僕が弁当箱を開けた瞬間、その驚異の嗅覚で僕の作戦を見抜き、


「納豆発見! 即刻爆破するっ!!」


 と叫ぶと、そのおにぎりを奪い取り公園の彼方へと投げ捨てました。


 ええ、それは見事な遠投でした。

 百メートルは優に超えました。

 プロテスト確実に合格です。

 そして彼女の怒りのバックブリーカーが炸裂しました。

 凄絶な痛みに必死の思いでタップして命だけは助けて貰いました。

 それでも惚れた弱みと申しましょうか、僕は何度も何度も頭を下げて仲直りしました。


 でも、これって、僕は悪くないですよね。

 僕は彼女も大好きですけど、納豆も大好きなんです。

 納豆のない人生なんて考えられません。


 教えてください綾音さん、

 どうしたら彼女は納豆を食べてくれるでしょうか?

 彼女と納豆、どうしたら仲直りできるでしょうか?




 ってお便りですけど。

 あの、チョコレート爆破しろさん。

 人生って、涙をんでも何かを捨てなきゃいけない時があると思うんです。

 あなたは今、彼女か納豆か、二者選択を迫られているのです。

 彼女を選ぶか、納豆を選ぶか。

 辛いでしょうがふたつにひとつです。

 正直、綾音としては、納豆をお勧めします。

 その方がチョコレート爆破しろさんの健康に良さそうですよね。

 彼女に代わりはいますが、納豆の代わりに甘納豆は使えませんし。


 彼女も「納豆に負けた女」として殿堂入り間違いなしです……

 ぷぷぷっ!


 すいません。失礼しました。

 と言うわけで、次回予告です。


 着々と進むウィッグの店舗工事に綾音と見た不気味な影。

 不安な要素が満載の中、悠也さんは麻美華と礼名ちゃんの誕生日を祝う。

 それは決戦を前にした神代兄妹のひとときの安らぎの時間。

 難局に立ち向かうふたりは絆を確かめ合うのだが……


 次章「ふたりの誕生日(後編)」もお楽しみにっ!

 お相手は、あなたの桜ノ宮綾音でした!


 って、作者さん! 悠也さんは綾音との絆を確かめ合うんじゃなかったんですか!

 こんなシナリオ却下ですよ~っ!

 今すぐ書き直してくださいよ~っ!


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