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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十五章 ふたりの誕生日(前編)
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第25章 第3話

 そして水曜日。

 学校から帰ると裏のコインパーキングで誰かが打ち合わせをしていた。隣の空き店舗はシャッターが開けられ、業者さんらしき人が出入りしていた。


 いよいよ工事が始まるようだ。

 それは桂小路との新たな戦いを意味する。


「遅かったね、お兄ちゃん」


 振り向くと礼名が立っていた。

 手にエコバックを持っているから買い物帰りだろう。


「ああ、ちょっとね」


 僕の帰りが遅れたのは、学校帰りに麻美華といつもの公園に行ったからだ。

 先週土曜日の五億円事件以降、彼女とゆっくり話すのはこれが初めてだった。


「寒くないか? 今日は冷えるだろ?」


 寒さの所為せいか公園には誰もいなかった。

 子供は風の子というのはウソである。こたつの子だ。


「麻美華は大丈夫です。お兄さまは寒いですか? だったらどこか暖かいところへ……」

「僕も大丈夫だよ。だけど今日は少し歩きながら話そうか」

「ええ」


 僕らは公園を出て住宅街を北の方向へ歩いた。


「土曜日のこと、お兄さまは分かってくれますよね」

「ああ、勿論」


 麻美華はいきなり先週の話を切り出す。


「私、パパから聞いたんです。桂物産系列の輸入食品屋って凄く悪辣あくらつなことをしてるんですってね」

「悪辣なことって?」

「知らないんですか、お兄さま」


 彼女の話はメイド喫茶で聞いた話を裏付ける内容だった。

 近年、ウィッグコーポレーションは業務用コーヒーの拡販に力を入れているらしい。

 当然、個人経営の喫茶店にも売り込むのだが、ライバル社からの取引変更を迫って、従わない相手にはメグちゃんのお店のような嫌がらせをしていると言う。まるで見せしめのように。


「その世界では有名な話だそうですよ。パパが言うには嫌がらせと言っても条件にあった場所にしか出さないらしいんですけどね。つまり、自分の店も儲かりそうで、且つ、見せしめの対象もあるような場所。まあ、商売ですからね」


 つまり、メグちゃんの店は運悪くそのような条件に合致したのだろう。でも、その効果かどうか、業務用コーヒー分野でのウィッグのシェアは上昇しているのだとか。


「勝てば官軍、ですけど、パパは苦々しく見ているそうです。そんな話を聞いて考えたんですよ。お兄さまの店を五億で買い取るのはいいアイディアだと思ったんですけどね。倉成が建物を買ったとしても出て行く必要はないんですから」


 彼女の考えは、一旦店の所有権を買い取り、その使用権を貸す、と言うことらしい。そうすると僕たちには丸々五億もの資産が転がり込み、しかもウィッグに対しても抑止効果があるだろうと。


「嫌がらせで店を作っても、すぐ別の場所に逃げられては困りますからね。だからパパも基本的にはいいアイディアだって言ってくれたんです。だけど、うまくいかないんじゃないかとも…… パパには分かっていたのかな……」


 礼名は桂小路に言い切っている、「大人の力は一切借りずにやってみせる!」

 だから麻美華の提案はとてもありがたいけど、僕たちの選択肢にはならない。

 勿論倉成壮一郎はそんなこと知らないはずだけど……


 気がつくと住宅街を抜け、普段は滅多に来ない国道沿いへと出ていた。

 ふたりは少し歩いてバス停で別れた。


 赤の他人にどうしてそんな大金を使ってくれるのか?


 礼名の疑問は至極もっともだ。

 麻美華と別れて、僕はひとりで考えた。

 いつか麻美華との秘密を明かさなければ。

 だけど、その前に言わなくちゃいけないことがある……


「どうしたのお兄ちゃん? 寒いから家に入ろうよ」

「あ、うん」

「最近考え事が多いね。あんまり悩んでると桂小路みたいに禿げちゃうよ!」

「怖い事言うなよ! 髪の毛は太い方だし大丈夫だよ」

「そうだよね。でも、遺伝って怖いからねっ!」

「あ、うん……」


 僕に桂小路の遺伝子は繋がってない。だからその点は安心だ。倉成壮一郎も禿げてないし……

 って、まさか!

 カツラじゃないだろうな、倉成氏?

 今度麻美華に聞いておこう。


「お隣は工事の打ち合わせみたいだね」

「ああ。商談まとまったばかりだろうに、やること早いよな」

しゃくさわるけど今度輸入食品ウィッグを偵察にいこっか? 市の繁華街にあったよね」

「そうだな。絶対何も買いたくないけどな」

「えへっ! でも、お兄ちゃんと一緒にお出かけなら少し嬉しいかな!」


 そう言うと台所に立つ礼名。

 エプロンに『CRお兄ちゃんパラダイス』って文字が躍る。

 何だそれ! 未成年だろ礼名!


「今日は親子丼に大根の葉っぱ炒めスペシャルだよっ!」

「何だ、そのスペシャルって部分は?」

「礼名の愛情がてんこ盛りなんだよっ!」

「愛情、ってもしかしてトマトソース味とか?」

「ぎくっ!!」


 最近、岩本が貸してくれた料理バトルアニメの影響か、礼名はやたらと料理に『工夫』をしたがる。


「きっと合わないと思うぞ」

「ぎくぎくっ!!」


 ヘンな工夫をするよりオーソドックスに作る方が美味しいのは世の常だ。


「実はオリーブオイルで炒めようと思ったんだ。それなら大丈夫そうでしょ? トマトソースは『大根の葉っぱのスパゲティ』でやってみようと思ったんだよ。案外いけると思うんだけど……」

「う~ん、想像がつかないよ」

「任せといてよ! 美味しいよっ!」

「その一言が余計不安を増長させるぞ」

「ひどいよっ!」


 ま、礼名が喰えないものを作ったことはないけどね。

 やがて。

 親子丼とオリーブオイルを使ったという『大根の葉っぱイタリアン』が出来上がると、 ふたりはお行儀よく手を合わせる。


「ウィッグの開店はいつになるのかな?」

「さあ、どうだろう。これから今の建屋を撤去して新しい建物作るんだからそんなに早くは出来ないと思うけど。夏以降とか……」

「ともかく対策を考えないとね。あ、それからこのことはムーンバックスの奈月なつきさんにも伝えておこうよ。巻き込んじゃうかも知れないしね」

「ああ、そうだな」


 ぱくぱくぱくぱく


「敵は無料喫茶コーナーかあ……」


 親子丼を頬張りながら考え込む礼名。

 僕も色々思いを巡らせるけど、いいアイディアは浮かばない。そもそもまだ輸入食品屋が出来ると決まった訳でもない。


「敵がコーヒーとテーブルを無料で提供するのなら、わたしたちはそれ以外の魅力を提供しなきゃいけないよね。と言うことは……」

「いっそ業態を変えてみるとか? 喫茶店やめてたこ焼き屋とかクレープ屋とか」

「でもそれじゃ大切な常連さんに顔向けできないよ。それに……」


 礼名は仏壇に目をやる。


「ああ、そうだな。お母さんの大切なオーキッドだもんな…… うん、わかった」

「ありがとう、お兄ちゃん。カフェで頑張ろう。礼名、お兄ちゃんさえ一緒なら絶対勝てる気がするんだ」


 にこり笑顔を見せる礼名。

 我が妹ながら反則的に可愛い。

 だけどそんな礼名ももうすぐ十六歳。


「そうだ礼名、礼名は何か欲しいものとかあるか?」

「何、急に」

「いや、ちょっと聞いてみただけ」


 礼名の誕生日に何か買ってあげなきゃ。そう思って聞いてみたけど。


「欲しいものねえ…… お兄ちゃんのサイン!」

「……言うと思った」

「婚姻届にサラサラっとね。簡単でしょ!」

「難しいわ、色々と!」

「礼名はもうすぐ十六だよ! 今が書き時だよっ!」


 そう言うと礼名は急に僕から視線を外した。


「どうした礼名」

「ううん、前言撤回。じゃあ、そうだな……」


 ほんの少し考えた礼名は真っ直ぐに僕を見つめて。


「じゃあ、かすみ草が欲しいな」

「かすみ草?」

「うん。少しだけでいいよ。かすみ草」


 かすみ草ってメインの花の周りについてくるイメージなのだが。


「案外と高いかもだから、少しでいいよ」


 意外だった。

 具体的に欲しいものが返ってくるとは正直期待していなかったし、その答えがまさかかすみ草だとは。まっ赤なバラとかだったら、まだ分かるのだが。


「うん、分かった」


 僕の言葉に礼名は控えめに微笑んだ。


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