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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十五章 ふたりの誕生日(前編)
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第25章 第1話

 第二十五章 ふたりの誕生日(前編)



「待てよ、待て…… 待ってくれ~っ!」


 清々しいはずの日曜の朝。

 逃げ惑う高田さんに恐怖の大魔王が降りかかる。


「ぎゃあっっ! ギブギブ~! だじげで~っ!!」


 奥さんのカボチャがためが炸裂した、まさにその時だった。

 珍しいお客さんが入って来た。


 からんからんからん


「いらっしゃいませ~っ!」


 しかし、扉を開けた彼は目の前の光景に首を傾げる。


「あれっ、高田さん? どうしたのこんなところで! 朝から夫婦の営みかい? 珍しい体位だね」

「あっ、三宅社長! そうじゃなくっ…… うぎゃあっギブッ!」

「あっわかった! そう言うプレイってわけね!」

「ち、違うんで…… ぐぶっ! ギブギブッ!」

「はいっ、奥さん、そこまでです~っ!」


 ふたりの絡み合いを制止すべく飛び込む礼名。


「はあはあはあ…… あっ、三宅社長、お好きな席へどうぞ!」

「何だか凄い事になってるね。本物のプロレスより迫力あるよ」


 小柄な三宅社長はカウンターに腰掛けるとメニューを広げる。


「ブレンド貰おうかな」

「朝は100円アップでサンドイッチかフレンチトーストが付きますが?」

「じゃあ、サンドイッチで」


 メニューを畳んでカウンターに置くと僕に向かって話を始める。


「実はね、悠也くん」


 七三に分けられた白髪しらが交じりの髪。

 いつもは愛想のよい三宅社長が真剣な眼差しで僕を見た。


「昨日、このお隣に手付けが打たれたよ」

「えっ! 買い主は?」

「ウィッグコーポレーションって会社。それが、それだけじゃなくって……」


 三宅社長の話では、裏のコインパーキングのオーナーに対して相場を遙かに超えるオファーがされたとのこと。オーナーも前向きに考え始めたという。


「僕の経験で言うと、この話はまとまると思うんだ」

「ってことは、隣の空き店舗も裏のコインパーキングもウィッグのものになるってことですか?」

「うん。契約はまだだけど、多分決まるだろうね。ともかく提示額が異常に高いんだ」


 気がつくとお冷やをトレイに載せた礼名が三宅社長の話を黙って聞いていた。


「あっ、ごめんなさい。お冷やとおしぼりです……」


 みるみる青ざめる礼名。


「それってどうしようもないんですか?」

「ああ、僕らは仲介しているだけだからね。ごめんね」


 三宅社長の話では、昨日の夕方に突然ウィッグ社の人間が来て契約を急いだらしい。仲介したのは土地と建屋の販売だけで、そこがその後どうなるかは知らないと言う。


「どうしよう、ねえ、どうしょう……」


 カウンターに戻ってきた礼名は同じ言葉を繰り返す。

 ウィッグ社が購入してきたと言うことは、恐らく輸入食品屋を作るのだろう。そしてメイド喫茶のメグちゃんが働いていた喫茶店がやられたように、無料のカフェスペースを作るつもりに違いない。

 動揺する礼名を見ると、僕は少しだけ冷静さを取り戻した。


「三宅社長のオーダーはモーニングだ。サンドイッチ頼むよ」

「あっ、はい。マスター!」


 昨日、桂小路が騒動の末に途中で帰った後、母の従姉妹の入り婿で桂物産の重役という、桂小路信司おじさんは僕に警告をしてくれた。


徳間とくま会長は、悠也くんの家の近くの土地を買おうとしているんだ。経理部門としては収益が見込めないとの判断でストップを掛けたんだけど、徳間会長はオーナーでもあるからね。強引にGOサインを出されると誰にも止められないんだ」


 つまり、正月に桂小路が言った話は信司おじさんのお陰でストップしていたらしい。

 三宅社長の話はそれが急に動き出した、と言うことだろう。

 僕は淹れたてのコーヒーを彼の前に差し出す。


「なあ悠也くん、そのウィッグって会社、本当にこの店を潰しに来るのかい?」

「はい、きっとそうだと思います」

「ごめんな。こんな事になって」

「いえ、仕方ありませんよ。すぐに教えて貰って助かります」


 例え三宅不動産が仲介を拒絶しても、他の業者を使えばいいだけだ。それなら情報を教えてくれる三宅不動産で契約をしてくれた方がまだマシだ。


「お待たせしました、サンドイッチです」

「ありがとう礼名ちゃん…… ごめんね」


 三宅社長は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ、三宅社長は何にも……」


 必死に笑顔を作る礼名に、三宅社長は少し表情を緩めた。


「もうひとつ伝えておきたい話があるんだ。実は…………」


 昨日の夕方、うちの隣の空き店舗に興味を示した客がもうひとり現れたらしい。それもいきなり言い値で買うと言って来たという。だけど、時既にウィッグ社との交渉が始まっており、商慣習的に後の話は断ったという。そして、その客というのが。


「ねえお兄ちゃん、倉成企画って倉成財閥の関連会社なの?」

「さあ…… ねえ、ご存じですか三宅社長?」

「勿論知ってるよ。倉成財閥の関連会社と言うより、オーナー自身の資産管理会社だね」


 オーナー自身の資産管理会社…… ってことは倉成壮一郎の個人的な?

 頭の回転が速い礼名もすぐに気が付いたようだ。


「麻美華先輩が助けようとしてくれたんだね…… 礼名もくよくよしてちゃいけないね!」


 昨日の会食の様子を見た麻美華が桂小路の買収を阻止すべく手を回したのだろう。しかし、金持ちの考えることは全く想像もつかない。隣の店舗って結構広いし一応ここは商店街の中だ。多分一億は下らない。とんでもない大金だ。それを言い値で買うだとか頭がどうかしている。


「えへっ、みんなに心配掛けちゃいけないね。だけどさ、麻美華先輩っていつもやりすぎだよね」

「ホントに金持ちの考えることは分からないよな」

「本当に金持ちだからってそれだけの理由なのかな……」


 少し思案顔の礼名は、しかしすぐに高田さんの元へお冷やのサービスにいく。

 そうして、全てが平常通りに回り始めたその時、話題の風雲嬢がやってきた。


 からんからんからん

 からんからんからん

 からんからんからん

 からんからんからん


「麻美華先輩、いらっしゃいませ~っ!」

「あら礼っち、振り向きもせずにどうして私だと分かったのかしら?」

「簡単です。うちのドアベルをしつこく三回以上鳴らすのは麻美華先輩以外にいないからです」

「ふっ。さすがね礼っち。今日はそんなあなたに朗報を持って来てあげたわ」


 麻美華は不敵な笑みを浮かべたままカウンターへ歩み寄ると、僕に向かって上から目線を炸裂させた。


「このお店、五億円で買うわ!」


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