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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十四章 あれから一年経ちました
151/193

第24章 第5話

 暫くの後。


 戻ってきた桂小路の祖父は不気味に落ち着いていた。

 そうして僕に捨てゼリフだけを吐き捨てると、一石おじさんに連れられて先に帰った。


 会食はメチャクチャになったが、この程度で済んでよかったのかも知れない。

 そうして、家に戻ると日は西の空に消えようとしていた。

 僕は自分の部屋で喪服を脱ぎ捨てるとベットに横たわる。

 

 ブルルルルルル……


 マナーモードにしたままのガラ携が着信を告げる。

 麻美華からのメールだった。

 あのレストランは倉成財閥資本のお店らしく、桂小路に飲み物をぶっかけた麻美華も桜ノ宮さんも無罪放免だったらしい。なるほど、道理で突然ふたりがバイトで出て来たわけだ。何でもありだな、お金持ちは。


 もうひとつ心配だったのは桂小路のあの言葉を桜ノ宮さんがどう取ったかだけど。

 麻美華によると彼女はそのことについて一切語らなかったらしい。彼女は少しおっとりしているところもあるが…… 僕と礼名の関係について気付かれてないよな。


「はうっ!」


 ベッドの上で大きく溜息をつく。

 桂小路の言葉について一切語らなかったのは礼名も同じだ。

 あのあと、彼女はひとりひとりに頭を下げて混乱を詫び、会食が終わるとみんなを笑顔で見送った。

 家に戻る電車の中でも彼女はいつも通りに振る舞った。


「今日の麻美華先輩はカッコ良かったね! 桂小路にビールを浴びせてスカッと爽やかだったよねっ! コクがあるのにキレもあったよねっ! ちょっと見直しちゃったよ。それに、麻美華先輩に貰った株主優待チケットを使ったらお支払いが20%オフだったんだよっ! あっ、でもずるいよね。お金持ちはあんなチケット手に入れて、どんどん金持ちに拍車をかけていくんだよね。金持ち優遇だよね。その内に一揆いっきを起こそうよ、貧乏人一揆だよ! ええじゃないかのカーニバルが日本中を席巻するんだよっ!」


 いや、いつもよりハイテンションだったかも知れない。

 しかし。


 今日の桂小路の言葉で分かったことがある。

 一年前、礼名は桂小路から聞かされたのだ、僕が両親の子でないことを。

 そしてきっと、礼名はその言葉に反駁はんばくした。

 彼女が桂小路の言葉を素直に受け入れるはずがない。

 礼名は桂小路が白だと言えば、どんなものでも黒だと言い返すだろう。

 それほどに嫌っているようだった。


「お兄ちゃん、そろそろ行かない~っ?」

「わかった、今行く~!」


 僕はベッドから降りると、急いで私服に着替える。

 そうしてふたり並んで家を出た。


「お兄ちゃんありがとう」

「ん? 何がだ?」

「お兄ちゃんは優しいよね。わたしをお食事に誘ってくれて……」


 うっすらと化粧をした礼名。

 買ったばかりのベージュのコートを羽織った彼女は見違えるほどに大人びて見える。

 帰りの電車の中、僕は外食しようと提案した。

 いつもは家計節約のため家で食べようと言う礼名だが、今日は珍しく僕の言葉に肯いた。


「正直今日は疲れたよ」

「ああ僕もだ。だけど本当に大変なのはこれからかも知れない」

「うん、分かってる……」


 僕らは中吉商店街にある洋食屋ボンファンに入った。

 昔、家族でよく来た街の洋食屋さん。

 しかし、ふたりになってからは初めてだ。

 テーブル席が九つ、カウンターもあってうちの二倍以上ある店内はまだ六時前なのに半分ほど埋まっていた。


「よっ、悠也くんに礼名ちゃん、来てくれたんだ! ライス大盛りするからね、注文決まったら呼んでよ!」


 気さくな店長は自らメニューを置くと笑顔をくれた。


「メニューは前と変わらないな。礼名はここのハンバーグが好きだったよな」


 ふたりメニューを広げる。

 注文はすぐに決めたけど、勉強のためメニューの隅々も見ていく。今こうしてみるとステーキなんかは結構値が張る。一部のセットメニューを割安価格に設定しているようだ。


「じゃあ、わたしはハンバーグセット。お兄ちゃんはカツレツセットでしょ?」

「うん、正解!」


 注文を済ませると、礼名はかしこまって僕に頭を下げた。


「お兄ちゃん、ごめんなさい」

「何が、だ? 礼名は謝るようなことしてないだろ?」

「ううん。気がついたでしょ? わたしが一年前の事、まだ隠してたの……」

「……」


 間違いない。

 一年前、礼名は桂小路に、僕が両親の子でないことを告げられたのだ。

 僕は言葉を返せなかった。

 でも、言葉を返せない、と言うことは肯定したのと同義だ。


「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした礼名」

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよね。ずっと礼名のお兄ちゃんだよね」

「当たり前じゃないか」

「よかった」


 小さく息を吐くと僕の目を見てはにかんだ礼名。


「あの桂小路の大嘘つき! お兄ちゃんはお兄ちゃんに決まっているのにねっ! 似てないとか血がどうのとか下らないことばっかり言いやがって! 許せないよ! お兄ちゃんと礼名は兄妹と言う名の赤い糸でガッチガチに結ばれた運命共同体だよ! ゆりかごから墓場を通って異世界まで一緒なんだよ! 兄妹は無敵、兄妹は永遠に不滅、兄妹こそ正しい愛の形なんだよっ!」


 あれっ?

 どこまで分かってるのか、分からなくなってきたぞ。


「お兄ちゃんさえ一緒なら礼名は何も怖くないよ! 桂小路がどんな手を使ってきてもギャフンと言わせてやろうよ! ズッタズタに返り討ちだよ!」


 完全に息を吹き返した礼名はいつもの調子で捲し立てはじめる。


「なあ礼名、ひとつだけ教えてくれ」

「あっ、うん、なに?」

「一年前、礼名は何と言ったんだ?」

「えっ?」

「その、隠してた話を聞かされたとき、桂小路に何を言ったんだ?」

「ああ、それね……」


 礼名は少し苦笑しながら、わざとらしく小さい咳払いをして。


「何も言ってないよ。ただ、わたしの大切な人をおとしめるようなデタラメを言ったらどうなるか、礼名の覚悟を聞かせてあげただけ」


 礼名の覚悟?


「って、何をしたんだ礼名! まさかナイフを自分に突き立てて?」

「違うよっ! 誰が桂小路の前で死んだりするもんですか!」

「じゃあ何を?」

「それはさ、その…… そこは秘密だよ」


 秘密?

 夜逃げするとか死んでやるとか、そんなことを言ったのだろうか。

 それとも……


「おまちどおさま~!」


 先ずはスープが運ばれてくる。

 濃厚でも上品な味のポタージュスープ。

 ふたりがそれに舌鼓を打っていると、程なくメインも現れる。

 白磁に盛られたカツレツはほどよく肉厚で、何より独特のオレンジ色のソースがいい香りを放つ。


「うわあっ、美味しそうっ!」


 礼名の前に置かれたハンバーグも滴る肉汁が食欲をそそる。

 そうして。


「「うん、美味しいっ!」」


 思わず漏れた声が重なった。


「ホントに美味しいよね。どうやって作るのかな、このソース。礼名もこれくらい料理が上手くできればいいのにね」

「そりゃ、こっちはプロだもん、仕方ないだろ」


 ここの店長は元・高級ホテルの料理長らしい。 

 気取らない街の洋食屋だけど、ともかく味は一級品だ。


「礼名だってプロだよ、プロの妹だよっ!」

「なんだ、プロの妹って?」

「職業・妹。ターゲットはお兄ちゃん」


 意味不明だった。

 しかし礼名は真顔のままで、じっと僕を見つめる。


「ねえ、お兄ちゃん、礼名はさ……」

「なんだ?」

「桂小路の言うことは絶対信じないからね」

「…………桂小路も嫌われたもんだな」

「そう言う意味じゃないんだけどな……」


 一瞬困ったように僕を見た礼名は、やがて「ふふっ」と笑って眼を細める。


「例えどんなことでも、礼名は、お兄ちゃんの言うことなら信じるよ!」

「…………」

「はい、一口あげるね、ハンバーグ! 美味しいよっ!」


 ナイフで大きめに切ったハンバーグを僕の皿に載せると満面の笑みを向ける。

 そんな礼名に僕もカツレツを一切れ渡す。


「相変わらず仲がいいね~」


 白いコック帽の店長が笑顔で立っていた。


「はい! 今、おかず交換の儀式でお兄ちゃんとわたしは永遠の愛を誓い合いました! マスターも立会人ですよっ!」

「おい、何を言うんだ礼名!」

「はっはっは。ウワサ通りの熱愛ぶりだね。どこからどう見ても恋人同士にしか見えないよ」

「当然ですよ、わたしたちは正真正銘、熱々の恋人同士なんですからっ!」


 礼名の声に手を上げて笑顔で厨房へ戻る店長。


「いいお店だよね、美味しいだけじゃなくってさ。わたしももっと頑張らないとだね」

「僕もだな」

「ううん。お兄ちゃんは完璧だよ」


 礼名は微笑みながら視線を落とすと、僕が置いたカツレツを美味しそうに頬張った。



 第二十四章  完


 第二十四章 あとがき


 こんにちは。神代礼名ですっ!

 星の数ほどある小説の中から、わたしたちのお話を読んで戴きほんとに感謝ですっ!

 この章も楽しんで戴けましたかっ?


 実はこのお話の発端、そう一年前には色々なことがありました。

 それはお兄ちゃんも一緒なんだと思います。

 だけど、ともかく、結局のところ、誰が何と言おうと、

 礼名はお兄ちゃんが大好きですっ!

 またしても桂小路も動き出しそうで、これから風雲急を告げるような予感がしますけど、礼名は世界最強の、いや宇宙最強の妹です。これからも是非安心してお兄ちゃんとのいちゃラブストーリーをお楽しみ下さいねっ!


 では、まいどお馴染みのお便りコーナーです。

 こちら中学二年生のペンネーム『馬の耳に大仏』さんです。

 ……馬の耳に大仏って、状況が想像出来ませんね。

 奈良でしょうか、鎌倉でしょうか?

 まあ、ともかく読んでみましょう。




 可愛い礼名ちゃん、こんにちは。

 ……はい、ありがとうございます。


 先日クラスの女の子が「甘いものは好き?」って聞いてきたので、僕は「甘いのは苦手かな?」と答えると何故だかガッカリした様子で去ってきました。ホントに女の子って分かりませんよね。


 ところで本題ですが、もうすぐバレンタインデーですね。

 僕はバレンタインデーが嫌いです。

 どうしてかって言うと、ちゃんとしたチョコを貰えないからです。

 去年も仲のいい女の子がみんなに配ってる義理チョコを二個貰っただけ。本命の豪華なやつとかハート型手作チョコとか一度も貰ったことがないんです。

 礼名ちゃん、どうか教えてください、どうしたらあんな大きいチョコを貰えるんでしょうか?

 もう、寂しいバレンタインはまっぴらです。




 ってお便りですけど。

 馬の耳に大仏さんは女の子って分からないと書いてますけど、礼名には馬の耳に大仏さんの方が分かりませんよ。


 お便りにある通り、もうすぐバレンタインデーですよね。そんな時期に「甘いものは好き?」と聞いてくる女の子の気持ちが分からないんですか? よく考えましょうよ。甘いものって何ですか? 飴玉ですか? ハチミツですか? 角砂糖ですか? 違いますよねっ!


 それから、「気合い一杯の本命チョコ」ってのは、多くの場合は既に出来上がったカップルが相手に渡すものなんですよ。お気に入りの芸能人にとか、全ての男が本命だ、とか言う一部の例外女子は除きますけどね。バレンタインに超弩級の本命チョコで告白する女の子って、きっと都市伝説ですよ。

 多くは義理チョコの中に本命が混ざっているんじゃないかな? それか、義理チョコと本命はちょっとだけ違う程度か。だっていきなり巨大な手作り渡してごめんなさいされたらショックで全治二ヶ月の重傷を負うもの!


 真心のありなしは別としても、見た目はその程度の差しかありませんよ。

 と言うわけで馬の耳に大仏さん、チョコは大きさじゃないんですよ。心なんです。


 心配いりませんよ。

 今年のバレンタインを楽しみに待っていてくださいね。きっと真心のこもったチョコを貰えますよ。

 ただし、そのチョコはとってもビターな味だと思いますけど。



 と言うわけで、次回予告です。


 一周忌も乗りきって十六歳の誕生日を心待ちにする礼名。

 だけど、そんな礼名たちに悪い知らせが舞い込む。そう、遂に桂小路が本気を出して来たのだ。

 明らかになるオーキッドのピンチ。それを気遣う麻美華の驚きの行動。

 果たして、礼名は無事に誕生日を迎えることが出来るのか?


 次章・「礼名の瞳に恋してる」も是非お楽しみにっ!


 いつもお兄ちゃんまっしぐら、神代礼名でしたっ!

 

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