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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十四章 あれから一年経ちました
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第24章 第4話

 桜色した海老のカクテルに彩り美しいテリーヌ。

 目の前に並ぶ美味しそうなオードブルたち。

 法要はつつがなく終わり一同はレストランへと場所を移した。

 ここまでは桂小路もおとなしく、トラブルもゼロだ。


「……今日は皆さまにお会いできて父も母も喜んでいると思います。本当にありがとうございました」


 僕は喪主の挨拶を切り抜けると、ジンジャーエールが入ったグラスを手に持つ。

 隆雄たかおおじさんが献杯けんぱいの挨拶をしてくれて、いよいよ一周忌の会食が始まった。


「悠也くん、それジュースなの? いいじゃん、今日くらいビール飲んだら?」


 無茶を言いながら豪放に笑うのは一石おじさん。

 会食の場は個室になっていて、8人掛けの円卓をふたつ使っている。

 僕の卓には桂小路の祖父と一石おじさん、それから母の従姉妹いとこにあたる桂小路浩子かつらこうじひろこおばさん夫妻と父の従兄弟いとこになる神代孝義かみしろたかよし夫妻がいた。礼名は佳織おばさん達ともうひとつのテーブルに座っている。


「ビールのお代わりをお持ちしました」

「あ、はい」

「未成年なのにビールとはいい度胸ね」

「いえこれはジンジャエールで…… って、えっ?」


 その声の主は長い金髪に切れ長の瞳の美少女。

 圧倒的な上から目線で僕を見下ろしていた。


「どうしてお前がここにいる~っ!」

「ふっ、バイトのウェイトレスに向かってお前呼ばわりとはプレイボーイね、悠くん」

「あ、いや、倉成さんがどうしてここにいるんだよ?」

「ふっ、決まってるじゃない。席が隣で親密な間柄のこの私を法要に呼んでくれなかったからよ」


 そう言うと彼女は意味ありげに視線を動かす。

 その視線の先、隣のテーブルにオレンジジュースを置いているのは真っ赤な髪のツインテール。


「綾音ちゃんまで何してるっ!」


 そう言えば。

 一周忌の話をしたときに、この店の名前を教えたんだった。

 まさかバイトになって偵察に来るとは!


「では、お代わりのジンジャエールをお持ちしますね、お客さま」


 他の人に聞こえるようにそう言うと、麻美華は頭を下げて下がっていった。


「お久しぶりね、徳間とくまおじさん」

「そうじゃの。元気そうじゃの」


 桂小路のおじいさんに話しかけているのは桂小路浩子かつらこうじひろこ、母の従姉妹いとこである。

 綺麗な顔立ちだけどきつそうな目鼻立ち。 

 結婚して子供もいるらしいけど苗字が桂小路と言うことは、旦那さんは婿養子むこようしと言うことだ。そんな彼女は桂小路徳間かつらこうじとくまとビールのお酌をし合いながら何やら談笑している。


 その隣に座るご主人が僕に声を掛けてくれる。


「兄妹ふたりだけで生活してるんだよね。大変だね」

「もう慣れましたから」


 四十過ぎだろう。

 中肉中背、白髪が目立つのは苦労が多いからだろうか。

 実直で真面目そうな印象のおじさんだ。


「悠也くんとは初めましてになるんだよね。桂小路信司かつらこうじしんじだ、よろしく」

「神代悠也です」


 信司しんじおじさんは僕たちの店の話を聞いてくれて、学校の話を聞いてくれて、兄妹のことを気遣ってくれた。


「うちにも中二の浩輝こうきって男の子がいるんだが恵まれているよな。毎日塾通いで大変だとほざいているけど、悠也くんの苦労を考えると甘いよな」

「いえ、本当にたいしたことはないですよ」


 彼は桂物産の重役だそうだ。

 経理や法人営業とやらの責任者らしい。


「悠也くんは将来どうするつもりなんだい?」

「えっ、まだ何も考えていません。高校を出たら進学か働くかもわからなくって……」

「そうか。困ったら何でも相談してくれよ」

「あなた!」


 小さいけれど低く凄みのある声がした。


「悠也くんも大変ね。聖名せいなちゃんが家を飛び出して、桂小路と縁を切っちゃってね」


 さっきまで祖父の徳間と談笑していた桂小路浩子。

 顔は笑っていたが目は笑っていなかった。


「縁を切っちゃったらもう戻って来れないものね。桂物産は諦めて他を探さなきゃいけないものね……」


 と。


「お前は黙っておれ!」


 それを聞いて声を荒げたのは桂小路徳間。


「桂物産はわしの会社じゃ! 株も持っとらんやつは黙っておれ!」


 瞬間湯沸かし器とは彼のような人を指すのだろう。

 マッハ20で頭に血が上っている。


「しかしおじさま……」

わしの跡取りはわしが決める! 礼名のような優れた者をな!」

「残念ですが礼名にはその意志はありません」

「何を言うっ!」


 僕の言葉に徳間の顔は更に赤くなった。


「一体誰に似たらそんな面になるんじゃ! 正月に言った事は覚えておろうな! さあ、どうするのじゃ!」


 うちの隣と裏の土地を買い取ったという話だ。


「どうすると言われても、僕らにはあの店をやっていくしかありません。ダメだったら礼名とふたり次の生き方を考えます。あなたの言う通り僕たちは弱い存在です。頑張るしかありません」

「頑張るじゃと! どこの馬の骨か分からんくせに……」

「まあ落ち着けよ、親父!」


 慌てて一石おじさんが止めに入った。

 間違いない。

 桂小路は僕の父の事、即ち倉成との繋がりは知らない。


「ともかくだ、貴様は何とでも生きてゆけばよい。だが礼名は桂小路にまこと相応ふさわしい。桂小路に戻るべきなのじゃ」

「親父、そんなこと言ってるから礼名ちゃんが来てくれないんだよ!」


 その言葉に桂小路の祖父は不本意そうだが口をつぐんだ。

 どうやら一石おじさんの言うことは聞くらしい。


「実はね悠也くん。最近……」


 隣に座る一石おじさんが小声で教えてくれた。

 昨年末から桂小路の元へ見合いの問い合わせが何件か来ているという。それもかなりいい話ばかり。


一本柳いっぽんやなぎとか七瀬ななせとかの名家からだって……」


 一本柳と言えば建設大手だし、七瀬は鉄道会社の一族のはずだ。

 倉成や大友のような大財閥ではないが、どちらも誰もが知っている大企業だ。

 しかし、それってどうして?

 って、もしかしたら……


「だから親父も焦ってるんだ。どうして突然そんな話が来たのか分からないけどさ」


 いや、わかる。

 きっと聖應院の一件が引き金だ。

 聖應院にも桂小路一石との関係が伝わっているのだ。


「あっ、電話だ。ごめん……」


 携帯を手に一石おじさんは席を立つ。

 さすがは世界の一石、フランス語で何やら話をしながら廊下に出ていく。

 残された僕はテーブルの様子を眺める。


「だけどおじさま、うちの浩輝の成績もクラスで一番なんですよ。礼名ちゃんも桂小路へは来る意思はないようですし」


 浩子おばさんが祖父のグラスに黄色い液体を注いでいた。

 これが一石おじさんが言っていた『桂物産後継争い』の図なのか。


「ああ、信司しんじ君と同じく成績は優秀なのじゃろうな。じゃが……」


 小さなグラスをグイと空けると徳間は僕に向かって言い放つ。


「その程度ならこの小僧も同じじゃろうて。だが儂は礼名に継がせるつもりじゃ。そのための手も打ってあるしのう」


 と。


「絶対にあなたの元には行きませんっ!」


 驚いて振り返ると、礼名の大きな瞳が真っ直ぐに前を睨みつけていた。


「卑怯なマネはやめてください!」


 座が一瞬で静まりかえる。


「儂は礼名のことを想って言っているのじゃ! うちに来れば金も名誉も名声も全てが手に入るのじゃぞ!」

「金も名誉も名声もいりませんっ! そんなもの、犬とか猫とかマングースにでも喰わせてやればいいんですっ!」

「なぜにマングースなのじゃ!」


 おい、突っ込むところはそこか?


「語呂がいいからですっ! いいですか、『そんなもの 犬とか猫とか マングース』。ほら、五七五に…… って、あれっ? 五八五でしたね」


 おい!


「うぬぬぬ…… どうせこの小僧が入れ知恵をしているのであろう! お前がいるから礼名は儂の元へ来ないのじゃ!」

「いいえ、お兄ちゃんは関係ありませんっ! 全てこの礼名の意志ですっ!」

「聖名もそうじゃった! あの男にだまされて家を出て行った!」

「違いますっ! 父を悪く言うのはやめてくださいっ!」

「子供に何が分かるっ! 聖名は騙されたのだ! お前もこんな、どこの馬の骨か秋刀魚さんまの骨かも分からん男に騙されるな!」

「お…………」

「前にも言ったじゃろう! この男は違う!」

「おにいちゃんを…………」

「だが礼名は聖名に瓜二つ、桂小路の跡取りに相応しい!」

「言わないでっ!」

「あの時言ったことは本当じゃ、礼名騙されるな! この悠也には……」

「やめて~っ!」



 バシャッ!!



 突然。


 桂小路徳間の頭上からビールが降ってきた。


「あら、足が滑ったわ~っ!」


 そこには高慢にも上から目線で桂小路を見下す長い金髪のウェイトレス。


「んん、ぷは、なにを…………」



 バシャアッ!!



 今度はオレンジジュースが降ってきた。


「あたしも手が滑ったわ~っ!」


 こちらはわざとらしくかわいこぶる真っ赤なツインテール。


「んぶぐふはあ~っ!」


 滴るビール&ジュースに慌てて頭に手をやる桂小路。

 しかし、そのことが彼に新たな災いを引き起こす。


「!!!」


 親戚一同は見た。

 奇抜な髪型に早変わりした桂小路の頭を。


「お客さま、大変申し訳ございません。おカツラが反時計回り方向に45度傾いております。ただいまお直し致しますのでどうぞこちらに……」


 桂小路に部屋から出るよう促す麻美華と桜ノ宮さん。

 しかし、桂小路は顔を真っ赤にして怒っている。


「何をするんじゃあ~っ!!」


 ビールで酔っ払った茹で蛸のようだ。

 しかも、アバンギャルドな髪型の。


「まあまあ親父、ともかく出よう」


 と、間に入ったのは一石おじさんだった。


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