表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第三章 ふたりのお店は絶対負けません(そのいち)
15/193

第3章 第4話

 その夜、最後のお客さんをふたりで見送ったあと。


「こんな目の前にムーンバックスが出来たら、うちみたいな弱小カフェはひとたまりもないよ……」


 思わず弱音が口をく。


「考えようよ、今こそ考えるときだよ、お兄ちゃん」


 そう言う礼名の顔も真っ青だ。

 礼名とふたり、店のカウンターにたたずんで。


「やっぱり例の計画を前倒しするしかないか?」

「……」


 例の計画、とは『カフェ・オーキッド』の改装計画だ。

 それは、お店を改装し、通りに面してクレープの持ち帰り販売を併設すると言うアイディア。

 僕たちもこの小さな喫茶店が何の工夫もなく、いつまでもやっていけるとは思っていなかった。だから自分たちなりに店の立地や今の商品とのシナジーを一生懸命考えて、出て来た答えがクレープ屋の併設だった。ただ、そのためにはどうしても店舗の改装が必要になる。


「まだ、クレープ焼き機すら買うお金も貯まってないよ」

「だからさ、この店舗を担保に融資を受けたらどうだ?」

「ダメだよ! それだけは絶対ダメだよ、お兄ちゃん」


 語気を強める礼名。

 ふたりで店舗改装の話をしたときも、僕は融資を受けてすぐ実行してはどうかと提案した。だが礼名は強く反対した。


「貧乏人はお金を借りちゃダメだよ! 頑張って貯めようよ!」


 彼女の持論だ。

 持たざる者は借りるからより貧しくなり、持てる者は貸すからより豊かになる。だから貧乏人は借りちゃいけない、何があっても借りちゃいけない、と言うのだ。ある意味シンプルでとても分かりやすい理屈ではある。


「でもムーンバックスが出来てからじゃ手遅れになるかもだよ」

「それでもダメだよ、それにさ……」


 礼名は何かを考える風にして。


「斜め前の店舗の着工タイミングといい、ムーンバックスが出来ることといい、何か感じない? これ、桂小路だよ。桂小路が裏で糸引いてるよ。納豆みたいにネバネバに糸引いてるよ。もしそうなら、ここでの借金は致命傷だよ。わたしとお兄ちゃんの、この楽しい毎日の息の根を止めることになるよ。地獄へ真っ逆さまだよ」

「そこまで悲惨になるのか?」

「そうだよ、生き地獄だよ。もし借りたお金で改装着工した直後に、桂小路が手を回して、銀行が返済を迫ってきたらどうなると思う? わたしたちひとたまりもないよ。それが狙いだよ、絶対それが桂小路の狙いなんだよ!」

「もの凄い最悪のケースを読むな、礼名は」

「読めると言う事は起きると言う事だよ。借金は絶対ダメだよ!」


 礼名はカウンター左側の、ふたり掛けのテーブルに歩み寄る。


 カチャッ


 そして、通りに面した小さな窓を開ける。


「この窓をクレープ販売の窓口に改装しようとしたんだよね……」


 僕らは暫く無言で考え込んだ。

 だけど、そんなにいいアイディアがすぐに湧いて出るわけもなく。


「はあっ」


 小さく嘆息する礼名。


「取りあえず、晩ご飯の準備をするね」


 そう言い残して、礼名は台所へ戻っていく。


「難しいな……」


 店の戸締まりを済ませると、僕も居間に戻った。


 沈んでばかりいても仕方がない。

 取りあえずはテレビをつけてみる。この時間はニュースをやっているはず。


 カチャン……

 

  次のニュースです。日本の企業連合がインドネシアの

  地熱発電プラント工事を落札しました……


「へえ~、やっぱり倉成グループって凄いんだ。東南アジアで地熱発電プラントを着工するんだって」


 ニュースに流れるテロップを何気なく眺めていた僕は、次のシーンに目を奪われた。


「あれっ、この人! 礼名、なあ、この人!」

「どうしたのお兄ちゃん…… 地熱発電の仕組みがどうかしたの?」


 礼名が顔を向けたときには、僕が言ったシーンは既に終わっていた。

 でも確かに……

 僕はパソコンを起動すると倉成グループの情報をググりまくる。


「えっと、えっと…… あっ!」


 やっぱりだ。

 僕の見間違いじゃなかった。


「ほら礼名、これ見てみろよ」

「なになに? あっ、この人、今日の渋いお客さんじゃない! 有名な人なの? 倉成銀行頭取…… 倉成壮一郎…… って、もしかして」

「そうだよ、倉成さんのお父さんだよ」


「!」


 礼名はハッと自分の口に手を当てる。


「やっぱり…… やっぱり全て桂小路の陰謀だったんだ! わたし達と倉成さんを近づけて、このお家を担保に改装資金を借りさせて、そして豹変するんだよ。わたしたちからこの家を奪って、わたしたちの楽しい暮らしを破壊して、わたし達をあの窮屈で冷徹で、陰謀渦巻く桂小路に連れて行く気なんだよ!」


 何だか色んなところに無理がある推理だが、『絶対ない』と言えないところが怖かった。桂小路家の噂はそれほどまでに悪いのだ。


「でもさ、あの紳士、僕には悪い人に見えなかったけど」

「うん、わたしもそう思う。きっとあの人はいい人だよ。だけど桂小路に弱みを握られてるとか、何か事情があるんだよ。裏で桂小路が操ってるんだよ」


 礼名は右手をわなわなと震えさせ、そして言い放った。


「わたし絶対負けないよ! ムーンバックス、上等じゃん! 返り討ちにしてやろうよ! 血祭りに上げてやろうよ! 目にもの見せてやろうよ!」


「礼名……」

「クク、ククク…… ふわっはっはっは!」


 腰に手を当て高らかに笑い上げる礼名。

 追い詰められると燃えるタイプなのか、瞳に炎が見える。


 しかし。


「はっはっはっ…… はっ…… はあっ……」


 ひとしきり笑い終わると、彼女は力なく嘆息して。


「……と、笑ってはみたものの…… どうしよう。気合いだけじゃ勝てないよ。根性だけじゃ生きていけないよ。ねえ、どうしよう、お兄ちゃん!」


 また青くなる礼名。


「大丈夫だよ。きっと大丈夫だよ。僕も考えるから。一緒に頑張ろう」

「お兄ちゃん! うんっ。ありがとうお兄ちゃん。お兄ちゃんがそう言ってくれたら、お兄ちゃんさえ一緒なら、礼名は何にも怖くないよ!」


 こんな時こそ僕が頑張らなきゃ!

 兄として礼名を守り抜かなきゃ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、つっこみ、ヒロインへのラブレターなどなど、何でもお気軽に!
【小説家になろう勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ