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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十四章 あれから一年経ちました
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第24章 第2話

「お帰りなさいませ、ご主人さま、お姫さま~っ!」


 清潔感があって可愛いピンクのメイド服。

 ふたつの笑顔が僕たちを迎えてくれる。

 ひとりは長いポニテの女性、そしてもうひとりは何度もオーキッドを手伝ってくれたショートカットの女の子。


「礼名姫~っ、来てくれたんだね~っ!」

「すみれ姫~っ!」


 突然抱き合うふたり。

 このふたりは何故に互いを「姫」付けで呼び合うのか、いままで疑問に思っていたが、この店に来て何となくその理由が分かった。


「あっ、失礼しました。さあ、こちらへどうぞ! ご主人さま、お姫さま!」


 田代さんに案内されて通されたのは窓から外が見える眺めのよい四人席だった。


「ここ特等席だよね。窓のない普通の席でいいよ」

「大丈夫ですよ、ご主人さま! まだこの時間はお客さんも少ないですから」


 時間は三時過ぎ、確かに店はがらんとしている。

 この店は平日三時開店で、大体は夕方からが混み合うのだそうだ。


「紹介しますね~。こちらメグちゃん。つい先日こちらに来たばかりだよ」


 田代さんの後ろにいたのは長い栗毛をポニテに纏めた落ち着いた感じの綺麗な女性。


「メグです、よろしくお願いしますね~! こちらメニューになります。本日のお勧めはメイドさんオムライスと、メイドさんケーキセットになります」


 メイド服より和服が似合いそうな淑やかなお姉さまだ。


「えっと、メイドさんオムライスってのは何となく分かるんだけど、そのメイドさんケーキセットって、なに?」

「メイドさんケーキセットはショーケースからお選び戴いたケーキに私どもメイドがご主人さま仰せの通りにクリームとソースで絵付けをさせて戴きます。勿論、美味しくなる呪文も唱えさせて戴きますよ」


 恥ずい。

 何だか、すっごくむずかゆいサービスだ。


「ねえ、それにしようよ、お兄ちゃん! 礼名もそれにするから」


 礼名が悪戯っぽい目で僕を見て笑っていた。さてはからかってるな!


「てへへ~ せっかくだしさ~」

「わかった。そうしよう。じゃあ、メイドさんケーキセットふたつね!」

「かしこまりました、ご主人さま、お姫さま!」


 慣れた手つきでメニューを下げたメグちゃんは一礼して戻っていく。田代さんはこの店に来たばかりと言っていたが、なかなか堂に入った接客ぶりだ。


「さっきのメグちゃんって子、最近来たって言ってたけど、接客とても上手だね」

「ええ、ここに来る前は普通の喫茶店で働いていたらしいですよ。なんでもお店が潰れた…… って言うか、潰されたらしいんですけど」

「潰された?」


 僕は礼名の隣に立ったままの田代さんに尋ねる。


「はい。かなり大きくて流行っていたお店だったらしいんですけどね、近所に輸入食品店が出来たらしくて。で、そのお店が店頭でコーヒーの無料配布を始めたらしいんです……」

「あ、よくある試飲ってヤツだよね。でも、あれってお買い物のお客さんに小さいカップを渡すだろ」

「それが……」


 メグちゃんがお冷やを持って来ると田代さんは口をつぐんだ。


「別に話して貰っても構わないわよ、すみれちゃん」


 そう言って丁寧にお冷やとおしぼりを並べるメグちゃん。

 僕らより年上だろう。

 にこにこと愛想よく、だけどとても落ち着いた印象を受ける。


「あ、ごめんなさい。実は僕らも喫茶店やってるんで」

「そうなんですか。と言うことは、いつもすみれちゃんが話してくれるご兄妹ってこちらなのね」


 僕らのことを話題にしてるのか、田代さん。まあ礼名の親友だから別に不思議はないけど。

 ちょうどその時、店のドアが音を立てた。

 ふたりは慌ててそちらへ向かう。


「気になる話だね、お兄ちゃん」

「うん」


 ふたりの行く先を目で追う。

 真っ白な壁に白で統一されたテーブルクロス。

 明るく清潔感があるインテリアにピンクのメイド服がとても映える。


 暫くするとメグちゃんが大きなワゴンにケーキのケースを載せてやってきた。


「ケーキをお選びください、ご主人さま、お姫さま」


 僕はシンプルなチーズケーキを、礼名はチェリーがいっぱいのタルトを指差した。


「おふたりともお目が高いですね。チーズケーキはうちの人気商品でいつも真っ先になくなるんですよ、それから、チェリータルトはあたしが大好きな一押しなんです!」


 接客上手い!

 お客さんの注文の品を誉めるってのは基本中の基本。

 だが、これが案外難しい。

 彼女はケーキを大きい皿に載せると僕らの前に置く。

 そうして、ホイップクリームや各種のフルーツソースを取り出すとリクエスト通りの絵を描いていく。


「わあっ、綺麗!」


 バラをかたどった生クリームにベリーソースで描かれた葉っぱが覆い茂る礼名の皿。

 僕は「とと松さん」と言うアニメキャラを描いて貰った。かなり昔のマンガだが、最近リバイバルでウケているから、これでいいのだ。

 彼女は僕らのケーキに美味しくなる呪文を唱えると、一旦戻って次に紅茶を運んでくる。


「さっきの話、よければあたしからお話ししましょうか?」


 彼女が語った話は残酷だった。

 彼女の勤めていた喫茶店は若いマスターと彼女の他数名のバイトでやっていた店だったそうだ。


 ある日、店の前に大きな輸入食品店が出来た。コーヒーなどを主力に扱うお店だった。

 一般に、店頭で小さなコーヒーの試飲カップを配り、店内で飲みながら買い物をして貰うと言うスタイルはよく見かける。

 だがその店は違った。

 広いその店内に試飲エリアなるテーブルを幾つも設け、そのテーブル席で試飲マグと言う名の普通のサイズのコーヒーを提供したのだそうだ。勿論タダで。そう、分かりやすく言うと無料喫茶コーナーだ。そうしてゆっくり買い物を楽しんでもらう、と言うコンセプトらしい。


「タダでコーヒーが飲める店の目の前でわざわざお金払ってコーヒー飲む人なんていませんよね。場所柄うちは常連さんが少なかったので影響は甚大でした。マスターはその店に再三文句を言ったのですが、法を犯しているわけではありません。あたし達も必死で頑張りました。だけど敵の圧倒的資本力の前には為す術なく、結局、店を畳むしかありませんせした……」


 ひどい話だ。

 営業妨害も甚だしい。


「ところが、うちの店がなくなった途端にその店は試飲テーブルを撤去したんです。元々割に合わなかったんですよ。マスターは絶対嫌がらせだと言ってました。以前にその店の本社からコーヒー豆の仕入れ先を変えるよう執拗に売り込みがあったそうなんです。だけどそれを断ったら目の前にその店が出来たらしく……」


 たかが仕入れを断られたくらいで、そんなむごいことをするのか?

 それまで微笑みさえ浮かべ淡々と語っていた彼女の顔に憎しみの色が浮かんだ。


「忘れもしません。輸入食品ウィッグ!」


 輸入食品ウィッグって今日繁華街にもあったような……


「お兄ちゃん、カツラだよ! ウィッグって言ったらカツラだよ!」


 と。

 突然当たり前のことを言い出す礼名。


「うん、それは知ってる。だから?」


 カツラ、別名ヅラ。

 英語で言うとウィッグ。

 そんなことは英語が苦手の僕でも知ってるんだけど。

 何を言いたいんだ、マイリトルシスター?


「いや、だからっ、ウィッグってカツラの会社だよ! 桂物産かつらぶっさんの子会社だよ!」

「えっ!」


 桂物産。

 それは桂小路がオーナー会長を務める大手商社の名。


「昔は確か桂食品って名前だったと思うけど、社名変更したんだよ、ウィッグコーポレーションって」

「何だか凄い発想だね、その安直な社名の付け方!」

「その頃に桂小路の祖父の髪の毛が急にふさふさしたらしいよ!」

「やっぱりそうだったんだ、あれ! どう見ても不自然だもんな」

「しかもそれを必死で隠すんだって! 別にいいのにね、みんな知ってるみたいだし」


「そんな…… そんなふざけきった会社にあの人の大切なお店は……」


 突然。

 それまで淡々と言葉を紡いでいたメグちゃんの瞳が潤み、涙声に変わる。


「あっ、ごめん。そんなつもりじゃ……」

「いいえ、こちらこそごめんなさい」


 すぐさまにこりと笑顔を作ると、ぺこり頭を下げて彼女は奥に下がっていった。


 ケーキは凄く美味しかった。

 店員さんもみんな親切だった。

 だけど。

 やるせない気持ちを抱えたまま、僕はその店を出た。


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