第23章 第4話
救いの神、それは新年二人目のお客さまだった。
からんからんからんからん
「いらっしゃいませ~っ!」
助かった。
僕は歓迎の声とともに入り口の方へ目を向けた。
ひときわ印象的な真っ赤なツインテール。
優しげな瞳でほんわり微笑みながら入ってきたのは桜ノ宮さんだった。
「あけましておめでとうっ!」
「ちっ、折角いいところだったのに……」
あからさまに舌打ちして残念がる麻美華。
「綾音先輩、いらっしゃいませ~っ! 今年もよろしくですっ!」
「こちらこそね、礼名ちゃん!」
礼名に会釈をする彼女に僕も新年の挨拶をする。
「桜ノ宮さん、今年もよろしく!」
「悠也さんっ!!」
睨まれた。
何か悪いことでも言ったのだろうか?
喪中だから「おめでとう」の部分はわざと省略し「今年もよろしく」とだけ言ったのだが、そこがお気に召さなかったのか?
「えっと、どうかしたのかな? 桜ノ宮さん……」
「どうしたかな、じゃないわよ! 赤ちゃん1000人産ませるわよっ!」
「!!!」
そうだった。
クリスマスデートの時の約束があるんだった。
「えっと、今年もよろしく、あ、あやねちゃん」
「あやねちゃん、って、なに親しげに呼んでるのよ、悠くん」
麻美華の抗議にたじろぐ僕。
しかし桜ノ宮さんは目を細めたてしおらしく頭を下げた。
「ふつつか者ですが、こちらこそよろしくお願いします。悠也さん!」
「「悠也さん?」」
今度は麻美華と礼名が見事にハモった。
「ちょっと綾音も何を言っているの!」
「そうです、綾音先輩! どうしてお兄ちゃんを「悠也さん」なんて猫撫で声で呼ぶんですか! 礼名でさえ未だに名前でお呼びしたことないのにっ! 破廉恥ですっ!」
「うふっ、いいでしょう! クリスマスに約束しちゃったの。悠也さんと!」
「何を約束したのよ! ねえ悠くん、正直に白状なさい! 綾音とやったの? ヤったの? ヤッちゃったの??」
「何にもしてないよ! ただお互いに呼び方を変えただけだよ!」
桜ノ宮さんはカウンターの前に立ったまま、礼名と麻美華を順番に見た。
「実は昨年のクリスマスにこれからはお互いファーストネームで呼び合おうって約束したの。悠也さんからクリスマスプレゼントなのっ!」
「ちょっと悠くん、何よそれ! あの日麻美華に囁いた愛の言葉は嘘だったの?」
「ちょっと待て! そんなこと言ってないだろ!」
「お兄ちゃん! 愛の言葉って何ですか? ちゃんと説明してくださいっ!」
あ~もう、話が修羅場ってきた! どうしたらいいんだ!
「お兄ちゃんはこの礼名と結ばれるんですよっ! 産まれたときからアツアツでラブラブで結婚一直線なんですよっ! お兄ちゃんの寵愛は全て可愛い妹である礼名が受けるんですっ!」
「背徳はいけないわ! 礼名ちゃんは悠也さんの妹なんでしょ! これから悠也さんはこの綾音と正しい愛の王道を歩んでいくのよ! ねっ、悠也さん!」
「あのさ、桜ノ宮さん……」
「赤ちゃん1000人産みたいの?!」
「あ、ごめん。綾音ちゃん!」
「ちょっと待ってください! お兄ちゃんと清く正しく美しい愛を紡いでいくのはこの礼名なんですよっ!」
「だから礼名も火にガソリンを注がないでよ!」
「ふっ。恋だの愛だの抽象的な言葉ばかりね。ハッキリ言いましょう。悠くんは今日の私のパンティの色にしか興味がないのよ!」
「おいっ、変なこと言うなよ、麻美華!」
「「「まみか?」」」
あっ!
しまった!
礼名も桜ノ宮さんも、そして麻美華も、みんなそれぞれ驚いた顔をしている。
頭の中が真っ白になる。
「ちょっ…… ちょっとお兄ちゃん! どうして麻美華先輩を呼び捨てにするんですかっ! まさかそんな関係に!」
「ひどいわ悠也さん! 綾音のことはちゃん付けでしか呼んでくれないのに!」
どうしよう。
言い訳しないと!
言い訳、言い訳、言い訳……
「あ、あのさ、今のは、さ、そのさ……」
「今のは私のお願いを聞いてくれたのね、悠くん」
えっ?
お願い?
「嬉しいわ。クリスマスの日、一度でいいから呼び捨てで呼んで欲しいと泣いて頼んだ私の願いをやっと叶えてくれたのね、麻美華感激、だわ」
そう言いながら、彼女は意味ありげに僕にウィンクをする。
これって、助け船?
「あ、ああ。礼名も綾音ちゃんもファーストネームで呼んでいるのに、やっぱり倉成さんだけ違うのは他人行儀かなって…… さ」
「ありがとう、悠くん。やっぱり悠くんは世界一優しいわ」
「当然です! お兄ちゃんは宇宙で一番優しいんです! だけどお兄ちゃん、いくら麻美華先輩のお願いと言っても赤の他人を呼び捨てと言うのはどうかと思うんです」
「そうよ。この綾音はちゃん付けなのに麻美華だけずるいわ」
「仕方がないわね。もう麻美華は無理を頼まないわ。でも嬉しかったわよ、悠くん」
「これで倉成さんが納得してくれたんなら僕も嬉しいよ……」
「でもまた呼び捨てで呼んでもいいのよ!」
「「ダメですっ!」」
礼名と桜ノ宮さんが麻美華を睨む。
しかし、取りあえず僕の大失敗はなんとかカバーできそうだった。
本当に助かった。
ありがとう、麻美華。




