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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十三章 新年早々……
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第23章 第3話

 翌朝。

 いつもの時間に店を開けたのに誰も来てくれない。


 普段なら開店と同時にやってくる八百屋の高田さんの姿も、競馬の予想を立てながら朝食を食べてくれる安井さんの姿もない。


「商店街はおやすみの店が多いからな」

「競馬も正月はお休みなんだって」


 今日は一月二日の土曜日。

 普段通り店を開けたのはいいが、見事なまでに閑古鳥が鳴いている。


「正月早々桂小路にはうし、いいことないな」

「大丈夫だよ。笑顔笑顔!」


 テイクアウトカウンターに立った礼名は、ほとんど人のいない通りに笑顔を向ける。

 そんな気丈な彼女の姿に、僕は昨日のことを思い出す。


 昨日、家に帰った僕たちは隣の空き店舗と裏のコインパーキングを見に行った。

 勿論、桂小路が吐いた捨てゼリフが気になったから。

 しかし、どちらも特に変わりはなく、何の情報も得られなかった。


「この土地を買って何をするつもりなんだろうね? お兄ちゃんはどう思う?」

「まさか、ライバルの喫茶店をぶつけてくるとか、かな?」

「それならドンと受けて立つまでだよね。ムーンバックスとも張り合えたんだしさ。だけど喫茶店にしては広すぎるよね」

「うなぎ屋とかカレー屋とか作ってコーヒーの香りを台無しにするとか?」

「地味にイヤだけど、あまり影響なさそうだね」

「うちの類似店を作ってお客さんを混乱させるとかどうかな? 『カフェ・大城戸おおきど』とか紛らわしい店名を付けたり」

「だんだんギャグになってきたね」

「ジャパニーズマフィアが大暴れする、なんてシャレにならない手段もあるけどね……」


 ふたりで色々考えたけど、所詮は想像の域を出なかった。

 そして昨日の夕食の後。

 珍しく礼名は押し黙ったまま、佳織おばさんに貰ったみかんを剥いていた。

 僕も黙ってみかんを頬張る。

 沈黙を破ったのは礼名だった。


「あのさ、電車の話の続きだけどさ。桂小路はさ……」

「うん……」


 おとなの力は一切借りずに店をやってみせると礼名が啖呵を切った話の続きだ。売り言葉に買い言葉であるにしろかなりのことを言われたのだろう。


「桂小路はお母さんを今でも子供扱いしているんだ。全部儂の言うことを聞いておけばよかったんだ、って」


 電車の時と違い、礼名は淡々と言葉を紡ぐ。


「子供は親の言うことを黙って聞いていればいいんだ、儂が決めた通りに結婚すれば幸せになれたのだ、って……」

「……」

「桂小路は何にも分かっちゃいないんだよ! お父さんとお母さんはあんなに幸せだったんだよ! それを全否定するなんて!」



『お父さんと結婚して、悠くんと礼ちゃんが産まれて、お母さんは世界一の幸せものよ!』



 母の口癖だった。

 それは本心だったと僕は信じている。

 そしてそんな母が礼名の何よりの自慢だった。

 そんな家族の幸せな想い出を勝手に否定されたら誰だって怒るだろう。


「だからつい勢いで啖呵たんかを切っちゃって……」


 しかし、僕の視線に礼名はすぐさま目を逸らす。

 そして自分の短気を詫びながら、もっと頑張るからと頭を下げる。


「なあ礼名、兄妹なんだから遠慮せずに何でも言ってくれよ」

「うん、分かった。でもこれで全部だよ。本当にごめんなさい、お兄ちゃん」


 彼女は俯いたまま、また頭を下げる。

 そんな礼名に僕は少し違和感を感じる。

 もしかしたら彼女はまだ何か隠しているのではないだろうか……


 そう、僕だって気がついている。

 僕に言えないことがあるとすれば、それはきっと僕自信のことだ。

 僕への悪口だ……


「あっ! お兄ちゃん!」


 そんな昨日のことを思い返していると、テイクアウトカウンターに立っていた礼名が僕を呼んだ。


「ほら、困ったお客さんが来たよ!」


 やがて、そう間を置かずに店のドアが開く。


 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん

 からんからんからんからん


「い、いらっしゃいませ……」

「あら、反応が遅かったわね」

「いいえ、いつまでドアを開け閉めして遊ぶのかと思ったもので……」

「そんなの、店員さんが声を掛けるまでに決まっているじゃない!」


 長い金髪に絵に描いたような上から目線。

 入ってきたのは大財閥・倉成家のお嬢さまにして僕の腹違いの妹、麻美華だった。


「まるで自分以外は誰もいないかのような傍若無人な振る舞い! さすがは麻美華先輩ですねっ!」

「あら、何を言うのかしら礼っち。実際にわたし以外は誰もいないじゃないの」

「まあ、確かにそうですけど……」


 彼女が今年最初のお客さんだった。


「悠くん、あけましておめでとうだわ」


 彼女はカウンターに腰掛けるとメニューも見ずにプリンアラモード@サクランボ大盛りを注文する。


「さくらんぼの缶詰って結構高いんだよ。三個で勘弁してくれよ」

「ダメよ、最低十個ね。その分価格にオンすればいいわ」

「じゃあ、百円増しで」

「ふっ! たった百円ぽっちの食材でこの私の舌が満足するとでも思っているのかしら? せめて一万円分は載せて欲しいわ」

「器に載らねえよ!」

「さくらんぼの最高級品種、もぎたての完熟・佐藤錦さとうにしきをどっさり載せればいいわ」

「場末の喫茶店のパフェに一体なにを求めてるんだよ!」

「それが無理なら缶詰のさくらんぼ二十五個載せに挑戦よ!」

「一缶丸ごとじゃん!」


 缶詰さくらんぼの何が彼女をそうさせるのかは不明だけど、麻美華はプリンアラモード@さくらんぼ十個載せが出来上がると、さくらんぼをふたつ同時に頬張る。とんでもなく贅沢な喰い方だ。


「あら、さくらんぼに種が入っているわ」

「うん、入ってるね。それが何か?」

「不良品だわ」

「クレーマーかよ!」

「種なしさくらんぼがいいわ。但し、ヘタ付きね」

「種取りは手作業なので別料金になります、お客さま」

「構わないわ」

「百円追加になりますが?」

「悠くんになら一万円でもいいわ」


 それまで僕らのやりとりを黙って聞いていた礼名が会話に割って入る。


「あのですね、おふたりのやりとりを聞いていると、イチャついているようにしか聞こえないのは気のせいですかね?!」

「気のせいじゃないわ。悠くんと麻美華は今まさにイチャイチャうふふのラブラブ状態なのだから」


 上から目線でニヤリ笑うと彼女はまたさくらんぼを二個同時に頬張る。


「チェーリーふたつ喰いよ!」

「ここはホスト喫茶じゃありませんっ! お兄ちゃんとイチャイチャしていいのは唯一無二の妹であるこの礼名だけですっ!」

「悠くん、礼っちが嫉妬しているようだわ。もっと見せつけてあげましょう! 次は悠くんが私にチェリーを食べさせて!」

「いや、それは……」

「麻美華は悠くんのチェリーに首ったけなの!」


 と。

 僕がリアクションに困っていると、丁度いいタイミングで店の扉が開いた。


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