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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十三章 新年早々……
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第23章 第2話

 逆光で表情までは見えないが、そこに立つのは間違いなく母方の祖父である桂小路徳間かつらこうじとくまだった。


「お、お久しぶりです」

「ほほう、正月早々墓参りとは、見上げたものじゃな」


 僕の挨拶に皮肉めいた声で返した桂小路。

 しかしそんな彼に礼名はストレートな言葉をぶつける。


「何しに来たんですかっ!」

「何しに、とはひどい言いぐさじゃな。わしは自分の娘に会いに来ただけじゃよ」

「母は、ここにいるのは神代聖名です! 桂小路聖名ではありません!」

「何を言う! 聖名はいつまでもわしの子じゃ! 桂小路聖名じゃ!」

「……行こう、お兄ちゃん!」


 僕の腕を引っ張ると礼名は急ぎ足で歩き始めた。

 と。


「待つんじゃ!」


 一際大きな声で僕らを呼び止めた桂小路。


「そろそろうちに来てはどうじゃ? 君たちには広い部屋も十分な小遣いも与えるぞ。学校だって好きなところへ進むがいい。何不自由ない生活を保証しよう」

「いりません!」

「なぜじゃ」

「何度も言っています! わたしたちは貴方あなたの道具じゃありません! おもちゃじゃありません! いつまでも子供じゃありません!」

「ふん、孫の分際で小生意気な! お前達の生活なんてわしの気持ちひとつでどうにでも出来るのじゃぞ!」

「卑怯者っ! わたしたち約束守ってるじゃないですかっ! これ以上まとわり付かないで下さいっ! 失礼しますっ!」


 約束??

 再び歩き出す礼名に僕も慌てて歩き出す。

 そんな僕らに桂小路は捨てゼリフを吐き捨てた。


「ひとついいことを教えてやろう。君たちの家の隣の空き店舗と裏のコインパーキングはわしが買い取った! 儂が本気になれば何でも出来るのじゃ。何が得策か、よく考えておくことじゃのう!」

「!!」


 すれ違う桂小路の視線は礼名ではなく僕を向いて、忌々いまいましげに睨みつけていた。


          * * *


「ごめんなさい、お兄ちゃん。一年前の事をちゃんと話しておかなきゃね……」


 佳織かおりおばさん家への挨拶を終えると帰りの電車に乗った。

 僕は両手に持ったたくさんのお土産を荷物棚にあげる。


「その前に礼名の荷物も棚に上げよう。たくさん貰っちゃったからな」


 佳織おばさんは父の妹だ。隆雄たかおおじさんと結婚して松川姓になっている。陽気なおばさんは僕らに昼ご飯を振る舞ってくれて、その上にハムや素麺そうめんやみかんなどお土産をどっさり持たせてくれた。


「手巻き寿司なんか用意してくれて、申し訳なかったな」

「そうだね。だけど優香ゆうかちゃんと翔太しょうた君、取り合いみたいにして食べてて面白かったね。ふたりともサーモンが好きだって」


 佳織おばさんには小三の女の子と小一の男の子がいる。優香ちゃんと翔太君。一応ふたりにはお年玉のポチ袋に少しだけ包んで渡しておいた。そうしたら佳織おばさんがこんなに大量のお土産をくれたわけで。


「佳織おばさん、喧嘩が絶えないってぼやいてたな」

「お兄ちゃんとわたし、喧嘩したことあったかな?」

「礼名はいつも譲ってくれたからな。喧嘩になった記憶はないな」

「違うよ。お兄ちゃんが優しかったからだよ」

「……」


 僕はそんなに優しい人間じゃない。ふたりが喧嘩しなかった理由、それは全く別のところにあるんじゃないか。最近そんな思いにとらわれる。


 荷物を置くと僕らは並んで座る。

 車窓の家々がゆっくり流れていく。


「でね、お兄ちゃん。一年前の話だけどさ……」

「あ、そうだったな」


 僕は周囲を見回す。

 椅子席は七割方埋まっていたが。みんなスマホや読書に忙しそうだった。僕らの会話を気にしている人なんて誰もいない。


「あの時わたし、桂小路に思いっきり啖呵たんかを切っちゃったんだ……」


 一年前。

 父母の葬儀の後、僕たち兄妹をどうするか、親戚の間で話し合いがもたれた。

 一番有力だったのは母方の実家である桂小路が僕たちふたりを引き受けると言う案だった。経済力的にも、ふたり同時に面倒を見れるのは桂小路だけだったのだ。

 更に言うと、桂小路家は家柄も申し分ない。

 けれどもそれを礼名は断固拒絶した。


「絶対にイヤ。あの家に行くくらいなら、わたしは今ここで自害する!」


 ふたりで入ったファミレスで。

 説得を試みる僕を涙目で睨み、食用ナイフを自分の首に突き立てた礼名。

 いつもは僕の言うことなら素直に肯く礼名のあまりの剣幕に結局僕の方が説得された。そうして兄妹揃って今の生活を望んだ訳だけど、その時、桂小路の祖父から礼名とふたりで話し合いがしたいと申し出があったのだ。


 礼名が語ったのはその時の事だ。


「最初は礼名だってお兄ちゃんの言いつけ通りに冷静に対応したんだよ。だけど、わたしたちふたりでお店やっていくんだって話をしたら、「子供だけで何が出来る、子供はおとなの言うことを黙って聞いていればいいんだ」なんて言うから、つい言っちゃったんだ。おとなの力は一切借りずにやって見せますって。どんな困難があっても乗り越えて見せますって。 もし出来なかったらわたしを煮るなり焼くなり政略結婚の具材にするなり好きにすればいいって……」

「……」


 普段はとても優しくて、お客さんに絡まれても上手に対応する礼名がそんなにエキサイトするなんて。やっぱり辛い別れに心がどうかしていたのだろうか。だけど、そんな僕の考えを見透かしたかのように礼名は自虐的な笑みを浮かべると話を続ける。


「わたしったら、バカだったよね。無茶言ったよね。その所為でお兄ちゃんにまで辛い思いをさせちゃって本当にごめんなさい。だけど、どうしても許せなかったんだよ。あの人はお父さんを、お母さんを、そして……」


 そこから言葉を紡ごうとする礼名の顔が一瞬歪んだ。

 そして開かれた彼女の唇は震えて声は出てこなかった。


「いいよ。もういいよ。電車の中で話すことじゃないんだろ」

「あ…… うん」


 顔を隠すようにうつむいた礼名。

 僕は彼女を見ないように反対側の車窓へ目をやった。


「辛かったんだな礼名。だけど礼名は間違ってないよ、一緒に頑張ろう」

「あ…… ありがとう、お兄ちゃん」


 そのあとふたりは無言のまま、電車は次の停車駅へと滑り込んだ。


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