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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十三章 新年早々……
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第23章 第1話

 第二十三章 新年早々……



 年も明けてお正月。


「今日は墓参りかあ~」


 差し込む朝日に大きく背伸びをするとベッドから起きる。

 そして居間に下りると礼名が慌てて白いエプロンを外し床に手を突く。


「今年もよろしくお願いします」

「あっ、こちらこそよろしく」


 たおやかに頭を下げる礼名は妙につやっぽい。


「お雑煮にお餅は何個入れますか? 今年のお餅は丸餅で結構大きいですよ」

「じゃあ、四個」


 喪中の我が家は今年の正月を祝わない。だから「おめでとう」の言葉もなければ、お屠蘇とそもおせち料理もない。

 だけど雑煮は単に料理の一種だ。


「わたしは二個、っと」


 澄まし仕立ての具だくさんな雑煮を丼に入れてガッツリ食べる。

 それが我が家の味だ。


「去年はホントにあっと言う間に過ぎたね」

「そうだね、そして凄い変化があった一年だったな」


 両親が他界し礼名とふたりで暮らし始めてからというもの、てんやわんやの毎日だった。

 色んな出会いがあって、色んな事件もあって、そして全て乗り越えてきた。

 だけどこの一年、僕にはずっと疑問に思ってきたことがある。


「さあ出来たよお兄ちゃん! 礼名特製のお雑煮だよっ! た~んと召し上がれっ! 雑煮の後の新年初デザートは当然礼名だよっ! 甘くって美味しいよっ! デザートが済んだら新年初キッス。勿論礼名とだよっ! あっ、そのまま新年初初夜へなだれ込んでもいいけど、その前に書き初めはこちらの婚姻届にフルネームでお願いねっ!」


 一年間思い続けてきた疑問。

 それはこの、礼名のブラコンぶりだ。

 確かにふたりは小さな時から仲が良かった。普通、ひとつ違いの兄妹ならば頻繁に喧嘩やいさかいがあっても不思議じゃない。だけど僕にはそんな記憶がひとつもない。礼名はいつも僕を慕ってくれたし、僕も礼名が可愛かった。しかし、それでも普通の兄妹の範疇だった。礼名が僕への愛の言葉を囁いたことなんて一度もなかった。


 それが、あの日を境に礼名は変わった。

 最初は両親の他界という衝撃に精神的に不安定になったのだと思っていた。

 だけどそれは違った。

 礼名は聡くてしっかり者だ。きっと何か理由があるんだ……


「どうしたのお兄ちゃん? お餅が伸びちゃうよ!」

「あっ、ごめんごめん。じゃあ、いただきます」


 雑煮の横には黒豆の小鉢が。


「黒豆も作ったのか?」

「そうだよ、礼名特製だよ! ねえ、何個あるか数えてみてよっ!」

「数える?」


 ひいふうみい……

 ……じゅうろく、じゅうしち。


「十七個?」

「そうだよ、十七個! 017個! 017れいな、れいな、だよっ!」

「何の語呂合わせだ!」

「ちゃんと礼名を食べちゃうんだよっ!」


 もしかして。

 聡くてしっかり者、だと言う僕の理解が間違いだったか?


「食べる数を間違えちゃダメだよ! 十五個だと015(れいこ)になるし、三十七個だと37(みな)になるし九百三十五個だと935(くみこ)になるし」

「九百三十五個も数えながら喰えるか!」

「画像認識技術で皿の上の黒豆を数える装置を開発すればいいんだよ!」

「技術の無駄遣いにもほどがある!」

「技術と部屋のティッシュは無駄に使ってナンボだよっ!」


 聡くてしっかり者っての、前言撤回。

 やっぱ壊れてるわ、こりゃ。

 だけど礼名はふっと柔らかに微笑むと一瞬で僕を魅了する。


「ごめんね、お兄ちゃん。でも黒豆煮るの失敗しちゃった。お母さんがやってた通りのはずなんだけど少ししわが出来ちゃった」


 僕は口の中の餅を急いで飲み込むと黒豆を箸に取る。黒く艶があってしわなんてないじゃないか。そうして口に放り込んだ。


「……うん、柔らかくて美味しい! ちゃんと出来てるじゃないか。皺だってわからなかったよ」

「ありがとう、お兄ちゃん。やっぱりお兄ちゃんは優しいね」


 僕は小鉢の中を見る。確かに小さな皺が出来てる豆もあった。だけどそんなのご愛敬だ。柔らかで味付けも母さんの味と変わらない。誰に教えて貰うでもなく初めて作ってこの出来なら百点満点だ。そんな礼名が壊れているわけがない。やっぱりこいつは僕なんかより遙かに聡明なのだ。


「さっき十七個って言ったけど、実はたくさんあるからいっぱい食べてね。ふたりしかいないのに作り過ぎちゃったんだ……」


 そう言いながら、彼女は突然『ぽんっ』と手を叩いた。


「そうだ、お墓に持っていこう! 瓶に詰めてお父さんとお母さんにもあげよう!」


 今日は両親の墓参りに行く予定だ。

 正月だから普通なら初詣、なのだろうが今年は喪中。そこで礼名とふたり墓参りに行くことにした。両親の墓は父方の実家があった隣の市にある。バスと電車を使って約二時間。直線距離はそう遠くないのだが、交通の便がよくなかった。


 雑煮を食べ終わった僕らはめいめい部屋に戻り着替を済ませる。

 しばむらで買った黒いダウンジャケットにジーンズ姿の僕に対し、礼名は目一杯のおめかしをしていた。ピンクのコートに濃紺のスカート。礼名お気に入りの装いだけど、二年以上前に買ったそのコートは成長した彼女に少し窮屈にも見えた。


「そろそろ行こうか」

「うんっ!」


 バスに揺られて駅まで出ると、電車に乗り換える。

 路線に大きな神社がないからか、電車は空いていた。


初詣はつもうでは人でいっぱいだけど、こっちは余裕だね」


 僕らはふたり掛けの椅子に並んで座る。

 窓の景色はゆっくりと流れてビルが民家に、民家が田畑に変化していく。


「久しぶりだね、お墓参り。早く結婚の報告もしなくちゃだねっ!」

「誰の、だ?」

「決まってるじゃない。お兄ちゃんとわたし!」

「ありえないだろ! 僕と礼名は兄妹で……」

「そんなことないよ! 兄妹は血の絆、そして結婚は心の絆なんだよっ! 両立できるんだよっ!」


 いいこと言ったでしょ、みたいな顔をして、ウザ可愛かった。


「いや、話がぶっ飛んでるだろ! 法律も世間も認めてないだろ!」

「世間は認めなくてもお父さんとお母さんは認めるよ、きっと!」

「んなわけないっ!」

「ホントにお兄ちゃんは真面目だよね」


 ちらり僕を見た礼名はすぐに視線を車窓に逸らせた。


「じゃあさ、結婚するときは兄妹やめちゃおっか」

「えっ……」

「……」

「って、そんなこと出来るかっ!」

「だよね、てへへへっ!」


 やがて。

 電車がホームに滑り込むと、僕らは電車を降りてバスに乗り換えた。


          * * *


「ただいま、お父さん、お母さん!」


 お花を供えながら語りかける礼名の声。

 丘の途中にひっそりと在る小さく古い墓地。

 父母が眠るその墓地に人の姿はなかった。

 僕は少し離れた水道からバケツに水を汲むと墓石を綺麗にする。


「お兄ちゃんともすごく仲良くやってるよ! お店も順調なんだよ!」


 礼名は周辺の雑草を抜きながら語り掛け続ける。

 僕は線香の束に火を付けると礼名に半分手渡す。

 そうして並んで合掌。


「…………」

「わたしが作った黒豆、食べて下さいね!」


 礼名の脳内が激しく漏れてるけど、僕は合掌を続ける。


「…………」

「でも、ちょっと失敗しちゃった! 来年はもっと綺麗に作るから見守っててね。あ、でも、お兄ちゃんは上手に出来てるって言ってくれたんだよ! 優しいよね! それから学校では生徒会に入っちゃった……」


 僕は合掌を終えると墓石を見つめる。

 父も享年四十歳って早すぎるよな。


「生徒会長の麻美華先輩は一見冷たそうだけど優しくしてくれてます。そうそう、中吉商店街のロコドルもやっちゃった。って、この話は夏来たときに報告したっけ……」


 引き続き合掌を続けながら、独りごち続ける礼名。


「だけどね、お兄ちゃんは凄くモテるんだよ、麻美華先輩も綾音先輩もお兄ちゃんを虎視眈々と狙ってるんだよ! クリスマスなんか知らない人からプレゼント届いちゃって、礼名は心配で心配で…… だけど絶対負けないよ!」


 おい、なに報告してるんだよ礼名!

 この脳内ダダ漏れは止めないと収まらないのだろうか?


「わたし、お兄ちゃんが大好なんです。この前よりもっともっと大好きになりました。だからお兄ちゃんと結婚したい。でも、お兄ちゃんったら血の繋がりがとか、まだ結婚出来る歳になってないとかそんなことばかり言うんだよっ!」


 よし、そろそろ止め時だ!


「おい、れい……」

「だけどもう子供じゃないよね。ねえ、お父さんお母さん。礼名は頑張ったよ、どんなことがあっても礼名は想いを貫いたよ。子供じゃダメだって、強くならなきゃってダメだって。おとなに頼ってばかりしなかったよ!」


 見ると礼名の頬にキラリ輝く滴が伝って落ちる。


「お父さんとお母さんは分かってくれるよね。わたし間違ってないよね! わたし……」


 頬に伝う滴を右手で拭うとその大きな瞳を開いた礼名。

 しかし僕の視線に気がつくと、すぐにおどけてぺろり舌を出した。


「最初はわざと喋ってたんだけどね。途中から知らない何かに操られちゃった」

「……」

「えへへっ……」


 僕らは暫く無言のままそこに立っていた。

 そして、やがてどちらからともなく荷物を手に持つと、もう一度両親に挨拶をした。


「名残惜しいけど、そろそろ佳織おばさんとこ挨拶に行こうか」

「うん」


 そうしてゆっくり振り向き歩き始める。

 と、そこに。

 太陽を背にひとつの人影がこちらを見ていた。


「か…… 桂小路のおじいさん!」


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