表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十二章 お兄ちゃんはサンタじゃない!(後編)
140/193

第22章 第4話

 タクシーを降りると待ち合わせ場所まで全力で駆けた。

 既に約束の時間を十分ほど過ぎている。


「ごめん!」

「お兄ちゃん急ごう! こっちだよっ!」


 僕を見るなり礼名も駆けだした。その手には大きな袋を持っている。


「どこへ行くんだ?」

「すぐそこだよ!」


 僕らが駆け込んだのは中吉幼稚園。家から歩いて五分の近場だ。


「今日はよろしくお願いしますね」


 僕らを迎えてくれたのは園長先生。品のある白髪のおばあさんだ。


「じゃあ早速着替えよう。実はね、お兄ちゃん……」


 礼名は袋からクリスマスパーティーで使ったサンタの衣裳を取り出すと僕に差し出す。


「この衣裳は中吉幼稚園からお借りしたんだよ。タダで貸して貰う代わりに今日こうしてサンタさん扮し園児達にプレゼントを配るって約束で、ね」


 にこり微笑みながら自らもサンタの服を着ていく礼名。


「サンタ、ふたりなんだ」

「うん、今日のサンタは双子だよ」


 欧州のとある国ではサンタは双子で、よい子にプレゼントを配る白サンタと、悪い子を連れ去る黒サンタがいるらしい。

 それだと僕ってやっぱり黒い方か……


「ま、気にしなくてもいいんじゃないかな。ふたりでプレゼント配れば」


 言いながら礼名はフレームだけの眼鏡を掛け、鼻ひげとあごひげを付ける。


「礼名は何を付けても可愛いな」

「もう、からかわないでよっ! わたしだって恥ずかしいんだから!」


 ご近所の子供達相手だし正体は隠した方がいきだ。僕も念入りに変装をする。

 そしてプレゼントが入った大きな袋を肩に担ぐと校庭に歩み出た。


「「メリークリスマス!!」」


 うわあっ~~!!

 サンタさんだあ~!!


 校舎から遊び場から我先にと園児達が駆け寄ってくる。


「慌てなくてもみんなの分ちゃんとあるからね!」

「はい、いい子は並んでよ~!!」


 僕らは幾度となく『メリークリスマス!』と呼びかけながらお菓子を詰め合わせた包みを手渡していく。群がる小さな天使達はどの顔も笑顔でいっぱいだ。


「はい、メリークリスマス!」


 僕の横で小さくしゃがみ込み、園児ひとりひとりに丁寧にプレゼントを手渡す礼名もすごぶる嬉しそう。彼女は時々僕に視線を向けるとにっこり白い歯をみせる。

 右から左から次々に小さな手が伸び、息つく暇もないほどに慌ただしいけれど、それはとても楽しくて満ち足りた時間だった。僕らからみたら園児はたくさんいるけれど、園児にしてみればプレゼントは一回きり。僕も礼名のようにひとりひとりに笑顔を向ける。


 そうして、ほとんどの園児に渡し終えた頃だった。


「サンタのおにいちゃん!」


 僕の前に立った可愛い女の子は大島七菜おおしまななちゃん。しかし彼女は思い詰めたように僕を見つめている。


「メリークリスマス! はいプレゼントだよ」

「あのねサンタのおにいちゃん、ななのぶんもね、ともやくんにあげてほしい」

「ともやくん?」


 ななちゃんが指差す方、遊び場の隅でぽつんとひとり地面に座り込む男の子がいた。


「うん、ともやくん」


 僕は礼名に一言声を掛けると、その男の子の元に歩み寄った。


「メリークリスマス!」

「……」


 ちらり僕を見た彼はしかしすぐに視線を逸らす。


「はい、プレゼントだよ」

「いらない」


 えっ?


「どうしていらないのかな?」

「サンタなんてホントはいないんだ! おにいちゃんだってバイトだろ!」


 いや、こちとら無料奉仕なのだが。

 ねた目で見上げてくる彼に僕は何と言っていいか分からなかった。だけど隣で不安げに成り行きを見守っているななちゃんの姿を見ると、はいそうですか、と引き下がるわけにもいかない。けれども何と言えばいいのだろう……

 数瞬考えていると、突然横から声がした。


「ねえ、お名前は?」


 そうして僕の前にもうひとりのサンタが現れた。


「なかがわ……ともや」

「ともや君かあ。ともや君のお家にはサンタは来ないのかな?」

「来ないよ。だってパパもママもいないもん……」

「……そうなんだ。じゃあお家には誰が待っているの?」

「ばあやとじいやと、あと…… ましろ」

「ましろ…… ちゃん?」

「うん、いもうと。もうすぐようちえん」

「じゃあ」


 礼名は手に持ったお菓子の包みを彼に差し出した。


「これはましろちゃんの分。お家に帰ったらともや君が渡してあげてね」

「……」


 それまで警戒した眼差しで礼名を見ていた彼は少し表情を緩めた。


「うん、わかった」


 そしてお菓子の包みを両手で持ったまま立ち上がった。

 と。

 僕の袖を誰かが引っ張る。


「おにいちゃん! ななのぶんもあげて!」


 え?

 一瞬反応が遅れた僕の手からお菓子の包みを手に取ったのはななちゃん。


「これもだよ。これはともやくんのぶん!」


 彼女はそれを彼の前に差し出した。


「それはななちのだろ」

「だから、あげる!」

「い、いらねえよ。ななちがくえよ」

「じゃあ……」


 ななちゃんはリボンを解くと袋を大きく開いた。


「どれがいい?」

「いらねえよ」

「ななはこのマシュマロ! ともやくんは?」

「じゃあ、ラムネ」

「うんっ!」


 弾けるように喜ぶななちゃん。

 礼名もにっこり微笑んでいる。

 やおら振り向くと五,六人の園児が僕らの袋を覗き込んでいて、その向こうではグラウンド狭しと園児達がめいめい遊び回っていた。


「ごめんね、待たせたね。はい、メリークリスマス!」


 僕らは待っている園児達にプレゼントを渡し終えると、暫くみんなと鬼ごっこに興じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、つっこみ、ヒロインへのラブレターなどなど、何でもお気軽に!
【小説家になろう勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ