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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十二章 お兄ちゃんはサンタじゃない!(後編)
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第22章 第3話

 上機嫌の桜ノ宮さん、いや綾音ちゃんと別れた僕は麻美華との待ち合わせ場所へと急いだ。


 待ち合わせ場所は市内のデパート前。

 行き交う人混みの中でも一際目立つ長い金髪と高貴なオーラ。


「ご、ごめん。待った?」


 彼女の元に駆け寄ると少し息が切れた。五分ほど遅刻だ。


「いいえ、私も今来たところですよ!」


 笑顔でそう言う彼女は手に持っていた文庫本をバッグに仕舞う。


「じゃあ、行きましょう!」


 僕の腕を取り店内に歩き出す彼女はとても愉快そう。


「いいのか? 人目があるのに大胆に腕なんか組んで」

「大丈夫です! だって今日のデートは礼名ちゃんにも公認でしょ! バレて一番困るのは礼名ちゃんにですからね!」

「いや、それでいいの倉成さん……」

「倉成さん、じゃないですよ! 麻美華です、ま・み・か!」


 彼女はハイテンションのままエレベータに乗り込む。

 凛と立ち、嬉しそうな笑顔を湛える彼女からは甘美な香りが漂って、僕はその瞳を直視できない。学校帰りの公園でふたり話をするときよりも何故かずっとドキドキだ。どうしたんだ僕。麻美華は腹違いとは言え正真正銘血の繋がった妹なのに。


 ドアが開くとそこは屋上。このデパートの屋上には屋上遊園があって幼児向けの乗り物が子供たちが来るのを今か今かと待っている。

 寒いとは言えよく晴れたクリスマス。だけど屋上遊園はどこか寂しげ。


「昔はもっと遊具も多くて、たこ焼きやお菓子なんかも売っていて、子供や家族連れが多かったんだけどな」

「そうなんですか。少しもの悲しいですね」


 今日のデート場所には麻美華からリクエストがあった。


「昔の、小学生だった頃のお兄さまが好きだった場所に連れて行ってください」


 彼女が何故そんなリクエストをしたのかよく分からないけど、その時僕の頭に浮かんだのがここだった。父母に連れられ礼名とふたりよく遊んだ記憶がある。


「ねえお兄さま、折角だから乗ってみましょうよ!」

「いや、さすがに僕は……」

「親子で乗れるから壊れませんよ!」


 そう言うが早いか、彼女は百円玉をパンダの後頭部に投入していた。


「私はこっちのライオンに乗りますね」


 人が少ないとは言えゼロではない。ハッキリ言って恥ずかしい。だけどそんなことなど麻美華は全く意に介さない。


「並んでいきましょうよ! ってぶつかっちゃだめっ!」


 いつもの上から目線はどこへやら。今日の彼女は童心に戻ったようにはしゃいでいる。でも、そんな楽しそうな麻美華はとても素敵だと思ってしまう。


「ふふふふっ! 楽しいですわね」

「うん」


 幼児向けの乗り物を降りるとふたり並んでデパートから下界を見下ろした。


「お兄さまと礼名ちゃんにはこんな想い出がいっぱいあるんですね。だけどそれは少しの違いで麻美華との想い出だったかも知れませんね」

「うん、そうかもだね……」

「麻美華はお兄さまといる、こんな時間が大好きです。心が自由になれるんです」


 彼女は屋上の壁から身を乗り出すように街の景色を楽しんでいる。


「倉成の家はそんなに厳しいの?」

「ええ、知っての通り厳しいのは母なんですが…… 私のこの金髪は母譲りなんですよ。だから人にはよく母に似てるって言われるんですけど、私もあんな風になっちゃうのかしら……」

「……」

「礼名ちゃんもお母さんそっくりなんですよね。商店街の皆さんが口を揃えてそう言いますよね」

「うん、僕もそうだと思う」

「似てるって言われる時の礼名ちゃん、いつも嬉しそうですよね」


 言われてみればそうかも。礼名は母が好きだったからな。いつからか尊敬してる、ってさえ言っていたし。


「お腹空きましたね!」


 彼女は急に僕の方へ振り向く。その長い金髪が大きく揺れる。


「お昼、まだなんでしょ!」


 昔、屋上にあったたこ焼き屋は消えていた。

 僕らは屋上から階段でひとつ下のフロアへと降りる。

 そこには昔、幾度となくお子様ランチを食べたレストランがあったのだが。


「ごめん、レストランもなくなってるね。昔ここにあったんだけどね、最近来てないから知らなかった」

「仕方ないですわね」


 麻美華は少し寂しそうに言葉を続ける。


「やっぱり昔の想い出をいま共有するなんてこと、出来ないんですね……」


 結局僕らはデパートを出ると少し離れたそば屋に入った。


「いらっしゃいませ!」


 店内は広く昼時でも待たずにテーブル席へ案内される。家族で何度も来たことがある、どこにでもある普通のそば屋さんだ。


「僕はたぬきうどん」


 速攻で注文を決めると、お品書きを麻美華の前に広げる。


「えっと、たぬきうどんって、タヌキの肉が入っているのですか?」

「何ボケてるんだよ! 今時そんなネタ、ウケないよ」

「いえ、ネタじゃなくって……」


 聞けば街のそば屋に入ったのは初体験だと言う麻美華。


「私ってそば屋もうどん屋もラーメン屋も入ったことないんです。あ、バカにしないで下さいね。勿論おそばもおうどんも知っていますよ。料理屋さんでも出てくるし家でも出て来ますから。でもこの『たぬき』とか『きつね』とか『あんかけ』とか何ですか? タヌキやキツネが入っていたり、あんこが掛けてあったりするのですか?」


 本当に知らないらしい。

 僕はたぬきは天かす、きつねは油揚げが入っていると説明をしていく。


「『たぬき』の具は地方によっても違うらしいけどね」

「じゃあ、かけそばは『かけ』が入っているの?」

「いや、何にも入っていないヤツだよ」


 結局彼女はきつねうどんを注文した。

 やがて注文の品が出て来ると、彼女は思いも寄らぬ提案をする。


「じゃあ、麻美華のきつねを半分あげるからお兄さまのたぬきを少し下さいな」

「はっ?」


 言うが早いか、目の前のたぬきうどんに半分に切られた油揚げが放り込まれた。


「こうすれば一粒で二度美味しいでしょ!」


 にっこり微笑む麻美華。

 でも、何かが少しズレている気がする。

 チャーシュー麵を頼んだヤツからチャーシューを一切れ貰うと嬉しい。だけど醤油ラーメンを食べているのに豚骨スープを混ぜられると頭に来る。麻美華の行動はどっちかと言うと後者に近いと思うのだが、本人は親切のつもりらしい。


 けど。

 まあ、いいっか。


 僕もレンゲに天かすを掬うと期待に満ちた目で僕を見ていた麻美華のきつねうどんに入れる。


「いただきますね」


 初めて食べた『たぬききつねうどん』は意外や意外、美味しかった。


          * * *


 三時間という時間はあっと言う間に過ぎていった。

 ゲーセンの自動ドアから出てくる麻美華の右手には競走馬のぬいぐるみがひとつ。


「大切にしますね!」


 クレーンゲームの中のその馬をじっと見つめていた麻美華に僕が取ってあげたものだ。

 馬の名前は『ゴールデンヒロイン』。

 手の平大のこのぬいぐるみを取るのに使ったお金は三百円。僕にしては上出来だ。


「お兄さまからの初めてのプレゼントですね!」


 彼女から手編みのマフラーを貰ったことを思えば、こんなものでいいのかと自責の念にとらわれるが、彼女はその、『ゴールデンヒロイン』なる馬の名前をいたくお気に入りのようでとても喜んでいる。


「そんなのでいいの? プレゼント。倉成家ってもっと凄いのを貰ったりするんだろ、宝石とかスイスの時計とか」

「そんなことないですよ。今年のクリスマスにパパから貰ったのは外国で買ってきたと言う小さな絵本だけ。弟たちにも同じものですよ」

「そうなんだ。逆に意外だね」

「祖父からは別荘貰いましたけど」

「うん、何故かそっちの方がしっくり来るよ。世間的には異常だけど」


 別れの時間が近づくと言葉少なになった彼女は、突然その馬のぬいぐるみに口吻くちづけした。


「麻美華はお兄さまをお慕いしています」

「あ、ありがとう」

「お兄さまは気がついていますか? 麻美華はお兄さまと血の繋がった妹ですけど、法律的には結婚出来るんですよ!」

「えっ?」


 彼女は意味ありげな微笑みを浮かべると僕をタクシーに押し込んだ。


「時間押してごめんなさい。礼名ちゃんが待っているんでしょ! でも今夜は麻美華の夢を見てくださいね!」


 いつもは涼しげな切れ長の瞳で優しく微笑み手を振る彼女。

 その可愛らしい表情は僕の脳裏に焼き付いて、本当に夢に出て来そうだった。


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