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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十二章 お兄ちゃんはサンタじゃない!(後編)
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第22章 第1話

 第二十二章 お兄ちゃんはサンタじゃない!(後編)



 ドキドキなクリスマスの朝が来た。

 今日は九時から桜ノ宮さんとデート、その次は麻美華とデートだ。

 つい、朝の洗面もいつもより丁寧になる。


「お兄ちゃん気合い入ってるね。いつもは寝癖なんか気にしないのに」

「いやその、やっぱりさ、身だしなみは大切だし、寝癖があったら向こうだってイヤだろうし……」

「じゃあ、礼名がちゃんと整えてあげるっ!」

「えっ……」


 一瞬で僕の手から櫛を取り上げた礼名は、百円ショップで買った霧吹きで僕の髪を湿らせると、手際よく寝癖を直していく。

 嬉しそうに髪を解く礼名の笑顔に「自分で出来るから」って言葉が出ない。


「礼名の自慢のお兄ちゃんだもんね。礼名だって格好悪いのはイヤだよ…… はい、出来ましたっ!」

「あ、ありがとう」

「えへっ、まるで夫婦みたいだねっ! じゃあ朝ご飯作るねっ!」

「あっ、朝ご飯はいらないよ」


 桜ノ宮さんとは植物園に行くことになっている。そして朝は一緒に食べようと言われていた。


「ええ~っ! 礼名ひとりで食べるの~っ? 今日はクリスマスだよ~っ! パンケーキいらないの~っ! 礼名のスマイルも付いてるよ~っ!」

「ごめん、一緒に食べるって約束しちゃったし…… あっ、そろそろ行かなきゃ」

「礼名の方が美味しいのに~! 朝はタイムサービス実施中なのに~っ!」


 恨めしそうな礼名の視線をふりほどき、僕は家を出た。


          * * *


 真っ赤なツインテールを振り乱し大きく手を振りながら駆けてくる。


「神代く~ん、メリークリスマ~ス!」


 大人びた茶色いコートに弾けんばかりの胸の膨らみ。

 いつも優しいお姉さま然とした彼女が、更にお色気三倍増に見える。


「今日は無理を言ってごめんなさい」

「いやいや僕こそ桜ノ宮さんとご一緒できるなんて光栄だよ」


 その言葉にふんわりと微笑んだ彼女は僕の目を見て歩き出す。


「冬の植物園は少し寂しいわね」

「でも、こんな季節にも咲く花があるんだ」

椿つばき水仙すいせん、ヤツデもそうね、あっこれはパンジーね!」


 ふたり足元に咲く花を見る。

 と、僕の手に何かがそっと触れた。


「手を…… 繋ぎましょ!」


 少し頬染めた彼女に胸がどくんと音を立てる。


「ふふふっ! こうして手を繋いでいると、神代くんがあたしの赤ちゃんを産むのよね」

「だから、男は産まないんだって!」

「神代くんは例外かもよっ!」


 例外ってなんだかよく分からないけど、楽しそうに笑う桜ノ宮さんを見ているとどうでもよくなってくる。そうしてふたりは大きな温室へと入っていく。


「ここは暖かいわね。神代くん、朝ご飯はまだよね?」

「あ、うん」

「あたしお弁当作って来たの。一緒に食べましょう!」


 草木の合間にあるベンチに腰掛けると彼女は手提げから大きなランチボックスを取り出す。中にはサンドイッチがぎっしり詰まっていた。


「お口に合うといいんだけど……」


 ハムに玉子に鶏肉らしいサンドもある。僕は鶏肉のサンドを頬張った。


「どう? それターキーなのよ。クリスマスの定番と言うことで」

「うん、すっごい美味しい!」


 お世辞ではなく本当に美味しかった。

 肉もいいものだろうけど、パンも美味しいしアクセントのマスタードがいける。

 分かっていたことだけど、彼女の女子力はハンパなく高い。その上美人で性格もいいから校内一モテる。そんな学校一のアイドルとクリスマスデートしているわけで。


「よかった。遠慮しないで食べてね」


 彼女もハムサンドを美味しそうに頬張る。


「初めてね、神代くんとこんな風にふたりきりって」

「ああ、そうだね……」

「最近忙しくて全然コン研にも行けてないしね」

「コン研、大丈夫かな?」

「大丈夫よ! コン研は大丈夫。全部神代くんのおかげ……」

「僕は何もしてないって」


 しかし彼女は首を横に振った。

 時々彼女は僕を買いかぶる。

 去年、僕ら当時の一年がコンピュータ研究部に入ったとき、コン研は自由奔放な活動内容を標榜ひょうぼうしてはいたが、その内実、ソフトを組んだりするバリバリの研究派とゲームなんかで遊びまくるエンジョイ派に分かれていて、両者の仲は悪かった。桜ノ宮さんはと言うと、あまりコンピュータに詳しくないから色んな勉強をしたいとコン研に入ったそうだが、入部当初は両派からよく相手派閥の悪口を聞かされたそうだ。


「あいつらゲームして遊んでばっかりだよな。ゲーム機で充分だろ。家でヤレよ」


「人工知能ソフトって言っても本の受け売りじゃん、偉そうに。パソコンは遊んでナンボだよ」


 そんな中、僕はコンピュータの処理速度を上げる実験をしながら、その成果で処理速度を要求されるゲームを楽しんでいた。言ってしまえば研究派とエンジョイ派の両刀遣いでどっちつかずのコウモリだった。だけどそれが結果として両派の融和を招いたらしい。僕は単に好きに遊んでいただけなんだけど。


「あのカタブツだった梅原部長が美少女ゲームを楽しむようになったのよ! 神代くんは凄いわよ!」

「いや、それは……」


 それは単に寝た子が起きただけだと思うが。


「あたしにも乙女ゲームの面白さを教えてくれたし!」


 それ、感謝するところか? 十年後に怨まれないか心配だ。


「だからいま、コン研の雰囲気がいいのは全部神代くんのお陰。あたし尊敬して

るんだから!」

「それは買いかぶりすぎだよ。実際は桜ノ宮さんがいたから、んぐんぐんぐ……」

「あっ! よかったら紅茶も用意してるわよ」


 パンを喉に詰めた僕を見て魔法瓶を取り出す桜ノ宮さん。

 気がつくとサンドイッチは半分以上消えていた。


「もっと食べてね! たくさん食べてくれると嬉しいわ!」

「あ、ありがとう……」


 コートを脱いだ彼女からは甘い香りが漂って僕はドギマギしてしまう。


「神代くん、ひとつ聞いていい、かな?」


 優しげな瞳でチラリと僕を覗き込む彼女、豊かな胸のラインが眩しい。


「あ、ああ勿論」

「神代くんって、シスコン、なの?」

「えっ?」


 どストレートな言葉に手に持ったハムサンドを膝の上に落としてしまう。


「礼名ちゃんがすっごいブラコンなのは分かってる。だけどそんな礼名ちゃんを見る神代くんも妙に嬉しそうじゃない! もしかして神代くんも礼名ちゃんが本気で好きなの?」

「い、いや、それはないよ。だって僕と礼名は兄妹で……」

「そうよね、兄妹なのよね。だったら神代くんはすっごいシスコンじゃないのかなって!」

「いや、それは……」

「ねえ、そんなのダメよ! アブノーマルよ! インモラルよ!」


 いつも柔らかな彼女の瞳が僕を優しく睨みつける。

 ぷるんとしたピンクの唇は微笑みを浮かべ、僕の視線を釘付けにした。


「綾音が正しい人の道に戻してあ・げ・る!」

「正しい人の道って……」


 どくんと大きく胸が鳴る。そんな反応を楽しむように赤いツインテールが寄り添ってきて。


「どれがいいかしら? 食べさせて上げるね」


 しなやかな指先が優しく動く。


「あ~ん!」

「い、いやその……」

「だーめ。食べて」


 だけど、学校中の男を虜にする彼女の微笑みには逆らえない。


「………………んぐ」

「わあ~っ!」


 突然の嬌声きょうせいに我に返った。

 目の前には野球帽を被った五歳くらいの男の子。


「こいびとどうし、あつあつだっ!」


 悪戯いたずらっぽくそう言うと笑って駆けていく。


「あっ……」


 見ると桜ノ宮さんが真っ赤になって俯いていた。


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