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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十一章 お兄ちゃんはサンタじゃない!(前編)
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第21章 第2話

 土曜の朝、いつもにも増して礼名はゴキゲン。

 爽やかな秋晴れにお客さんの入りも順調だ。


「はいっ! 今年も恒例のクリスマスパーティーを開くんですっ! 宜しかったらいらしてくださいねっ!」


 気が早い礼名は常連さんに声を掛けて回る。

 昨日の夜、彼女が考えたクリスマスパーティーのメニューは豪華だった。ターキーの丸焼きに始まってケーキは自家製いちごがいっぱいのブッシュドノエル、お土産用のクッキー、そして何故かオードブルにとローストビーフまである始末。勿論お代はコーヒー代しか戴きません。普段、大根の葉っぱ炒めで飢えを凌いでいる僕らの食生活を考えると心底お客さまが羨ましい限りだけど、礼名は全く意に介する風もない。


「クリスマスだしねっ。お客さまに感謝しなくちゃだよねっ!」


 勿論僕も異を唱えるつもりはない。

 嬉しそうに案を練る礼名の姿を見ていると、それはお客さまのためだけにも思えなかったし。


 からんからんからん


 入ってきたのは肉屋の三矢さん。

 のっしのっしと大きな体を揺すりながらカウンターへと歩いてくる。


「いらっしゃいませ~っ!」


 満面の笑みでおしぼりを差し出す礼名は彼もパーティーに招待する。


「そうなんだ、今年もやるんだ。勿論寄らせて貰うよ。ところでさ、そんな忙しいところ悪いんだけど……」


 三矢さんは僕と礼名を交互に見ると商店会の話を始める。


「中吉商店街は今年もクリスマスセールをやるんだけどさ、その中でミニコンサートの企画が上がってるんだ、らららフレンズの」


 商店街会長も務める三矢さんの話によると、商店街の会合で中吉らららフレンズに期待する声がたくさんあがったそうだ。例年、中吉商店街のクリスマスセールは飾り付けをしてビラをく程度だった。ただ、最近の飾り付けは電飾を派手に使って夜は凄く綺麗なイルミネーションになっていて、市内でも結構な人気スポットになっている。


「えっと、大変嬉しいお誘いですけど……」


 思案顔の礼名。

 最近は桜ノ宮さんも麻美華も店の手伝いに呼んでいないし、そもそも中吉らららフレンズは桜ノ宮候補の応援のための手段だったのだ。再結成する意味もない。

 速攻で断るかな、と思ったけど。


「まずは麻美華先輩と綾音先輩に聞いてみますね」

「ああ、頼むよ。ミニコンサートはイブ前の祝日で考えてるんだ。もしもダメならビラ撒きだけでも手伝ってくれると嬉しいんだけど」

「あっ、はい。それは是非やらせてください。うちも商店街の一員ですからっ!」

「その時は礼名ちゃんを中吉商店街の新アイドル『中吉小町』としてプロデュースしようかな」

「いりませんよっ、そんなの恥ずかしいですっ!」


 ビラ配りは例年手伝っていたし同じ商店街として受けて当然だろうけど、らららフレンズのミニコンサートもやる気なのかな、礼名。

 三矢さんは笑顔で礼名に感謝の意を伝えるとゆっくりメニューを広げた。


          * * *


 慌ただしい日々が過ぎていった。

 オーキッドの模様替えにクリスマスパーティーの準備、学校でも期末テストがあったし生徒会もそれなりに忙しかったし。


「いよいよ明日だね、お兄ちゃん!」


 大通りに立ち、クリスマスセールのビラを配りながら礼名が僕に声掛ける。


「ああ、楽しみだね」


 頭に真っ赤な帽子を被り、道行く人にビラを配りながら僕は答える。

 結局、三矢さんの要請に応えて、中吉らららフレンズの三人は明日ミニコンサートを開くことになっていた。期末試験が終わるや彼女らは曲の振り付けを合わせたり準備に大わらわだった。


 商店街はクリスマス一色。

 どこで鳴っているのか、ジングルベルの旋律も聞こえてくる。


「明日のコンサート、上手く行くといいね」

「大丈夫だよ、麻美華先輩も綾音先輩も気合い入ってるしねっ! お兄ちゃんも最後まで一緒にいてよっ! でなきゃ反乱が起きるよっ!」

「何だ、反乱って?」

「みんなコンサートを放棄してお兄ちゃんを捜索するよ! 見つかるまでヘリでも警察犬でも動員して徹底的に追い詰めるよ! 懸賞金も掛かってるから逃亡は絶体不可能なんだよ! だって明日のコンサートはお兄ちゃんに見てもらうためのコンサートなんだからねっ! 誰が一番可愛いか? 誰が一等お兄ちゃんのハートをグッと捕らえるか? ちゃんと決めて貰うんだからねっ!」

「おい待て! そんな話、聞いてない!」

「当然だよ、言ってないもん!」


 そう言うや、にやりと笑う礼名。


「ごめんお兄ちゃん、冗談だよ。だけど、みんながお兄ちゃんに見てもらいたいのはホントだよ。だから最後まで見ててね、約束だよ!」

「ああ、分かったよ」


 今回のイベントには僕も巻き込まれていて、途中少しだけステージに立つ。だけど自分の出番が終わったらすぐに店に戻ろうかと思っていたのだが。


「そうそう、ミニコンサートには聖應院のみんなも見てくれるんじゃないか」

「ああ、そうかもだけど……」


 最近は王子や高杉だけじゃなく、聖應院の生徒がたくさんオーキッドに来てくれる。

 お目当ては礼名だ!

 あの日、強引に聖應院に連れて行かれた僕と礼名。知らなかったけど、一部の野郎どもの間では中吉らららフレンズのメンバーが学校に来ていると大騒ぎになっていたらしい。聖應院では今、礼名の人気が沸騰して炎上しているのだとか。


「礼名の横断幕も作って来そうだね」

「何だか恥ずかしいよ」


 と、その時。

 僕らの目の前にタタタタ、と駆け寄る小さな影がひとつ。


「おにいちゃん! れいねえちゃん!」


「「あっ、ななちゃん!」」


 その可愛い笑顔は大島七菜おおしまななちゃん。ご両親が仲直りをして時々店にも家族で来てくれる。


「あかいぼうしでサンタさんやってるの? ななにもちょうだい!」

「はいどうぞ!」


 彼女の前に屈み込んだ礼名はポケットからアメ玉を取り出し手渡した。


「うわい! ありがとう、れいねえちゃん!」


 嬉しそうなななちゃんを見るとこっちも笑顔になる。


「あのね、クリスマスにね、ようちえんにサンタさんくるんだよ!」

「よかったね。ななちゃんがいい子にしていたからだね!」

「きっとね、おうちにもね、よるになったらサンタさんがくるよ」

「よかったね、サンタさんも忙しいね」

「うん! しょうてんがいにもくるらしいよ!」

「……サンタさんも超多忙だね」

「うん! にちようびにはデパートにもいたんだよ!」

「サンタさん、過労で倒れないか心配だね」

「デパートにはさんにんいたよ!」

「…………」


 珍しく絶句する礼名。


「でもね、ななしってるよ。れいねえちゃんとおにいちゃんがサンタさんなんだ!」

「あ、うん……」

「じゃあねっ!」


 彼女は元気に手を振ると、どこからか現れた友達の元へと走っていった。


          * * *


 ビラを配り終えると礼名と別れて商店街を歩いた。

 実は、礼名へのプレゼントをまだ用意していないのだ。

 商店街は綺麗な電飾で飾り付けられ、キラキラと多彩な色がきらめいている。その所為だろう、通りはいつもより賑やかだ。

 去年までは両親からプレゼントを貰っていた礼名と僕。僕が礼名にプレゼントを渡すこともなかったし、礼名から貰ったこともない。だけど今年は違う……


 洋装店か。

 服なんか喜ぶだろうな。だけど結構高価だし、枕元にこっそり置くから試着も出来ないし。


 宝飾店。

 アクセサリーなんかも喜びそうだな。ネックレスとかペンダントとか。でも、高くて手が出ない。アクセならファンシーショップでないとちょっと無理だな。そう思ってファンシーショップに足を運んだがどうも今ひとつピンと来ない。


 困ったな。何にしよう……


 ふと目に付いたのは本屋さん。

 麻美華が一日店長で写真を撮られまくっていた中吉書店だ。礼名は本が好きだったな。

 ふらりと中に入る。

 目に付くように並べてあるのはクリスマスの絵本たち。

 賢者の贈り物にクリスマス・キャロル、くるみ割り人形…… どの本も可愛らしくて礼名が喜びそうだ。だけどどれも読んだことがありそうだな。何かないかな……


「何してるの? お兄ちゃん!」

「れ、礼名! 礼名こそどうしてこんなところに……」

「こんなところって、恒例の新刊チェックだよ。ま、買わずに図書館で借りるけど」


 昨今の出版業界苦境の原因はこいつだった。


「お兄ちゃんこそ珍しいね、絵本なんて……」

「いや、何となく目に付いたから」

「……あのさ、お兄ちゃん。わたしクリスマスに欲しいものがあるんだ」

「えっ?」

「ワガママ言ってごめんね。でも、お兄ちゃんにおねだりしてもいいかな?」

「勿論!」


 僕を見上げて微笑む礼名にふたつ返事でそう答える。


「よかった。じゃあイブの日は学校から一緒に帰ろうねっ!」


 助かった。

 これでプレゼント選びに悩む必要がなくなった。

 目の前でにこり微笑む礼名に肯く。

 そしてふたりで店を出ると光に綾取られた商店街を並んで帰った。


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