第20章 第6話
大友倫太郎が語った「理由」、それは十八年前の物語だった。
「世の中って狭いんだね」
「そうだね……」
宴が終わり、みんなにお礼を言うと礼名とふたりタクシーに乗る。
そして景色が流れだすと、僕は大きく息を吐く。
「わしはふたりのお母さんに大変お世話になったんだよ。そして大変な迷惑も掛けた。だけどお母さんはお亡くなりになったんだね。大変吃驚したよ。ご愁傷様でしたね……」
料理を目の前にしても頑と箸を持たない僕らに大友倫太郎は目元を緩めた。
母は大学のサークルで彼、大友倫太郎の後輩だったらしい。
彼は母をこれ以上ないほどに誉めてくれた。聡明で優しくてとてもよく気が利いて、そして誰より美しかったと。
「桂小路さんが入ってくれてサークルはとても楽しくなった。勿論わしだけじゃなくみんなもね。男女問わず一年間で部員が二倍に増えたのは全て彼女のお陰だった。けれど、ある日のこと、彼女は家を出て学校もやめると言ってきたんだ……」
原因は縁談だったと言う。
母の知らない内に祖父は勝手に見合いを決めて来たらしい。
「桂小路さんは名家の人だし、わしは不思議な話とは思わなかったんだ。だけど彼女は自分の釣書が勝手に出回ったことをどうしても許せなかったらしい……」
母はこう言ったという。
「わたしは親が勝手に決めた縁談の所為で悲しい運命を背負った人を知っています。もしわたしの縁談が他の誰かを知らないうちに不幸にしてしまったら、それはとても耐え難いことです。だからわたしは家を出ました。なので学校も今日までです」、と。
「桂小路さんはいつもにこやかでとても優しい人だったが、芯はとても強い人だった。こうと決めた彼女は誰にも止められなかった」
彼の目は、遠い昔を見ていた。
「お兄ちゃん、お母さんが駆け落ちしたのはお兄ちゃんを授かったからだって言ってたよね。それって今日の話とかみ合わないよね……」
礼名はフロントガラスを向いたまま更に続ける。
「縁談が舞い込んだ彼のためを思って自ら身を引いた女の人の話は聞いたことがあるけどさ。大友倫太郎さんがウソを言ってるとも思えないし、一体どう言うことかな……」
「今日の話と僕を授かったのはほぼ同時だったんじゃないかな?」
言いながら僕の胸は苦しくなる。
妊娠して駆け落ちしたと言う母の話は僕の出生を隠すためのウソ。きっと今日の話こそが真実だ。
「そうなのかな。だとしたら凄い話だね」
「……」
僕が知らなかった母の姿を語ってくれた大友倫太郎。
彼は暫く悩んで「実は」と言うと、もうひとつの偶然についても語ってくれた。
「後で知ったんだが、その見合いの相手はわしだったんだよ。わしの親父が勝手に動いていたんだ。桂小路さんは相手の名前は知らない。見てもいないし聞いてもいないと言っていたが、それはわしを気遣っての嘘かも知れない。彼女は本当に優しい人だったからね。だからわしはその時の事を思うと今でも胸が痛くなるんだよ」
それから僕たちは彼が用意してくれたご馳走を楽しませて貰った。
何となくだけど、この晩餐に招かれた理由が理解出来たから。
だからと言って大友や聖應院の支援に甘えるつもりは更々ない。
大友氏も、僕らの意志を尊重してくれた。
「しかし礼名さんはお母さんにそっくりだね。驚いたよ。聖應院に来てくれないのは本当に残念だけど、聖名さんの娘さんだったらわしや藤院理事長が何を言ってもきっと無駄だろうね。はっはっは」
タクシーを降りると真っ暗な家に灯りを灯す。
「なあ礼名」
家に入ると真っ先に線香を上げた礼名は、暫く遺影を見つめていた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「大友さんも、そしてきっと倉成さんも、純粋に僕たちのことを心配して親切にしてくれてると思うんだ」
「そうかも知れないね」
「だからさ……」
だから、少しは頼ってもいいんじゃないかな。
僕がそう言うより早く。
「あのね、わたしはお兄ちゃんが大好き!」
「えっ?」
「わたしは、神代礼名はお兄ちゃんの事が宇宙で一番大好だよ。だから、わたしはお兄ちゃんと生きていきたい。誰の力も、誰の支援も受けないで頑張ってみせる。絶対負けるもんか!」
力強く僕を見つめるその瞳は何より澄んでとても綺麗で、思わず魂を奪われる。
「礼名…… 分かったよ」
「ううん。こちらこそごめんね、お兄ちゃん」
そう言うや、にこりといつもの笑顔を見せて、台所に立つ彼女。
「さあ、お土産に貰ったケーキを食べようよ」
「じゃあ、今日は僕がコーヒー淹れるよ」
「わあいっ! 待ってました、お兄ちゃん!」
嬉しそうな礼名を見ると、さっきの迷いも吹っ切れる。
そうして、ふたり楽しい時間を過ごす。
しかし。
どうして彼女は頑なに大人達の支援を拒絶するのだろう。
桂小路が関係なければ少しくらい利用したっていいと思うのに。
大友から貰ったパンフも彼女は速攻で捨てていた。手元に置くのも許せないらしい。
どうしてそこまで忌み嫌うのか、僕には見当すらつかない。
だけど。
ケーキを美味しそうに頬張る礼名の笑顔は天使のようで、その疑問は僕の胸の奥深くに閉じ込めておいた。
第二十章 完
第二十章 あとがき
みなさ~ん!
日頃のご愛読こころから感謝しま~す!
神代礼名ですっ!
ところで皆さん、気がつきましたか?
何と!
この章には麻美華先輩も綾音先輩も全く登場しませんでしたねっ!
わたしひとりの独壇場、素晴らしいですっ! ブラボーですっ!
これがあるべき姿ですっ!
あとはこのままお兄ちゃんと幸せの鐘を打ち鳴らすその日までただひたすらアクセル全開ブレーキ全壊で突っ走って行くだけですっ!
なのに何なのでしょう。聖應院やら大友やらまたまた変な連中がゾロゾロ出て来て困ったもんですね。
えっ? どうして礼名は誰の力も借りずにふたりだけに拘るのかって? 使えるものは使えばいいじゃないかって? そんなのダメですっ! ダメに決まってますっ! どうしてかと言われてもダメなものはダメなんですっ!
と、ここでお便りコーナーです。
こんにちは礼名ちゃん。
……はい、こんにちは。
僕はこの小説の作者です。
……作者が自分の小説のあとがきに、いちいちお便り書いて寄こすって、ウザイですね。
実は最近、咳がなかなか止まりません……
……はいはい、お医者さんに行ってください!
お小遣いも足りません……
……はいはい、一家の大蔵大臣に泣きついてください!
その上、馬券が当たりません……
……はいはい、馬に聞いてください!
と言うわけで、この小説の次の展開に何か良いアイディアはないですか? ネタがなくてとても困っています。是非南峰首席の礼名ちゃんの優秀な頭脳で面白いストーリーを考えて下さい! お願いします! 作者を助けてください!
って、何考えてるんですか? 作者さん!
夜な夜なエロゲとかしているヒマがあったらもっと真剣に考えてくださいよっ!
次の展開? そんなの決まってるでしょ!
次章の冒頭でお兄ちゃんが礼名に熱く愛の告白をすれば良いんです! そしてそのままふたりは抱き合い口吻を交わし、どこからか祝福の鐘が聞こえてくるんですっ!
あのですね作者さん、アンケート調査によると読者さまの99.7%はふたりのハッピーエンドを今か今かと待っているんですよ!
あ、残り0.3%は礼名と麻美華先輩の百合展開を期待しているそうですけど、わたしにはその気がありませんからねっ! 早くお兄ちゃんとのウェディングを描いてくださいねっ! それが作者の生きる道、なんですからねっ!
と言うわけで次章の予告です。
いよいよクリスマスがやってきます。
カフェオーキッドに常連さんを招いてのささやかなクリスマスパーティを企画する悠也と礼名。そこには勿論桜ノ宮さんも麻美華も招かれて……
次章「お兄ちゃんはサンタじゃない(仮)」もお楽しみに!
ではでは、神代礼名でしたっ!
ってこの原稿、どうして麻美華先輩が呼び捨てなんですか?
あっ、逃げるな作者!
教えなさいよ~っ!
どうしてなのよ~っ!!




