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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第三章 ふたりのお店は絶対負けません(そのいち)
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第3章 第2話

 倉成さんから手紙を貰った翌日のこと。

 僕は彼女のお誘いにどう返答しようか困っていた。


「おっす、神代。ちゃんと録画したか?」


 朝、教室に入ると、隣の席の岩本が軽いノリで聞いてくる。


「もち録ったぞ。今晩観るよ、「ミス・味っインフィニティ」」

「あのさ、明日のお勧めなんだけどさ」

「明日も何か面白いアニメがあるのか!」

「そうなんだ、もうひとつ面白いのがあってさ」

「待ってました。やっぱり頼りになるな、岩本!」

「あの。その頼れる岩本さんに頼みがあるのだけれど」


 その声にふたりが振り返ると、そこには金色の長い髪に切れ長のあおい瞳。校内一と評される美貌を持つお金持ちのお嬢さま、倉成麻美華くらなりまみか嬢が上から目線で僕らを見下ろしていた。


「あ、倉成さん、何か用?」

「私の席と入れ替わってくださらない。さあ、チェンジ! イエス・ウィキャン!」

「えっ、何言ってるの? 席替われって、どう言うこと?」

「言葉の通りよ。私と岩本さんが席を入れ替わるのよ」

「どうしてだよ。嫌だよ」

「これは命令よ。ヒロインは主人公の隣の席に座ると相場が決まっているのよ」


 倉成さんは上から目線で岩本を見下ろしながら、さも当然のように命令した。


「はあっ? なんでだよ!」


 勿論、岩本も抵抗を試みる。

 だけど。


「もう一度繰り返すわ。これは命令よ」

「そうよ、倉成さんの言うことを聞きなさいよっ」

「麻美華様に楯突くつもり?」

「言う事聞けよ、岩本」


 みんなの視線が岩本に突き刺さる。

 クラスの連中はひとり残らず倉成さんの味方らしかった。

 霜降り肉詰め合わせセットでも貰って買収されたのだろうか。


 やがて。


 クラス中の視線と、倉成さんの上から目線の圧力に岩本が敗北する。


「……分かったよ。席、替わるよ。神代、アニメの件は後でな。ちっ、誰もお金持ちのお嬢さまには逆らえないってか……」


 岩本は何かぶつぶつ呟きながら僕のふたつ後方へと移動していく。


「と言う訳よ。これから毎日よろしくね」


 隣の席に座った倉成さんが、上から目線で僕に告げる。


「えっと、どうして僕の隣なのさ」

「あら簡単な話よ。休憩時間は監視の目が厳しくて、悠くんとお話しできないから」


 彼女はちらりと後方のドアを見る。

 そのドアの奥に、いかにも怪しげに教室を覗き込む黒髪の女生徒の姿があった。


「礼名!」


 僕と視線が合うと、サッと身を隠す礼名。


「ね、とんだストーカーが見てるでしょ」


 何してるんだ、マイリトルシスター!


「悠くんと秘密のお話しができるのは、授業中だけみたいだから」

「いや、授業中は授業を聞こうよ」

「当たり前すぎる反応ね。つまらないわ。授業も私の話もどっちも聞けばいいだけでしょ。英訳するとダブルインカムよ」

「それ、絶対違うし」


 キンコンカンコ~ン


 予鈴が鳴る。


「ぬぐぐぐ…… 何なのよあの女は! 授業中のお兄ちゃんを泥棒なのっ! お兄ちゃんの所有権はわたしだけのものなのに! 何とかしなくちゃ。わたしもお兄ちゃんと同じクラスになっちゃうとか。そうだ、飛び級、飛び級だよ! 一気に二年生に飛び級したらいいんだよ! あっ、でも、もしわたしとお兄ちゃんが同級生になったら、突然お兄ちゃんに色目を使う後輩が現れて、わたしの妹ポジションがピンチになるって展開もあるかもだし、ああもう、礼名はどうすればいいのっ……」


 意味不明のことを呟きながら礼名は廊下から消えていった。


「と言うわけで、本題よ」

「前振りがやたら長かったね」


 倉成さんは金色の巻き髪を右手でかき上げ、澄ました顔で。


「今度の土曜日、遊びに来てくれるわよね」


 どう返答しようか迷っていたけど、やっぱり中途半端な答えは一番いけない。

 ここは明確に断ろう。


「ああ、ごめん。手紙まで貰って悪いけど、無理」

「えっ」


 僕がキッパリ宣言すると彼女の上から目線が宙を彷徨さまよう。


「どうしてなの? この私がお願いしますって頭を下げたのよ。おそれ多いことなのよ」

「それでも無理」

「私の命令でも?」

「うん、無理。昨日も言ったけど仕事があるから」

「仕事って何? どこの会社を経営しているの?」

「はははっ。経営と言えばそうだけど」


 学校にも許可は取ってあるし、別に隠す必要もない。

 僕は彼女に、妹とふたりで喫茶店を営み生計を立てている話をした。


「で、その喫茶店の営業利益は年間何百億くらいなの?」

「僕たちの生活費がかろうじて稼げるだけだよ。売り上げで月に二十万円ちょっとかな。そこから経費を引いたら……」

「そんなの、私のパパが紹介するお仕事の方が絶対お給料いいわよ」


 驚いたような顔で倉成さん。


「えっ、これでも結構優秀な数字だと思ってるんだけどなあ」

「その程度のお金、一着お洋服をオーダーしたら、跡形もなく消えてしまうわよね」


 そうか。お洋服は『買う』んじゃなくって『オーダーする』んだ。完全に発想が別世界だよ、倉成さん。


「えっと、洋服はしばむらか、あと商店街のバザーとかでしか買わないから。充分やっていけるよ」

「何、そのしばむらって」

「知らないの? ファッションセンターだよ。郊外に店舗をたくさん展開している大手の衣料品屋さんだよ」

「ふうん。プレタポルテのお店ね」

「ま、一応そんな言い方も出来るね。既製服だから」


 やっぱり彼女は僕ら庶民とは行く店が違うんだな。


「で、そのお店の服が悠くんのお気に入りってわけ?」

「うん、まあ気に入ってるよ。妹も最近お気に入りでさ。ヨーロッパの最新トレンドも入ってたりするらしいけど、ともかく安いんだ」

「最新トレンドならパリから直輸入すればいいのに」

「えっと、そんなの僕みたいな貧乏人には無理だよ。でも、しばむらはほんとに商品豊富で買い物が楽しいんだよ。妹に言わせるとファッションのパラダイスなんだって」

「あたしも車で行ってみようかしら」

「ああ、でもさ、巨大なリムジンで乗り付けて、黒服ぞろぞろ従えて入っていくのは止めた方がいいかも知れないね」

「そうなの?」

「うん、自転車で乗り付けてひとりで自由に見て回る感じがいいよね」

「ねえ、悠くん、私をそこに連れて行ってよ」


 切れ長の碧い瞳で僕をじっと見つめる倉成さん。


「えっ? 別に普通に行って普通に見れるから、他の友達と行ったら?」

「悠くんが興味を持たせたんだから、悠くんが責任を取るべきだわ」

「責任って……」

「さあ、わたしをしばむらに連れてって! イエス・ウィキャン!」

「でも、庶民のお店だよ。倉成さんにはつまらないかもだよ」

「興味がいたのよ。女の子は最新ファッションに弱いのよ」

「でもさ、それなら他の女の子と……」

「これは命令よ!」

「命令って…… じゃあ、また今度時間があるときに、ね」


 この約束を彼女が忘れてくれることを祈りつつ、僕は話を流した。


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