第20章 第3話
聖應院の学食は凄く美味しかった。
味付けもちょっとしたレストラン顔負けだ。
礼名の弁当も美味しいけど、やはり作りたてのポークソテーには敵わない。
「おでん美味しかったです。今度家でも作ってみなきゃ!」
「礼名さんが作ったおでんか。食べてみたいな」
「そんな! 大友会長はいつも美味しいものを食べ慣れてるでしょ? きっとお口に合いませんよ」
「そうよね。この茶綾の手料理の方がずっと美味しくってよ」
「「「それはない!」」」
聖應院の連中は一斉に首を横に振った。
きっと五条さんの手料理に恐ろしいトラウマがあるのだろう。
やがて。
僕らが食後の紅茶を戴きながら和やかに談笑していると藤院理事長が現れた。
「すっかり打ち解けているようね。では、これから寮を案内するわ。私、礼名さんを女子寮にお連れするから、高杉君、神代さんを男子寮に案内して頂戴。あなた寮生だったわよね」
「はい、そうっすけど、授業は?」
「担任には私から伝えるわ」
「ラッキー! じゃあ行こうぜ神代!」
と言うわけで。
昼食を終えた僕は聖應院生徒会マネージャーの高杉に連れられてカフェテリアを後にした。
「どうっすか、聖應院は?」
廊下を歩きながら高杉。
「ああ、すごくいい学校だね。施設は申し分ないしメシは旨いし……」
「まあな。カネ掛かってるからな。で、器じゃなくって中身はどうっすか?」
「中身って?」
「生徒とか先生とか」
そう言われても僕が知っているのは生徒会の連中と理事長先生だけなのだが。
「生徒会のみんなにもよくしてもらってるし、他の生徒も礼儀正しくって印象いいよね」
「そうっすか。ありがとうっす」
お世辞ではなく良家の子女っぽく折り目正しい生徒が多かった。制服をワイルドに着こなしたり、廊下でやんちゃする連中は全然見ない。そう言えばあとひとつ気がついたこともある。
「それに女子のレベルも高いよな!」
「そうかな~? 南峰生徒会の方が驚異的にレベル高いっすけど」
「あれは偶然集まっただけなんだ。全体的には聖應院の方がレベル高いって!」
「そうなのかな~」
そう言いながら高杉も満更ではないらしい。そりゃ自分の学校が誉められたら嬉しいだろう。
「ま、神代が感じてくれたとおり、聖應院はいい学校と思うっすよ。金持ち多くて少し世間ズレしてるかもだけど」
そんな話をしていると、目の前にレンガ色の建物が二棟見えてきた。
「右手にあるのが男子寮で左手が女子寮っす。女子寮はガード厳しいっすよ」
女子寮への道に立つ守衛を見ながらそう言うと、高杉は男子寮へと入っていった。
広い玄関を入るとガラス張りの事務所が見える。靴を履き替えて中に入ると広い食堂へと案内された。
「ここが食堂っす。朝晩メニューも選べるっす。味は昼のカフェテリアと同じレベルっすね」
それって結構レベル高いじゃん。
「自販機もあるっすよ。酒はないっすけどね」
「そりゃそうだろ」
「タバコもないっすけど」
「そりゃそうだろ」
「エロ本もないっす」
「……残念だな」
「じゃ、次行くっす!」
高杉は笑いながら僕の肩を叩いた。
食堂の後は大浴場、トレーニング室、娯楽室と案内される。
「女子寮も同じ作りなのか?」
「さあ、入ったことはないっすけど、多分そうだと思うっす。あ、そうそう女子寮と言えば!」
彼は僕を手招きすると廊下を歩き出す。
「うちの寮生は校内恋愛してるヤツほど勉強がデキるんすよ。普通と逆っす!」
「それ、どう言うこと?」
「こう言うことっす」
辿り着いたのは自習室と書かれた立派な扉。中に人の気配はないのに入り口には係員らしき人が座っている。
「寮の自習室は男子寮と女子寮の真ん中にあって兼用なんす。ここは図書室も兼ねていて男女どちらの寮生も夜十一時まで勉強できるっす。だから寮生同士のカップルは毎晩ここでイチャついてるっす」
なるほど、夜カップルが会えるのは自習室だけ、と言うわけか。
「なっ、神代も毎晩妹さんに会えるっすよ。寮が別だからって気にする必要はないっすよ!」
彼は意味ありげに笑うと自習室兼図書室を一周する。学校にも立派な図書室があったが、この部屋も南峰の図書室並みに広かった。ホントに施設は贅沢すぎる。
「なかなかいいだろ」
時計を見た高杉はまだ時間があるからと自分の部屋へも案内してくれた。
「散らかってるけど許してくれっす」
ホントに散らかっていた。
お菓子の袋や雑誌、携帯ゲーム機などが散見される。
でもまあ大方の男子の部屋はこんなもんだろう。僕の部屋の何倍かありそうな広いワンルームにベッドやソファや学習机、それにトイレまで付いている。彼はサッとソファのテーブルを整理すると僕に座るよう勧める。これくらい散らかっていた方が返って落ち着くから不思議だ。
「おっ、月刊アンタレスじゃないか! 今も『蝶のように百合のように』は連載されてるの?」
「あっ、あの四コマ風マンガね、この前打ち切られたっすよ」
「えっ! 残念だな、あのマンガ好きだったんだけど」
月刊アンタレスは少年向けの色が濃く、勇者や魔王やモビルスーツのようなものが誌面狭しと活躍するのが多い漫画雑誌だ。その中で連載されていた『蝶のように百合のように』はほのぼのした百合ラブコメディで、完全に場違いだった。面白かったのに。
他にも彼は幾つかのマンガ雑誌を購読しているようだ。
「神代も読んでたのか、アンタレス」
「ああ、一年前までな」
「うちに来たら毎号回し読みできるっす」
彼はそう言うと笑ってみせた。
部屋には僕の好きだったゲームソフトもあった。なかなか趣味が合うじゃないか。
「どうっすか、聖應院へ来る気になったっすか?」
「いや、それはないよ」
「な~あんだ。面白くないっす」
残念そうにそう言うが、顔は笑っている。
聖應院の連中は警戒しなくちゃと思っている僕だけど、高杉はきっといいやつだ。僕は気になる事を彼にぶつけてみようと思った。
「ところでさ、今日の事って理事長の判断だって聞いたけど、本当は大友王子が無理矢理ごり押ししたんじゃないのか?」
「いや違うっす。確かに最初、神代兄妹のことを理事長に持ちかけたのは王子なんすけど、聞くところでは理事長がノリノリだったらしいっすよ」
「えっ?」
「あくまで聞いた話っすけど」
彼の話では晩餐会の後、僕らの特別転入を理事長に持ちかけたのはやはり王子だった。だが、最初はあまり乗り気じゃなかった理事長は僕らの名前を見るや態度を一変させたらしい。そして早く話を纏めて連れてくるよう王子に頼んだという。
「目を輝かせていたらしいっすよ、理事長。これはいい話だって、絶対来て欲しいって」
意外な話だった。
一体僕らの何をそんなに気に入ってくれたのか?
確かに礼名の成績は優秀だ。だけど聖應院は超難関大学への合格実績を売りにせずとも生徒が集まる名門校だ。理由は多分そこにない。と言うことはやはりあれか、桂小路の関係か。僕は暗澹たる気持ちになる。
「多分、僕じゃなくって礼名の方を気に入ったんだよな」
「よく分かったっすね。残念ながらそうらしいっす」
やはりそうか。
どこでどう言う繋がりがあるのか知らないが、気を引き締めなきゃいけない。
「理事長は礼名さんの名前を知ってたらしいっす」
「名前を知っていた?」
「あ、時間ヤバイっす。そろそろ行くっす」
高杉に急かされて部屋を出ると理事長との待ち合わせ場所に連れて行かれた。そこはまだ案内して貰っていない小綺麗な建屋だった。
「ここは聖應院で一番新しい建物っす」
そう言いながら建屋に入る高杉。
「さっきの話の続きっすけど、ほら聖應院って……」
歩みを緩めた高杉は藤院理事長が礼名を欲した理由を教えてくれた。
そしてそれは、僕の気持ちを強く激しく揺さぶった。




