第20章 第2話
「ようこそ聖應院が誇るカフェテリアへ!」
入れ替わるかのように現れたのは大友貴久率いる聖應院生徒会の面々。副会長の五条に書記の青柳、会計の赤松、そしてマネージャーの高杉。いや、それだけではない。彼らの後ろには更に五人ほど控えている。
「わざわざありがとう」
今日の暴挙は王子の仕業ではないらしい。僕と礼名は彼らに会釈する。
「じゃあ案内するよ。君たちは席の準備をよろしく」
「キイーッ!」
後ろに控えていた男女五人組は悪の組織の戦闘員よろしく胸に当てた右手を伸ばして敬礼一閃、席取りに走った。
「何か悪いな。生徒会以外の人まで巻き込んでるみたいで」
高杉に小声でそう言うと意外な返事が返ってくる。
「大丈夫っすよ、彼らも生徒会のメンバーっすから」
「えっ?」
「彼らは生徒会の二軍っす」
「二軍?」
「訳わかんないっすよね! 生徒会にマネージャーがいたり二軍があったり」
確かに意味不明だった。
「敬礼が悪の戦闘員みたいなのは?」
「ああ、あれは王子の悪ノリっす。ウケなかった?」
「……ウケる心の余裕がない」
心に余裕があったら引いていた。
礼名も微妙な表情をして大友の後を歩いている。
「ここで好きなものを注文するんだ。今日のメニューは上にあるから」
顔を上げると大きなディスプレイに定食メニューらしきものが映っている。
「日替わりのものはディスプレイ、定番メニューは札が掛かってるっす。今日のAランチはポークソテーでBランチは白身魚のムニエル、和定食はおでん盛り合わせっすね」
高杉の説明に僕はAランチを頼んだ。礼名は和定食のおでん。王子と青柳と赤松、そして五条さんは揃って和定食だった。みんなは庭園が見える大きな窓の近くに腰掛ける。そこには既に生徒会二軍のみんながお冷やを並べていた。
「ご苦労だった」
「キイーッ!」
これまたイケメンふたりに美女三人。女の子は恥ずかしそうに胸に手を当てその手を伸ばし「キイーッ」をやっている。見てる方も恥ずいからやめてあげて欲しい。
食事は和気藹々と進んだ。
礼名の前に王子、王子の両横には五条さんと青柳。僕は礼名の横だった。
「王子が和定食だと他のみんなも右へ習えなんすよ。まあ今日は礼名さんが和定食だから王子も和定食にしたんだろうね。いつもは肉食派っすから、王子」
僕と同じポークソテーを頬張りながら高杉。
「肉食って、今日で言うとポークソテーだよね」
「そうっすね。まあ王子はビーフが好きみたいっすけど。ビーフステーキとかビーフシチューとか」
「えっ! そんな贅沢なのが学食に出るの?」
「出るっすよ。二日に一日くらいっすけど」
ゴクン。
喉も揺れたが心も揺れた。
「礼名さんはおでんが好きなんですか?」
「特に好きって訳でもありませんが、最近作ってないなって」
横では礼名が王子と会話をしている。
「そうか。礼名さんは自分でご飯作るんでしたね」
「まあ、お兄ちゃんも手伝ってくれますし、失敗してもお兄ちゃんは笑って食べてくれますし」
最近晩飯の手伝いをした記憶はほとんどないんだが、礼名はいつも僕を立ててくれる。
「南峰にはこんな食堂あるんですか?」
「いいえ、いつもはお弁当です。お弁当持って来ない人は購買部でパンも売ってます」
と。
ここに来て僕はあることに気がついた。
「…………礼名」
「…………お兄ちゃん」
どうやら礼名も気がついたようだ。
「礼名さんが作ったお弁当って、さぞ美味しいんでしょうね。僕も食べてみたいなあ」
「…………」
「…………」
そうなのだ。
今日は弁当持参だったんだ。
家の前で拉致られて完全に忘れてたけど、どうしよう、お弁当。
持って帰って夜食べてもいいけど、大丈夫かな。腐ったりしないよな。チラリ礼名を見る。彼女も思案しているようだ。いつもの礼名なら、ここで弁当を広げてみんなでどうぞ、って言うところだろうが、考え込んでいるところを見ると、この場でうちの弁当を広げる事に抵抗があるのだろう。なんたって鶏と玉子と野菜しか入っていない貧乏丸出し弁当だからな。
「って事は、いま持ってるんじゃないっすか? そのお弁当!」
しかし、僕の顔を見てニヤリ笑いながら核心を突いたのは高杉だった。
「……」
チラリ礼名を見る。
「た、食べますか? お口に合うかどうか分かりませんが……」
「えっ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えようかな!」
王子の言葉に礼名は横に置いていたカバンを開く。そして僕もそれに倣う。
今日のお弁当は鶏の照り焼きと卵焼き、大根の葉っぱ炒めにきゅうりの漬け物だった。
当然、僕の弁当も礼名と同じメニューだ。
普通に考えると抓めるものは照り焼きと卵焼きだけだが。
「うん、このご飯美味しいね。ご飯だけで食事が進むね」
冷めてしまったブレンド米がそんなに美味しいわけがない。そりゃ、海苔玉ふりかけの味だよ、王子。
「おっ、この卵焼き、凄い旨いっす!」
「うん、鶏の照り焼きもいい味だよ」
「きゅうりは浅漬けなんだね。美味しいね」
みんな口々に礼名の料理を誉めてくれる。
しかし。
「この青いのは何ですの?」
「ああ、それは大根の葉っぱです」
「大根の葉っぱ? そんなもの食べられるのかしら? 鶏と玉子ときゅうり、見事なまでの貧乏メニューね。お兄さんも可哀想に、だから痩せているのかしらね」
五条さんが僕らの弁当を見下すように言い放った。酷いセリフだが、一番真実を突いていた。しかし。
「ええ、原価百円ってところです。けれど大根の葉はビタミン、ミネラルの宝庫なんですよ。知り合いの八百屋さんにタダで分けて貰ってるんですけどね」
彼女の言葉に礼名は笑顔で反応した。王子がふりかけご飯を誉めたときには躊躇いの表情を浮かべていたが、今はすっきりした表情だ。
「タダですか。タダより高いものはないって言いますわね」
「……そうですね」
タダより高いものはない、は礼名の主義にも沿う言葉だ。あっさり認めていた。
「じゃあついでにタダで聖應院に来ればどうかしら」
「「えっ?」」
意外だった。
五条さんだけは僕らに来て欲しくないんだろうと思ってた。
「あなたのような貧乏人がいるのも面白いかも知れませんわね。正々堂々勝負しましょう」
「勝負って?」
「とぼけないで! 恋敵同士ってことよ」
キッと礼名を睨む五条さん。
しかし。
「あの、五条さんはわたしのお兄ちゃんが好きなんですか?」
「はあっ?」
「五条さんが好きなのはお兄ちゃんじゃありませんよね。じゃあ恋敵なんかじゃありませんよ」
「それ、どう言うこと……」
「はい、わたしが大好きなのはこの世でただひとりお兄ちゃんだけです! 結婚を前提にお付き合いしています! お兄ちゃんはいつも血の繋がりあるからとか、法的に無理だとか後ろ向きの発言しかしませんが、そんな些細な障害はいつかわたしのロケットパンチで宇宙の彼方へ吹き飛ばす予定です。そうですね、結婚したら子供はふたりは欲しいですね。お兄ちゃんそっくりな男の子とわたしによく似た女の子。ふたりはやがて父と母の姿を見て自分たちも深く愛し合うんです……」
「ちょっ、待てよ礼名! ともかくそう言うことだから。とんでもないブラコンなんだよ、こいつ……」
僕は礼名の暴走を止める。
不服そうな礼名に対し、五条さんは狐につままれたような顔をしていた。
「礼名さんは家族想いなんですね。そういうところも素敵だな」
しかし、王子は何にも分かっちゃいなかった。




