第19章 第5話
その日、麻美華は夕方まで手伝ってくれた。
夜には別の用事があったそうだが、時間ギリギリまでグラスをピカピカに磨いていた。
「分かってるわよね、悠くん。大友の口車になんか乗っちゃ許さないわよ!」
そして何度も何度もそう言われた。
「今日も一日お疲れさま! さあ食べようよっ!」
エプロンを外しながら礼名が食卓に腰掛ける。
今夜は親子丼と野菜がたっぷりの味噌汁、それに大根の葉っぱ炒めだ。
「食後にケーキがあるよっ! 麻美華先輩のお土産だよ!」
にこにこ笑顔で礼名が手を合わせる。つられるように僕も手を合わせていただきます。
「しかし今日は驚いたね。王子が来たのは想定の範囲内だったけど、まさかお父さんまで来るとはね」
「うん。しかも礼名のことを母さんの名前で呼んでたし……」
覚え間違いか? 何かの勘違いか?
「そうだね。それに何だかわたしのことずっと見てた気がするしね」
「そりゃ礼名が可愛いからだろ?」
「認めたね、お兄ちゃん!」
丼をテーブルに置いた礼名は、僕を見てにこり微笑む。
「そんな可愛い礼名が今なら婚約し放題なんだよ! さあ、お申し込みは今すぐ! ネット予約なら更にお得だよっ!」
「何がどうお得なんだ?」
「結納金がこんなにお安く!」
ポンポンポンと電卓を叩いて僕に突き出す礼名。
「……五円?」
「うん、ご縁がありますように!」
「お賽銭じゃねえっ!」
てへへっ、と笑う礼名はしかしすぐに真顔になって。
「王子のお父さんって、お母さんと知り合いだったとか?」
「まさか!」
「だよね、考えすぎだよね」
* * *
月曜の朝。
いつものように礼名とふたり家を出ると、黒く立派なリムジンが駐まっていた。
「お待ちしておりました」
黒い服を着た紳士が僕らに恭しく頭を下げる。
「えっ? 何かの間違いでは?」
「いいえ、神代悠也さまと礼名さまですね。どうぞお乗りください」
「お乗りくださいって、僕たちは今から学校へ行くんですけど」
「学校までお車でお連れいたします」
どう言うことだ? また麻美華がいらぬお節介を焼いたのか?
「いや、歩いて行けるし」
「乗って戴かないと困ります。そう仰せつかっているのですから」
運転手も必死だ。僕らの行く手を阻んで一歩も引かない。
まったく麻美華のヤツ、そこまで世話焼かなくてもいいのに!
「さあどうぞ」
運転手の他にもうひとり、がっしりした体格の大男が現れて半ば強引に礼名を車に乗せてしまった。
「おい、ちょっと!」
礼名の手を取ろうとした僕も彼に押されて車の中へ。
バタン
ブロロロロロ……
ドアが閉まると車は動き出した。
まったく麻美華のヤツ。
僕は携帯を取り出すと彼女に電話を掛ける。
トゥルルルルルルル……
「はい、倉成です」
「あ、倉成さん、神代だけどさ」
「どうしたのですか、こんな朝っぱらから」
「それはこっちのセリフだよ、余計な事をしないでよ!」
「4Kな事? 綺麗、可愛い、賢い、気立てが良いってこと? 照れるわ、悠くん!」
あらゆる意味で間違えてやがった。
「違うよ、4Kじゃなくって余計だよ、よ、け、い、なこと!」
「余計な事?」
「そうだよ、リムジンなんか寄こさなくてもいいからさ」
「リムジン? 何のお話ですか?」
「何のお話って、僕の家の前に立派なリムジン寄こして学校まで送ってくれるとか」
「学校まで送る? お兄さま何言ってるんですか?」
「えっ?」
ふと窓の外に流れる風景を見る。
「お兄ちゃん、これ、学校じゃないよ!」
礼名の言う通り僕らの学校へ向かう道じゃない。
これって……
僕は麻美華にごめん、とだけ伝えて電話を切ると運転手に向かって声を上げる。
「どこに行くんだよ!」
「はい、ですから学校です!」
「違うよ、学校はこっちじゃないだろ!」
「いいえ、こちらです。あと二十分も走れば到着します」
「二十分?」
怯えたように僕を見つめていた礼名が意を決したように声を上げる。
「学校ってどこですか? 聖應院じゃありませんよね! わたしたちは南峰高校の学生です! 今すぐ南峰へ向かってください!」
「何を仰るんですか? これでいいんです。私どもはおふたりを聖應院へお連れするよう命じられておりますので」
「じゃあ今すぐ降ろしてくださいっ!」
「それは出来ません」
そう言えば土曜日に高杉が言っていた、既に合意は取り付けてあると……
僕は慌ててドアを開けようとするが、ロックがかかっているようで頑と動かない。
「お降りの際は私どもがドアをお開けしますので、ごゆっくりなさってください」
「じゃあ今降りるから、降ろしてくれ!」
しかし、僕らの抵抗は虚しく。
二十分後。
荘厳な門、近代的な五階建ての校舎。
聖應院に到着してしまった礼名と僕は、出迎える警備員たちに有無を言わさず校内へと連行された。
第十九章 完
あとがき
ちわっす。
いつも読んでくれてありがとうっす。聖應院の高杉っす。
第十九章『ふたりは静かに暮らしたい』はいかがだったっすか。
このお話って僕ら聖應院の関係者が神代兄妹にちょっかい出しまくってるだけの話しに見えるっすけど、そう思った貴方はよく考えてみて欲しいっす。僕らの提案、悪い話じゃないでしょ! 絶対いい話っすよ。王子のヤツは下心とか恋心とかエロ心とかもあるかも知れないっすけど、俺は純粋に神代の事を考えてるっす。その辺理解して欲しいっす。
えっと、あれっすね。このあとがきって俺ら登場人物が自ら書かなくっちゃいけないんすね。凄い扱き使われようっす。作者は何してるっすか? あとがきくらい自分の言葉で書きゃいいのに。
えっ? 何っすか? お便りが来てる? 俺にっすか? 嬉しいっすね。こんな脇役の俺にもお便り貰えるなんて凄く光栄っす。あ、これね。
高杉定家さん、こんにちは。
……こんにちわっす。
わたし、アラフィフの専業主婦です。
……歳は関係ないっす。美人は大歓迎っす。
早速ですが、先日父が亡くなったので仏壇を買いに行きました。
……ご愁傷様っす。
仏具屋さんには色んな仏壇があって、その中で現代風のお洒落な仏壇が気に入ったんです。しかし値札は百万円。予算オーバーです。でも一応店員さんに聞いたら、「奥さん凄くお綺麗だから、大負けに負けて半額の五十万円にしましょう!」って言ってくれたんです。勿論その場で買いましたよ。わたしには中学の息子がいて、いつも「かあちゃんぽっちゃり気をつけなよ! 買い物の時も化粧忘れちゃダメだよ!」なんて言うんですけど、わたしだってまだまだイケてるってことですよね! 何て言うのか、凄く嬉しかったので、浮いたお金でケーキをいっぱい食べちゃいました。大丈夫ですよね、まだまだイケてるんだし。
高杉さんって仏具屋さんの跡取りらしいですけど、やっぱり綺麗な女性にはサービスするんですか? 凄く綺麗だったら五割とか引いちゃうんですかっ。うふっ、ちょっと自慢したかったのでお手紙しちゃいました。
では、頑張って神代兄妹を聖應院へ引きずり込んでくださいね。応援してます!
ってなお手紙です。が。
…………
あの、どうしようかな。ホントのこと言っていいっすか。
仏具屋で五割引なんか当たり前っすよ。
そんなのヨボヨボのおばあちゃんが来ても、くそ生意気な兄ちゃんが来ても割引するっす。だって、最初っから定価高めに付けてるっすから。
あ、勿論店によるっすよ。中には最初から適切な定価を設定して一切引かない店もあるっすけど、売りたい値段の倍以上の定価を付けてる店も多いっす。うちみたいに。
だから、商売人の甘い言葉より、自分の息子さんの言葉を信じて、食べ過ぎに注意して、お買い物の時もお化粧忘れずにいた方がいいっす。きっとそれが真実っすから。
てな訳で、次章の予告です。
強引に聖應院高校に連れ去られた神代兄妹。
彼らを勧誘する聖應院高校の甘い罠。警戒する悠也と礼名だが、やがて悠也は礼名のためを思い意外な言動に走る……
次章「とある聖應院の一日(仮)」もお楽しみに。
きっと神代兄妹には素晴らしい出来事が待っているっす。
高杉定家でしたっす。




