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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十九章 ふたりは静かに暮らしたい
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第19章 第4話

 カウンターの中に立ち、ピカピカのグラスを何度も何度も拭く麻美華。


「じゃあ、私がこのお店を買収して悠くんを雇い入れるってのはどうかしら。そうしたら悠くんは給料制で働けるわけだし、給料出し過ぎても赤字は私が補填ほてんすればいいわけだし」

「そんな恵んで貰うようなことは出来ないよ」


 彼女は僕たちが働かなくても暮らしていける方策を次々と提案してくる。だけどそんな提案に乗れるわけはない。


「じゃあ麻美華はどうしろって言うの? このまま指を咥えて大友のやることを見ていろと言うの!」

「大丈夫だよ。僕も礼名も誰の誘いにも乗らないからさ」


 そこへ、太田さんのパチンコ談義に付き合っていた礼名が戻ってくる。


「麻美華先輩、その何十分そのグラス拭いてるんですか! 人手は足りてますからそろそろお帰り戴いてもいいんですよ!」

「何を言っているのかしら。私がお手伝いしないと利益が半減するわよ」

「同じグラスを何時間磨いても利益は増えません!」

「麻美華がここにいると悠くんが俄然張り切るのよ。だからこれでいいのよ」


 礼名も半ばあきらめ顔でテイクアウトカウンターに向き直る。そして外を見て「あっ」と声を上げた。


「どうした礼名」

「お兄ちゃんほらあれ、立派なリムジン……」


 見ると黒塗りのリムジンが店の前に駐まって中からひとりの紳士が降り立つところだった。一瞬倉成さんのお父さんかと思ったが、違う。銀色の眼鏡を掛けた中肉中背の中年男性が真っ直ぐうちの店へと向かってくる。


「……あれってまさか!」


 驚いて口を手でふさいだ麻美華がそう言うが早いか、オーキッドの扉が開く。


 からんからんからん


「いらっしゃいませ~っ!」


 年の頃は四十前後と言ったところだろうか。眼光鋭く威厳を感じさせる紳士。

 そんな彼をいつもの笑顔で出迎える礼名。


「おひとりさまでしょうか?」

「ああ……」


 首を縦に振りながら礼名を見た彼は明らかに驚いた顔を見せた。


「こちらの席はいかがでしょうか」

「あ、いや、カウンターがいい」


 紳士は礼名が案内した窓際のテーブル席を断ると、視線を礼名にロックオンさせたままカウンターの方へと歩いてきた。礼名は確かに綺麗だけど、そんなに驚かなくてもいいだろうに。


「こちらがメニューになります」


 カウンターに座った彼にメニューを差し出す。

 彼はぐるり店を見回すと、今度は麻美華の姿に目を止める。


「お久しぶりです」


 少し当惑気味の笑顔を浮かべ、彼の横からお冷やを差し出す麻美華。


「あれっ、倉成さんのお嬢さん?」


 紳士の方も驚いているようだ。


「はい。最近ここでお手伝いをしています」

「これは驚いた。社会勉強とかかな?」

「お友達のお手伝いです」

「と言うと、そちらのお嬢さんの?」


 カウンターに戻っていた礼名を見る紳士。


「いいえ。彼、神代悠也さんの方ですが」


 僕は紳士に頭を下げる。


「そうか。わしは大友だ。よろしく」


 そう言うと彼はメニューに目を落とし、ブルーマウンテンを注文した。


「ところで、神代くんには妹さんがいるそうだが?」

「はい、わたしが妹の礼名です」

「えっ!」


 暫く驚いたように礼名を見た紳士は、やがてゆっくり口を開いた。


「ああ、そうか。いや実はせがれから聖應院への特別推薦の話を聞いてね。どんな人かと来てみたのだが、そうか、あなたがたが……」


 彼はお冷やに口を付けるとまた僕らに目を向ける。


「倉成さんも元気そうだね。ところで神代くんとはどう言う仲?」


 麻美華は当たり障りなくふたりの間柄を紹介する。クラスメイトであること。そして生徒会の仲間であること。おまけに席が隣であること……

 僕が淹れたてのコーヒーを差し出すと、彼はそれを一口啜る。


「うん、美味しい。神代くんも、妹のせいなさんも大変だろう。支援は惜しまないよ」


 せいな?

 思わず礼名と顔を見合わせる。聞き間違いではないようだ。礼名も驚いていた。


「あ、はい、ありがとうございます。だけどわたし達はこのお店でちゃんと生計を立てていますから大丈夫です」

「遠慮はしなくてもいいんだよ」

「いいえ、遠慮なんかじゃありませんよ。本当に大丈夫なんです。ご覧ください、今日もお店はこんなに繁盛していますし、それに倉成先輩も色々ご支援してくださるんです。その上わたしにはお兄ちゃんというそれはとても心強い家族というかフィアンセというか最高のパートナーが一緒なんですよっ。だから……」

「せいなさん。聖應院はいい学校だ。将来含めて安心出来るはずだよ」


 せいな?


「あ、あの、礼名、ですけど」

「あ、ああそうだった。れいなさん」


 単なる覚え違いだったのだろうか。礼名の名前と亡き母の名前を言い間違えた彼は、大友財閥の支援制度を自慢を始めた。さんざんとその素晴らしさを訴えた彼は僕たちにそれを勧めてくれた。礼名も愛想笑いを浮かべながら反論の機会を探っていたようだが、今度は彼の出身校である聖應院の自慢が始まる。お客さまの手前、ニコニコと聞き上手に徹していた礼名は反論の機会を得ないまま彼に上機嫌で話をさせ続けた。


 やがて彼は席を立つ。


「ごちそうさん。では楽しみにお待ちしていますよ」

「あっ、もうお帰りですか? ありがとうございましたっ! あっ、お客さま、カバン!」


 礼名は紳士がカウンターに置き忘れたカバンを手に取ると、それに付いていた綿埃わたぼこりを取り払ってから丁寧に手渡す。


「このカバン、とても綺麗なお色ですね。はい、どうぞ」

「あ、すまない」

「いえいえ。こちらこそお話楽しかったですっ! でも、ご覧の通りわたし達は生活大丈夫なのでご安心くださいねっ! ではブルーマウンテン一点で六百八十円になりますっ」

「…………」

「どうかされましたか?」

「あ、なんでも……」


 笑顔でレジに立つ礼名を暫し遠い何かを見るような目で見ていた紳士は、やがて財布を取り出し支払いを済ませる。


「ありがとうございました~っ!」


 彼が店を出ると僕は麻美華に声を掛ける。


「今の、大友倫太郎おおともりんたろうさんだよね、大友財閥のトップだよね」

「ええ、そうよ」


 彼が店を出た扉を見つめながら、麻美華が苦々しげに切り捨てる。


「大友のバカ息子、どうして親父なんか送り込んできたのかしら!」

「それよりさ、お兄ちゃん。あの人わたしを何度もお母さんの名前で呼んだよね……」

「ああ、そうだね。思い違いしてたのかな?」


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