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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十九章 ふたりは静かに暮らしたい
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第19章 第3話

 店に戻ると礼名は忙しそうにパタパタ動き回っていた。


「待ってましたっ、お兄ちゃん! 三番テーブルさんキリマンとチョコパ!」

「はいよ」


 一方、一緒に戻った麻美華も手伝いの準備を始める。


「じゃあ着替えてくるわね」


 家の中に入っていく麻美華に、何も知らない礼名が声を掛ける。


「麻美華先輩、どうして着替えるんですか?」

「あら、今日はこの私もお仕事の日よね」

「そんなの聞いてませんっ! ってか、いりません!」

「そんなつれない事を言うから、礼っちはいつまで経ってもAカップなのよ」

「……」

「Aカップなのよ」

「最近、急成長してBカップになりましたっ!」

「デュークエリントンも言っていたわよね。Aカップで行こう!」

「A列車ですっ!」

「ちなみに私はCカップよ」

「勝ち誇って踏ん反り返らないでくださいっ! 綾音先輩はHカップですよっ!」

「でかけりゃいいってもんじゃないわ!」

「ええそうですよ。だからBカップが一番なんです!」

「いいえ、Cカップだわ」


 何故かふたり同時に僕を見た。そして瞳で何かを訴えかけてくる。


「えっとさ、でかけりゃでかいほどいいんじゃないかな……」


「「ええ~っ!!」」


 彼女達は揃って自分の胸を見る。

 冗談で言ったのに、ふたりとも真剣な顔をして面白い。


「お兄ちゃん、今晩からお店の牛乳を礼名がちょっと貰いますっ!」

「エステサロン予約入れなきゃだわ。あと、寄せて上げる秘密道具も買っておきましょう!」


 何やら勝手に決意を固めているふたり。まあ、勝手にやってくれ。


 やがて。

 久しぶりにオーキッドの制服を着て現れた麻美華は、店に出るなりウォーターポットを持ってお客さんに挨拶して回る。


「久しぶりだね、麻美ちゃん。生徒会長になったんだって?」

「はい、悠くんも礼名ちゃんも生徒会に入ってくれて、結構楽しんでますわ」


 肉屋の三矢さんとの会話にも花が咲く。


「お兄ちゃん、どうして麻美華先輩が働いてるんですか? もう先輩方に応援は頼まないって決めましたよね! それなのに……」

「まあ、今日のところはいいんじゃないか? 倉成さんの趣味だと思えば」

「お兄ちゃんがそう言うのなら仕方ありませんが、腑に落ちませんね……」


 からんからんからん


 扉が開く。


「「いらっしゃいま、せ……」」


 入ってきたふたり組を見て僕も礼名も、そして麻美華も固まった。


「やあ、昨日はどうも!」


 軽く手を上げ現れたのは大友貴久と高杉定家だ。

 ふたりはそこにウェイトレス姿の麻美華を認めると驚いたように声を上げる。


「どうしたんですか倉成さん? バイトですか? 遂に倉成財閥も危機的状況なのですか?」

「なっ、何を言っているのかしら。これは生徒会の奉仕活動の一環なのよ。南峰生徒会はボランティア活動にも力を入れているのよ」


 王子の問いに上から目線で答える麻美華だが、一瞬の動揺は僕にも分かった。


「そうなんだ。ははっ。ボランティアなんだ」


 彼らはゆっくりカウンター席に歩いてくる。

 王子は席に座りながら皿洗いをする礼名を向いて語りかけた。


「じゃあ、僕もそのボランティアに参加していいかな?」

「えっ?」

「君と一緒に働いてあげるよ。倉成嬢より上手く接客する自信はあるよ」

「なっ!」


 テーブル席から麻美華の声。ぎりっと唇を噛みしめて。

 しかし、彼に働いて貰うのは色々困る。麻美華と仲が悪そうだし、礼名にもちょっかい出してきそうだし、ともかく扱いにくそうだ。

 僕がどう断ろうかと思案していると、先に礼名が口を開いた。


「それは困ります! 麻美華先輩は特別なんです! オーキッドで接客するためにはカフェ接客検定一級さんが要求されるんです! ポンポンポンポン チ~ン」

「一級さんが要求されるんだ。じゃあ、僕もそれ受けてくるよ。どこでやってるのかな?」


 そんなもん、礼名の口からでまかせに決まっているじゃないか。分かって言っているのか王子? 困ってるかなと礼名を見ると、余裕の表情だった。


「残念でした。カフェ接客検定試験は先月オーキッドで開催されたのを最後にその短い歴史に幕を閉じました。何故ならオーキッドを手伝って戴ける人が充分増えてしまったので、もう合格者を出す必要がなくなったんです。よねっ、お兄ちゃん!」

「あ、そ、そうだね」


 突然振るなよ。よくもそんなに次々とウソ八百が口から出てくるな、礼名。


「なあんだ。体よく断られたって訳だ。まあいいけどね」


 王子が目配せをすると、高杉は持っていた鞄から大きな封筒を取り出して王子に手渡した。


「前にも話したよね、聖應院の特待制度のこと。これが制度の案内と申請書。そしてこちらが聖應院の学校案内に学生寮の案内、それから大友財団の特別育英資金の案内と……」

「前にもお話ししましたけど、わたしたちはこのお店でこうやって生計を立てることに幸せを感じています。だから、折角のお話ですけど」

「そう言わずにさ、先ずは見てよ」


 礼名にパンフレット一式を手渡す王子。

 一方、同じパンフレットを束ねて僕に渡してくれたのは高杉。


「王子の言う通りうちの奨学制度はホント条件いいっすよ。例えばその青いパンフレットが学生寮のっすけど、部屋は個室でトイレ付き。食事も美味しいと評判っす。実は俺も寮生なんすけど、建物も立派だし友達と一緒だから毎日楽しいっすよ」


 高杉が言うパンフレットを開いて見る。

 伝統を感じさせるレンガ風の建物。庭が見える食堂はお洒落なカフェテリアのようだ。部屋も写真で見る限り僕の部屋の三倍はありそうだし。確かに贅沢すぎる寮だ。


「お兄ちゃん、何見てるんですか!」

「寮のパンフレットだけど……」

「このお誘いはハッキリキッパリお断りですよね。この寮にだって致命的で許容できない重大欠陥がありますよねっ!」

「えっ、そうなの? おかしいな、そんなに大きな問題はないと思うんだけど」


 そんな高杉の呟きに、待ってましたとばかりに礼名のマシンガンが火を噴く。


「ええ、問題ありです。大アリクイです。だってこの寮は男子寮じゃないですか! そして女子寮は別の建物ですよね。これじゃあわたしがお兄ちゃんと同じ部屋になれないじゃないですか! わたしとお兄ちゃんは海よりも深く松茸よりも高く、そして六法全書よりも厚く愛し合っているんです。もはやわたしはお兄ちゃんなしでは生きていけないんです。八時間離れているとお兄ちゃん禁断症状が現れて、一日会わないと気絶してお兄ちゃんを点滴しないと死んでしまう、か弱い礼名なんです。それなのに、違う建物で暮らせだなんて。非道です、拷問です、死刑宣告です!」


 高杉と王子は呆気にとられたのか、ぽつんと口を開けたままだ。


「と言うわけで、礼名とお兄ちゃんは一緒にこのお店で働いて生きてくんですっ! お兄ちゃんが海ならわたしはお魚、お兄ちゃんが太陽ならわたしは光合成で生きるミドリムシ、 お兄ちゃんがクジラならわたしはコバンザメなんです! わたしはお兄ちゃんから一時も離れられないんですっ!」

「思ったより凄いっすね、妹さんのブラコン」

「そうだよ、ご覧の通りさ。ブラコンが服を着て歩いているようなヤツなんだ」

「当然です! 礼名は服を脱いで歩くブラコンとはひと味違うんです! 誉めて下さいっ!」


 服を脱いで歩くブラコン…… 思わずヘンな想像をしてしまう……


「って、お兄ちゃん大変! ティッシュティッシュ!」


 ぽたりぽたりと鼻血が落ちる。僕は礼名からティッシュを受け取ると急いで鼻を押さえる。


「ごめんごめん。大丈夫だから……」


 僕の惨劇を他所に。


「礼名さんはそんなにお兄さんのことが好きなんだ……」


 少し驚いた風の王子に、礼名のマシンガンがまたしても火を噴く。


「はい、わたしはお兄ちゃんが大好きですっ! オギャーと生まれた瞬間に、わたしはお兄ちゃんに一目惚れしました。そしてわたしが二歳の時、お兄ちゃんは「礼名たん、かあいい」って、愛の告白をしてくれたんですっ! それからふたりはずっと両思いなんですっ!」


 ちょっと待て。そんなの記憶にないぞ礼名!


「そして忘れもしません、礼名がみっつの時。ふたりは中吉幼稚園のマリアさまの前で手を取り合い将来を誓い合ったんですっ!」


 記憶にないってば、礼名!


「だからわたしとお兄ちゃんはお父さんとお母さんとマリアさまに認められ、世界中から祝福され未来を確約された恋人同士なんですよっ!」


 嬉しそうに笑顔を弾けさせ力説する礼名に、しかし王子は余裕の笑顔を浮かべる。


「昨日のダンスの時も礼名さんはお兄さんが大好きだって言ってたよね。兄妹愛って素晴らしいと思うよ。だけど結婚は無理だよね。南峰とは違って聖應院にはあなたのお兄さんより素晴らしい人がたくさんいるよ」

「いませんっ!」


 両手を握りしめ断言する礼名。


「それはどうかなあ。まあ一度聖應院を見に来てよ。あっ、よかったら倉成さんもどうぞ」


 王子はカウンターに戻ってきた麻美華に聞こえるように少し大きな声をあげる。

 麻美華が、そんなの見る必要もない、と突き放しても王子は余裕の笑みだ。


「ちゃんと南峰の了承も取り付けるからご心配なく」


 驚いた僕らをみて、高杉が小さな声で僕だけささやいた。


「すまないっす。王子が大友の力で校長同士の合意を取ったっす。まあ、軽い気持ちで来てみてよ」


 やがて。

 ふたりはケーキセットを平らげると店の前に迎えに来た黒いリムジンに乗って帰って行った。


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