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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十九章 ふたりは静かに暮らしたい
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第19章 第2話

 店を出ると商店街を歩いた。


「さっきはごめんなさい。私、少し混乱しちゃったみたいで」


 彼女はうつむき加減に僕の横を歩く。


「分かってるよ。大友にバカにされないように考えてくれたんだよね」

「はい。だけど大友の言うことももっともなんです。私には家に帰ると美味しくて温かい食事が待っていて、掃除も洗濯もみんな瑞季がやってくれて、お風呂はいつでも温かく、気分転換にジムも使えて、お出かけするのも専用車で、買いたい物は何でも買えて、パンがなければケーキを食べて、牛丼の肉は霜降りの松阪牛なんです……」


 最後のが一番羨ましかった。


「だけどお兄さまの生活はどうですか? わたしと出会っても何ひとつ変わっていませんよね! 土日も遅くまで働いて、お客さんのご機嫌を取って得る僅かなお金で食べるものも着るものも全て何とかやりくりして。それでも将来の展望は見えない。お兄さまも礼名ちゃんも苦労は全然減っていない。悔しいけど大友の言う通りなんです……」

「いや、そんなことはないよ。麻美華のお陰でムーンバックスとも共栄できてるし、礼名には立派な衣裳まで誂えてくれたじゃないか。楽しい想い出もいっぱいだし麻美華がいると心強いよ」

「想い出? 心強い? それ、グラム何円ですか? 高値で引き取って貰えるんですか? そんなので生活できるんですか! 結局麻美華は何ひとつお役に立てていないんですよ!」


 俯いていた顔を上げ、切れ長の涼しげな瞳で僕を睨む麻美華。

 やがて商店街から少し外れた公園に辿り着くと、ふたりはベンチに腰掛ける。

 悔しそうな顔の麻美華を見ると何故か申し訳ない気持ちになる。だけど、僕も礼名も今のままで充分幸せを感じている。だから気にする必要は全然ないのだけど、彼女は納得してくれない。


「パパはお兄さまを認知して養育することを本気で考えています」

「ちょっと待って。そんなの困るよ」

「ええ、分かっています。そんなことしたらオーキッドはお終いですよね」


 僕は小さく肯いた。彼女の言う通りだ。礼名と兄妹でないことが明るみになったら、若い男女がひとつ屋根の下で暮らす理由は消滅してしまう。きっと礼名は親戚へ引き取られ、ふたりの生活は終焉を迎えるだろう。そんなこと、僕らは望まない。


「パパも分かっているみたいです。悔しいけどパパは礼名ちゃんを気に入ってるみたいで。あっ、勿論麻美華のことも誉めてくれますよ。麻美華は心根の優しい素直な子だって」

「優しいお父さんだね」

「はい」


 彼女は嬉しそうに微笑むと、さっきの契約書に話を戻した。


「だから分かって欲しいんです。あれ、昨日の夜寝ないで考えたんですよ! 何かいい方法はないのかって」

「だけど、あんな法外な契約は無理だよ。僕にだってプライドはあるんだし礼名も認めないと思う」

「じゃあ、麻美華はどうすればいいんですか?」

「だから何もしなくていいんだって」

「大友になじられてもですか! 大友が礼名ちゃんにいい話を持って来たらどうするんですか! そんなの……」

「大丈夫。僕たちは大友の話なんか絶対乗らないからさ」


 自信いっぱいに答えても彼女はやはり納得しない。


「でも、相手は大友ですよ! どんな手を使ってくるか分かりませんよ! 猫だましとか突っ張りとか、張り手からの、のど輪とか……」

「それ、相撲の手じゃん」

「すり替えとか積み込みとかツバメ返しとか?」

「今度は麻雀のイカサマの手だよね!」

「やだ、松葉くずしとか仏壇返しとか御所車とか、そんなこと女の子に言わせるなんて!」

「言わせてないよ! 来ると思ったよ、四十八手」


 展開は読めていたのに止められなかった自分を怨んだ。


「ともかく大友は油断なりません! 不安です……」

「なあ、僕を信じてよ。僕は礼名が望まないことは決してしない。だから今の生活を変えることは絶対にないから」

「……それはお兄さまも望んでいることですか?」

「当然だよ」


 暫く考えた麻美華はベンチを立つと青い空を見上げ、吹っ切れたように声を上げた。


「わかりました。戻りましょう。取りあえず今日はお店のお手伝いをさせてください。それが今、麻美華に出来ることですから」


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