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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十九章 ふたりは静かに暮らしたい
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第19章 第1話

 第十九章 ふたりは静かに暮らしたい



 からんからんからん


「いらっしゃいませ~っ!」


 オーキッドの朝は礼名の明るい声で始まる。


「おっ! 礼名ちゃんってば、またまた綺麗になってない? キリッと知的で優しげなのに、その上最近色っぽくなっちゃってさ! どれかひとつくらい分けて欲しいな、うちのかーちゃんに……」


 いつもの朝一番は八百屋の高田さん。今日も迂闊うかつな発言が炸裂し放題だ。


「いえ、わたしなんかまだまだ子供で……」

「そんなことないよ。ほんとグッと女っぽくなっちゃって。うちのかーちゃん見てみなよ。土管だよ! ポストだよ! 釣り鐘だよ!」


「あら、土管でポストでボンボンボンって、一体誰の事かしら?」


「げげげっ! か~ちゃん、いつの間に! 今日は家から抜け出せないよう、布団で簀巻きにして、更にぐるぐる巻きにしてきたはずなのに!」

「あんな紐で縛った布団なんか土管パワーの前に弾け飛んだわ。さあ次はあなたが宇宙の彼方へ弾け飛ぶ番よ!」


「だぢげてくぶほっ! ごへほっ!」


 どすぼこばきっ! バシばしバシどすんドスン!


 奥さんの諸手刈りタックルから必殺土管パンチの雨が振る。そんな彼女の手を掴み、ふたりの間に割り込む礼名。


「はあはあはあ…… 奥様いらっしゃいませ!」

「はあはあはあ…… いつもごめんね、礼名ちゃん。今日もモーニング頂戴な」


 いつもの光景、いつもの惨劇。

 奥さんの破壊力も驚異的だけど、懲りない高田さんの打たれ強さもサンドバッグ級だ。


「マスター、オーダー入りま~す! モーニングふたつ、サンドイッチで!」


 いつもの笑顔でカウンターに戻ってくる礼名は、高田さんが言うようにどんどん綺麗になっていく。

 僕は昨日の夜、ふたりで踊ったダンスを思い出す。

 一緒に暮らす妹なのに、僕を見上げる彼女の瞳に吸い込まれそうになった。狂おしくて頭がおかしくなりそうだった。何とか理性で持ちこたえて、おやすみの挨拶をしてベッドに入ったけど、彼女の残像から逃れられない僕は、いけないことばかり妄想してしまった。僕の妹なのに。大切にしなくちゃいけないのに。


「お兄ちゃんどうしたの? 高田さんとこ、モーニングふたつだよ」

「あっ、ごめん礼名。コーヒー淹れるからサンドイッチよろしく頼む」

「はいっ! お兄ちゃんっ!」


 そう言う礼名は既にサンドイッチを作り始めている。流れるような手さばきに思わず見とれてしまう。


 礼名がいるからオーキッドは繁盛している。

 礼名がいるから毎日とっても楽しい。

 礼名がいるから頑張れる。

 だけど、この生活はいつまで続くのだろう。

 桂小路がこのまま黙っているとは思えない。いつか決着を付けるときが来る。麻美華との関係もいつかは知られてしまうだろう。その時礼名は……

 今は小さな喫茶店のウェイトレスだけど、いつか彼女は大きく羽ばたいていく。そんな気がして仕方がない。


 今日は絶好の好天で客足も絶好調。

 接客に調理に忙しくしていると時間はどんどん流れていく。

 気がつくと十時を回ろうとしていた。


 からんからんからん からんからんからん

 からんからんからん からんからんからん

 からんからんからん からんからんからん


 扉を何度も開け閉めしている長い金髪の彼女。


「分かったから、ドアを開けたり閉めたりしないでよっ!」

「じゃあ、押したり引いたりしてみるわ」

「一緒だよ!」


 やってきたのは麻美華だった。

 長い金髪を軽くかき上げた彼女は、僕の前にやってきて真っ赤なバックをカウンターに置く。


「いらっしゃいませ、麻美華先輩」

「あら、礼っち。昨日はお疲れさま。しかし今日も忙しそうね」

「はい、おかげさまで商売繁盛ですよっ!」

「じゃあ、もっと忙しくして上げるわね。悠くんを借りるわ」

「貸しません!」

「これが借用書よ」

「貸しません!!」

「利息もちゃんと払うわよ」

「何億積まれても貸しませんっ!」


 ふっ、と軽く微笑んだ麻美華はメニューも開かずにプリンパフェを注文する。

「ところで今、オーキッドの売り上げってどのくらいなのかしら?」


「「へえっ?」」


 予想外の質問にふたり同時に気の抜けた声を出す。


「そんなこと先輩に教える必要有りませんっ!」

「あら、何を言っているのかしら。悠くんとは席が隣同士なのだし、他人じゃないのよ」

「他人です!」

「と、あなたの心ない妹はあんな事を言うんですけど、ちゃんと教育して頂戴!」


 僕に向かって上から目線でそう言う麻美華。


「いや、礼名の言う通り他人でしょ」

「つれないわね。そんなことだから悠くんはいつまで経ってもチェリーボーイなのよ」

「…………」

「チェリーボーイなのよ」

「ああ、そうだよ童貞だよ。悪かったね」


 しかし僕の捨てゼリフに反応したのは横に立つマイリトルシスターだった。


「いいえ、お兄ちゃんは何も悪くありませんっ! お兄ちゃんが童貞なのは、礼名が処女おとめだからですっ! お兄ちゃんが捨てるとき、それは礼名が失うときなんですっ!」

「…………」

「…………」


 さすがの麻美華もドン引きしていた。


「も、もういいわ。この店の売り上げくらい大体想像付いているのだから」


 そう言いながら麻美華は昔家に来ていた保険屋のおばさんのごとく、鞄の中からたくさんのパンフレットを取り出し、カウンターに並べ始める。

 それは倉成財閥の奨励金制度に始まり、政府機関や自治体、聞いたことのないような社団法人に至るまでありとあらゆる奨学金や奨学制度の案内だった。


「凄いね、こんなにたくさんあるんだ」

「ええ。きっともっとたくさんあるのでしょうけど、ここにあるのは条件がいいものばかりよ」

「ありがとう。今はまだ大丈夫だけど、将来のためにも参考にするよ」


 彼女はそれらのパンフレットを綺麗に揃えて僕に手渡してくれた。

 きっと昨日の晩餐会で大友に悔しいことを言われたからだろう。色々気を使ってくれてるんだなぁ。僕は受け取ったパンフを棚に置いて彼女に笑顔で礼を言う。


「だけど私のお勧めはこちらよ」


 彼女は更に一枚の紙を差し出した。

 それは今まで見たパンフレットのように綺麗なカラー印刷ではなかったけど、条件は比較にならないものだった。そしてそれは奨学金などというものではなく……


「何この契約書って?」

「ええ、契約書よ。この私の家庭教師を悠くんにお願いしたいのよ」

「何言ってるの? 倉成さんって成績優秀じゃないか。いつも学年の上位にいるし」

「数学は苦手なのよ。悠くん得意よね」

「だけど、それだったら他にもっとあるだろう。家庭教師の業者さんとか優秀な大学生のバイトとか。いや倉成さんだったらもっと凄い人が教えてくれるだろ」

「悠くんがいいのよ。あなたは席が隣なのだからいつでも教えて貰えるわけだし」

「そんなの、僕でよかったらいつもで聞いてよ。こんな契約書なんかいらないしさ」

「何を言っているの! だから悠くんはいつまで経ってもチェリーボーイなのよ!」


 今日二度目の侮辱発言だ。しかし麻美華の目は笑っていなかった。


「お兄ちゃん、わたしにも見せて」


 そう言うが早いか、礼名は僕の手からその紙を奪い取る。


「……なんですかこれ! たった週一時間の指導で報酬が月に五十万円! あり得ません! 世間の常識をぶっ飛ばしてます!」

「あら、足りないのかしら。ゼロが幾つ足りないのかしら?」

「多すぎますっ! こんなに貰ったらお兄ちゃんが詐欺師扱いされてしまいます!」

「あら、いいじゃないの。騙される方が悪いのよ。ねえ悠くん、もっとわたしを騙して!」


 言ってる意味が分からなかった。


「ともかくこんな契約あり得ないよ。これは返す」


 しかし麻美華は僕をキッと睨んで。


「私に恥をかかせる気ですか! おに…… 悠くんなら分かりますよね!」

「おに? お兄ちゃんはそんな鬼なこと言ってませんよ?」

「…………」


 いつも余裕の麻美華なのに今日は少し様子が違った。


「ごめん礼名。少し店を任せてもいいかな。ちょっと倉成さんと外へ出てくる」

「……はい、お兄ちゃん」


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