表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十八章 ラストダンスで抱きしめて
120/193

第18章 第6話

 晩餐会は平穏に終了した。

 麻美華の予想通り、食事が一段落するとダンスタイムもあった。

 食べながら踊りながら、みんなにこやかに交流を深めた。

 しかし、平穏なのはあくまで表面上だけだ。僕ら南峰生徒会は、特に麻美華と僕たち兄妹の心中は荒れ狂う波のごとくだった。


「悔しいですお兄さま!」


 途中、僕を誘って会場を抜けた麻美華は、階上に登るとガラス窓にきらめく街灯りを見ながらそう漏らした。


「分かってるさ。あんな話には乗らないから、安心して」

「ごめんなさい。私、お兄さまのために何にもできずに……」

「そんなことないよ。いつも店を手伝ってくれたじゃないか。中吉らららフレンズだって一肌脱いでくれたし……」

「だけど、お兄さまの生活は何ひとつ変わっていませんっ!」


 窓の外を向いたまま決して僕に視線をくれなかったのは、きっとその顔を見られたくなかったからだろう。それでも生徒会長としての責任感からか、二十分ほどで会場に戻った麻美華はまた堂々と役目をこなし始めた。それからあっと言う間にダンスタイムとなり、あの美味しそうな、霜降りで肉厚でジューシーそうなローストビーフを食べるチャンスは永遠に失われた。


「神代先輩、ローストビーフ食べましたか? ビックリするほど美味しかったですよね! わたしお腹いっぱいに食べちゃいました。ルール違反かもですけど、てへへ……」


 屈託のない笹塚さんの笑顔、僕は愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。


「あぁ、腹減った……」


 ひとりそうごちる。

 そうして満たされない気持ちと胃袋のまま、会はお開きとなった。

 帰路、珍しく無口だった礼名。


「お茶を入れるね」


 家に戻り食卓に湯飲みを置くと、彼女は張りついたような笑顔を浮かべる。


「あの、お兄ちゃんは…… どう思う?」

「ああ、王子のお誘いのことだね。あんなのあり得ないよね」

「違う。お兄ちゃんは礼名のこと、どう思うの……」


 覗く込むように僕を見る礼名はどこか怯えているようだった。


「どうって? 礼名は凄いと思ったよ。今日だってさ、格式張ったホテルでも、場慣れした人ばかりの中でも堂々としていて本当に驚いたよ」


 高校生のイベントとは思えないほど豪華な晩餐会。御曹司やお嬢さまばかりのその中でも礼名は一際輝いていた。特に流れるようなダンスの身のこなしは聖應院の連中だけでなく、ホテルのボーイですら見惚れていた。本人はバレエもやっていたし、小さい頃お母さんに教えて貰ったからとか言っていたが、何かずるい。庶民とお金持ちの間に越えられない壁があるならば、今日庶民側にいたのは僕と笹塚さんだけだ。礼名はどこからどう見ても良家のお嬢さまにしか見えなかった。十五年間、同じ生活をしてきたはずなのに。


 しかし。


「そうじゃなくって、お兄ちゃんは礼名のことが、その…… 綺麗だったとか、……ほしい……とか…………」


 だんだん声が小さくなる礼名だけど。


「ああ、とても綺麗だったよ。妹に言うのはなんだけど、凄く輝いていた……」

「じゃあどうして!」


 突然礼名が声を荒げた。


「どうして王子がわたしに声を掛けたとき、僕の女に手を出すなって言ってくれなかったの! 礼名は僕のフィアンセだって、大友のお世話になんかならなくても僕が幸せにするんだって言ってくれなかったのっ! どうしてっ!」

「ちょっと待てよ礼名! 礼名は僕の妹で、恋人とかフィアンセとかじゃ……」

「礼名はお兄ちゃんが大好きだよっ! お兄ちゃんしか見えないよ! 王子も青柳さんも赤松さんも、みんなじゃがいも畑のじゃがいもにしか見えないんだよ! メークインと男爵薯とキタアカリくらいの違いにしか見えないんだよ! 高杉さんだけは人参くらいには違うけど……」


 みんな根菜にされていた。


「やっぱりお兄ちゃんは麻美華先輩が好き、なの?」

「えっ? どうして?」

「今日、王子に揶揄され貶められて落ち込んでいた麻美華先輩を慰めていたよね」

「知ってたんだ、礼名……」

「わたし、そんな優しいお兄ちゃんが大好きだよ。だけど、ふたりはとっても親密に見えたんだ。だから、もしかしてって……」

「違うよ、あれは彼女があまりに悔しそうだったから、なっ、礼名もそう思うだろ!」

「礼名だって可哀想でした……」

「…………」


 礼名は自分の湯飲みを手に持つと口も付けずにまた戻す。


「今日、王子にあんな事を言われて礼名は考えました。もし礼名が彼の申し出を受けたらお兄ちゃんは幸せになれるのかもって。休みなく働かずに済むし、お金の苦労もしなくて済むのかもって。そして、分かったんだ。お兄ちゃんの気持ち。倉成さんの提案を受けたら礼名の生活が楽になるって言ってくれてるお兄ちゃんの気持ち。お兄ちゃんが倉成家の事を悪く言わない気持ち。だけど……」


 彼女はその大きくて吸い込まれそうなほどに澄んだ瞳で真っ直ぐに僕を見た。


「礼名は今この瞬間が、お兄ちゃんとふたりのこの生活が一番幸せです。だから、わたし頑張るから。大友や倉成が助けてくれなくったってお兄ちゃんと一緒に笑っていられるように頑張るから!」

「ありがとう礼名、僕も礼名といると幸せだよ」

「じゃあ、愛してるって言ってよ! 麻美華先輩より綾音先輩より、世界の誰より礼名が大好きだって、結婚しようよって言ってよ!」

「だから、僕と礼名は兄妹で……」

「そんな倫理観なんか吹き飛ばしちゃうんだからっ! 礼名のことをどうしようもなく好きにしちゃうんだからっ!」


 半ば叫びながら立ち上がった礼名は僕の横に来て袖を抓んだ。


「踊ろうよ、お兄ちゃん」


 今日、僕は礼名と踊っていない。社交辞令程度に五条さんのお相手をさせて貰っただけだ。一方、礼名も麻美華も桜ノ宮さんも聖應院のイケメンたちと繰り返し踊っていた。耳元で何かを囁かれているようにも見えた。まあ、それが今日の狙いだったのだろうけど。


「分かったよ。はい、礼名お姫さま」


 僕は礼名の視線に小さく肯くと、彼女の白いその手をそっと持ち上げる。

 そしてふたりはゆっくりとステップを踏んだ。狭い我が家の居間に立ち、伴奏もなくふたりきり。だけどそれは世界一贅沢な時間に思えた。



 第十八章  完


 第十八章 あとがき


 いつもご愛読心から感謝しています。神代悠也です。

 大友王子の気まぐれに振り回される南峰生徒会、そして僕たち兄妹を描いた本章はいかがでしたか。

 まあ僕は、あのローストビーフを喰いそびれたことを未だに後悔してもしきれないんですけど。ああ、肉喰いてえ。がっつりビーフ喰いてえ! 礼名は日々節約に励んでステーキなんか出てくる雰囲気ゼロパーセントだし、それより何より貯金の鬼だし。まあ、そうは言っても彼女、いざってときにはドカンと使うみたいで、単なるケチって訳じゃないんですけどね。そこに一縷の望みを繋いでいるんですけど、ステーキが喰える日は果たして来るのでしょうか……


 で、作者さん、今回もお便りコーナーがあるんですか?

 はい、これですね。



 ペンネーム、「旅の恥はナマステ」さんからのお便りです。


 リクエストで~す。

 おじゃ山田ひろしとアフターファイブで「長崎は今日もバケラッタ」よろしくで~す。

 


 って、なんですか、これ?

 遂にネタ切れですか?

 大体こんな古いネタなんか誰にも分かりませんよ!

 ネタ切れならネタ切れとハッキリ言ってくださいよ、僕らが何とかしますから。


 だいたい最近の作者さんは本文考えるより、あとがき書きながら唸ってる時間が長かったりしませんか? それっておかしくないですか? 本末転倒ならぬ、本後転倒ですよ! もっと本文に力を入れましょうよ! 何、最近居間でのべつまくなしスプラトゥーンに興じる輩がいて落ち着いて書けないって? 言い訳なんかしていわけ! あなただってその横で美少女ゲーやってるじゃないですか! せっせと攻略してる暇があるんだったら、もっと頑張って書きましょうよ! えっ? ちゃんとかいてるって? 「かく」の意味違うでしょ、それ! よい子も読んでるんですから、発言には気をつけてください!

 

 と言うわけで次号予告です。

 南峰生徒会に入った所為で交流範囲が広がった礼名と僕。その影響もあって色んな人が僕らを気遣ってくれます。オーキッドにも次々と思わぬ客が訪れて。小さな親切は大きなお世話。大きな親切ウザイだけ!


 次章・十九章「ふたりは静かに暮らしたい」も是非お楽しみに。

 神代悠也でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、つっこみ、ヒロインへのラブレターなどなど、何でもお気軽に!
【小説家になろう勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ