第18章 第4話
金曜日の放課後。
僕らは倉成家が用意したリムジンに乗ってホテルオートモへと向かった。
よく晴れた秋の日。
学校を出るときには明るい陽光が差していたのに、ホテルに着くと辺りは薄暗くなっていた。
「倉成さま、お待ちしておりました」
ドアが開くとボーイが恭しく頭を下げる。
重厚で風格溢れる玄関。
ピカピカに磨かれた大理石のロビーを抜けると、ホテルの一室へと案内された。そこで予め持ち込んでおいた倉成壮一郎氏の燕尾服に着替えた僕はパーティー会場へと向かう。
「お兄ちゃん!」
品のいい紫の華麗なドレスに身を包んだ礼名が笑顔を弾けさせ歩み寄ってくる。倉成さんに作って貰った真新しいドレスだ。
「どう、かな?」
一瞬息を飲む。
綺麗だ。
女は化けると言うけれど。
「うん…… い、いいよ。すっごく似合ってるよ」
いつも優しい僕の妹が、神々しい高貴なオーラまでもその身に纏って。
「ありがとう。嬉しいっ! お兄ちゃん!」
可憐なのに華やいで、凛として美しくて。
自分の妹なのに狂おしくなる。
そうだ、彼女は世が世なら一国のお姫様なのだ。
「あら、礼っちばかり誉めるとは独占禁止法違反で摘発ね」
その声に我に返る。
そこにはパールが輝くシルバーのドレスに長い金髪が栄える彼女。
「あっ…… 倉成さん!」
「兄妹のおのろけは犬も喰わないわ」
「犬も喰わないのは夫婦げんか、だろ?」
「早く私も誉めないと、犬に喰わせるわよ」
脅迫罪が適用されそうな一言だった。
「ウソよ。悠くんは私が食べて上げてもいいのよ」
くるりドレスを見せつけて、切れ長の瞳で一瞬僕を優しく睨む。
「いや、倉成さんも、その……」
輝く豪華なイブニングドレスが彼女の美貌をより気高く見せつけて。
「倉成さんも、どうしたのかしら?」
「き、綺麗、だよ」
「きれ、い……」
ぽんっ!
突然、上から目線を逸らして顔を上気させると頭のてっぺんから湯気を噴き出す麻美華。
「ちょっと神代くん、なにやってるのよ! こんなとこで赤ちゃん作っちゃダメじゃない!」
「だから、会話だけじゃ子供は出来ないって!」
ゴージャスだけど可愛らしいピンクのドレスにツインテールをおろした長く赤い髪がよく似合うのは桜ノ宮さん。
「あたしのドレスは、どうかしら?」
「どうって……」
包み込むように優しく微笑む彼女に胸キュンしない男がこの世にいるのだろうか。ああもう、キュンキュンしてしまう。キュンキュン。
「すごく、可愛い、よ」
「きゃあっ! 神代くんが、かわいいって…… ぽんっ!」
両手で頬を押さえると、彼女も頭から蒸気を出した。
彼女達の頭の中には蒸気機関でも組み込まれているのだろうか。シュッポ シュッポ。
「神代先輩って、ジゴロ、なんですね」
そう言ってはにかむのは生徒会会計の一年生、笹塚さん。
普段は赤い眼鏡を掛けて栗色の髪をポニーテールに纏めた、いかにも真面目そうな女の子だけど、眼鏡を外し髪をおろした今日はとても大人びて見える。彼女もまた十人並み以上には綺麗な子だと認識を新たにする。
「青いドレスがよく似合ってるよ。うん、普段とは見違えるようだ」
「普段は冴えない、って訳ですね」
まずい。失言したかな?
「いや、普段もだけど今日はとっても綺麗だよね」
「きれ……」
ぽんっ!
笹塚さんも真っ赤になると頭のてっぺんから湯気を放出した。
やはり彼女も頭の中に蒸気機関を隠し持っているのか?
恐るべし、ジェームス・ワット。
「もう、お兄ちゃん、なんですかこの惨状は! みんな頭から蒸気を出して卒倒しちゃったじゃないですか! 産業革命でもするおつもりですか! ジゴロぶりにもほどがあります! お兄ちゃんはこの礼名だけ誉めていればいいんですっ!」
激しく抗議する礼名。
「ごめん。だけど礼名は眩しすぎて、誉める言葉が見つからないほど綺麗、というか……」
「きれ、い!」
ぽんっ!
ご多分に漏れず湯気を噴いて卒倒する礼名。そんな彼女を両手で受け止める。
「どうした礼名?」
「……お兄ちゃん、いま礼名はとても幸せです。いつまでもこのままでいたいです」
重厚なホテルの片隅で、時間は暫く止まる。
「何してるのよ礼っち! そこは麻美華の指定席よ!」
「いいえ、綾音の指定席よねっ、神代くん!」
「神代先輩、千帆もその手で受け止めてください!」
「いや、あのさ。えっと…………」
そんな惨状を見かねたのか、ホテルのボーイが近づいて来た。
「そろそろお時間でございます。パーティー会場はこちらでございます」




