第18章 第3話
「お兄ちゃ~ん、美味しい朝食の時間ですよ~っ!」
礼名の声に目を覚ますと、東からの日差しがベッドの上に降り注いでいた。
しまった。昨晩は色々考え事をして眠れなかったせいか、寝過ごした。
「今行くよ~」
そう返事をすると、僕はベッドから飛び起き階下へ降りる。
「朝食はパンケーキにする? それとも礼名にする?」
「また訳わかんないこと言うんじゃないよ! パンケーキにするよ」
「ちぇっ! 今なら礼名が30%増量キャンペーン中なのにな!」
「30%も太ったら礼ブーと呼ぶぞ」
「違うよっ! 可愛さが30%アップだよ! しかもお値段据え置きだよっ!」
「いくらだ?」
「お兄ちゃんだけには、九百八十円!」
「高いな……」
「もう、お兄ちゃんひどい~!」
そんな会話を交わしながら朝食を食べる。
「しかし昨日は驚いたね。あんなに何から何までピッタリなんて」
「ああ、そうだね」
「しかし、何だかヘンな気持ちじゃない?」
「ヘンな気持ち?」
「うん。自分のお父さんの服は全く合わなくて、麻美華先輩のお父さんの服がピッタリなんてさ」
「あ、ああ。偶然って凄いね~」
いや、偶然とは言えない。生い立ちを考えればあり得る話だ。しかし、それは絶対礼名には言えないことだ。
「麻美華先輩も「昔のパパの服が合うかも」なんて、よく気がついたよね。普通考えないよね」
「あ、ああ。よく気がついたね~」
「どうしたのお兄ちゃん。さっきからセリフ棒読みだよ?」
「あ、いや、このパンケーキは美味しいなって」
「お兄ちゃん、パンケーキはまだ一口も食べてないじゃない?」
「いや、きっと美味しいだろうなって……」
僕は礼名の怪訝な視線を浴びながら、朝食を終えた。
* * *
その日の放課後は生徒会室へと向かった。
明日に迫った交流晩餐会を前に打ち合わせをするらしい。
「準備があるから急ぎましょ!」
麻美華に引きずられて生徒会室へ入ると、彼女の命により部屋の会議机を端に移動する。
「何をするんだ?」
「あら、こんな広いスペースを作るって事は、やることはひとつしかないわよね」
「鬼ごっこ?」
「せめてドッチボールとかカバディとか、もっとマシなことは言えないのかしら」
「マシなのか、カバディ……」
やがて。
集まった役員達に広いスペースを指差すと、麻美華は上から目線で命令する。
「今日はダンスのステップを覚えるわよ!」
「「「どうしてダンス?」」」
みんなの声が重なる。
「あら、明日の晩餐会、パーティー会場での開催に変わったでしょ。突然ワルツとかタンゴとかが流れてステップステップランランランってことなったらどうするのよ。あの大友のことだからやりかねないわ」
「そんなの、踊りたい人だけ勝手に踊ればいいじゃないですか!」
他人事のようにうそぶく礼名を麻美華は睨みつける。
「それはダメよ。踊れないのは南峰の恥。ひいては倉成の恥なのよ。パパが会合とかで大友に揶揄されかねないのよ!」
「えっ、そうなんですか! 麻美華先輩のお父さまには恩義がありますから、それなら仕方ありませんけど…… お金持ちは色々厄介ですね」
あっさり納得する礼名。
麻美華はダンスの基本ステップとやらを説明すると、みんなに手本を見せる。それに合わせて僕らもステップを踏む。桜ノ宮さんは経験者らしく最初から優雅な動きを披露した。だけど僕はからっきしだ。自分でも不格好なのがわかる。
そして笹塚さんも。
「アン、ドゥ、ドロワ、アン、ドゥ、ドロワ、あ~んっ どおおっ とりゃあっ!」
足を絡めてしどろもどろのやけっぱちみたいだ。よかった、仲間がいて。
「お兄ちゃん、上手ですよ。礼名と一緒に踊りましょう!」
僕の前に立った礼名もすごくさまになっている。と言うか、見惚れるほど華麗な身のこなしだ。そう言えばバレエやってたからな、マイリトルシスター。くっ、この裏切り者!
「ダメよ礼っち。悠くんは笹っちとふたり居残り特訓よ! あなたと綾音は終わっていいわ」
麻美華の非情な一言で僕と笹塚さんはふたりだけでステップを踏み続けた。その間麻美華は明日の注意事項とやらを、いつもの上から目線で語り始める。
「おふたりは踊りながら聞いて頂戴ね。まずハッキリ言っておくわ。明日の晩餐会、聖應院は生徒会の交流と言うより、個人的交流を求めてくるかも知れないわ。それを受けるも受けないも個人の勝手。私は何も言わない。だけど、私達はみんなに選ばれた南峰生徒会よ。誇りとプライドを忘れないでね」
プライドか。
麻美華が言うとさまになるな。
だけど、彼女は時折別の表情を見せるんだよな。とても優しい側面も……
「悠くんは立ち止まらないでステップを踏むのよ! はい、前、左、揃えるっ!」
前言撤回。
鬼だ、こいつ。




