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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十七章 礼名の青いワンピース
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第17章 第7話

「お兄ちゃん、どうしよう!」


 火曜の夜、家に帰ってきた礼名は困惑の表情を浮かべながら、青い紙袋を食卓に置いた。今日は麻美華が礼名を「楽しいこと」に誘った日。果たして楽しい事とは何だったのだろう。僕は紙袋を覗き込む。


「何だ? おっ、ケーキか!」

「それはお土産だよ」


 礼名は台所に立つとお湯を沸かし始める。


「あのね、今日は麻美華先輩の御用達って言うアトリエに連れて行ってもらった」

「アトリエ?」


 アトリエって何だ? 画廊か何かで絵でも見てきたのか? いやそれじゃ話が合わない。

 アトリエ…… そうか分かった! きっとケーキ屋の店名だ!


「で、今日はそのアトリエで何個ケーキを食べてきたんだ?」

「お茶は出たけどケーキは出てないよ?」

「ケーキ屋に行ってお茶だけって。遠慮せずに奢って貰えばいいのに」

「何言ってるの? ケーキ屋なんて行ってないよ。アトリエだよ!」

「アトリエって…… じゃあ、カレーショップ?」


 僕の言葉に礼名は大きく溜息を漏らす。


「……違うよ。お洋服のアトリエだよ」

「え?」

「デザイナーさんがいるオーダーメイドのお洋服屋さんだよ」


 礼名は紅茶の用意をしながら今日の出来事を語り始める。

 麻美華が用意した車に乗せられ連れて行かれたのは街はずれの綺麗な洋館だった。そこで礼名は丁重に採寸されて、色んなドレスを見せられて、お店の人と話をして何着かの服をオーダーしてきたらしい。


「ちょっと、それだと結構いいお値段するんじゃないか?」

「うん、結構どころか、幾ら掛かったか想像もできないよ。多分、シバムラのお洋服が百着以上買えちゃうよ。それを三着も頼んでくれて……」

「えっと、って事は何十万円だ?」


 しかし、そこでは服だけじゃなくバックやアクセサリーなどの小物も扱っているらしい。


「だから、何十万じゃ済まないと思う……」

「いくら何でもそんなのやり過ぎ…… じゃなかった、やられ過ぎだよ! 今からでもキャンセルしよう!」


 僕が携帯を手に取ると、礼名は首を横に振った。


「そんなの礼名だって分かってる。貰うとか、施しを受けるとか、恵んでもらうなんて礼名の主義に反するよ! だけど、出て来たんだよ。突然出て来たんだよっ!」

「出て来た? お化けか? ゾンビか? 吸血鬼か?」

「違うよ」

「じゃあ、漆黒のGか!」

「違う、お父さんだよ。麻美華先輩のお父さんだよ。倉成壮一郎さんだよ」

「えっ?」


 お店に着いて、これから何が起きるかを察した礼名が、服などいらないと言おうとした矢先に倉成壮一郎が現れたそうだ。そして礼名に日頃の感謝の意を伝え、これはそのお礼だとプレゼントを了承させられたらしい。


「やっぱり倉成財閥の首領だよ。百戦錬磨だよ。お店に入るなりスタッフが勢揃いしてお出迎えしてくれて、皆さんに挨拶とかお礼をされて、とても断れる空気じゃなかったんだよ! それに麻美華先輩のお父さんには、どうしてかな、逆らえないというか、はい、と言っちゃって……」


 そうして礼名は大きく溜息をつく。


「わたし、自己嫌悪だよ。どうしよう、あんなの、今更払うと言っても払えないよ……」


 紅茶を食卓に運んで椅子に座った礼名は、珍しくシュンとしてお土産のケーキをじっと眺める。


「まあ、悩んでいても始まらないし、食べようよ」


 僕は真っ白なお皿に載った、いちごのショートケーキに手を伸ばした。

 見た目は至って普通のイチゴショートだったが、一切れ口に含んだ僕は思わず声を上げる。


「ほわっ! すげえ美味いよ、これ! 礼名、食べてみろよ!」

「うん……」


 気のない返事をしながらもフォークを手に取る礼名。


「このケーキも麻美華先輩のお父さんがくれたんだよ。お店を出るときに持たせてくれて、至れり尽くせりの三つ星サービスだよ。わたしね、予感はあったんだ。お洋服のお買い物に行くんじゃないかって……」

「あんな事があったからな」

「そうだよ」


 聖應院高校との交流会での出来事。制服が水浸しになった五条茶綾ごじょうさあやに貸したお気に入りのワンピースを安物と言われた、あの出来事。麻美華は凄く怒っていたらしい。だけど時は交流会の最中。それに五条嬢は直接的に言ったわけではない。電話の声が漏れ聞こえただけだ。わざとかも知れないが。


「私は好きよ、あのワンピース。礼っちによく似合うわよ。あの「王子に色目使い女」は可愛げがないから似合わないだけなのにね。だけど二度とあんな事は言わせないわ。礼っちは南峰の副会長、この倉成麻美華の右腕よ。大友や五条にバカにされてなるものですか!」


 麻美華はそう言ったそうだ。


「麻美華先輩は上から目線でツンだけどホントは優しいからね……」


 自嘲しながらもイチゴショートを一口その可憐な口に運ぶ。


「ほんとだっ! 凄い! 何これ、美味しい!」


 礼名の表情がみるみる輝き出した。


「こんなの初めて食べた! 小泉さんとこより美味しいかも!」

「プティフォンテーヌも美味しいけど、このケーキは別格だね。生地もクリームも、いちご自体にも工夫が有るみたいだし。一体どうやって作ってるんだろう?」


 僕はケーキの箱を見る。だけどそこには店名とかは一切入っていなかった。


「麻美華先輩のお父さんは、このケーキはうちのケーキです、って言ってたから、お店のものじゃないと思うよ」

「倉成さんのお屋敷のケーキってこと?」


 倉成壮一郎氏には数回しか会ったことはない。彼は僕のコーヒーを誉めてくれて、僕らにいつも優しかった。だけど本当は、政財界の要人たる彼からしたら、僕が淹れたコーヒーなんかたいして美味しくはないのかも知れない。ふとそんな心配がよぎる。


「きっとそうだよ。しかし……」


 礼名はまた目を伏せる。


「礼名ったら完璧に罠に嵌ったんだね。お洋服作って貰ってお土産まで戴いて。お洋服買いに行くんじゃないかって予感もしてたのにさ。だけどわたしったら、デパートの高級ブティックとか、せいぜいそんなお店しか想像してなかったんだ。それなら一着くらいは買えるかなって。いざとなったら近くの安いお店に行けばいいかなって。そしたらデザイナー出て来てフルオーダーメイドとは、予想外にも程があるよ」

「と言うことは、一着は買う気があったんだ」

「うん。ごめんね、お兄ちゃん。礼名も一応女の子だしさ。その、いつも同じ服ばかりじゃお兄ちゃんに飽きられるかなって……」


 そう言えば、彼女はこの一年近く一着の服も買っていない。あの青いワンピースが彼女が最後に買った服だ。年頃の女の子に、それはきっと酷なことだろう。


 と。

 僕の脳裏に去年の出来事が蘇った。

 去年の冬、僕が両親に黒い礼服を作って貰った時のことだ。


「こんな立派なの、別に使わないし……」

「高校生だからね、冠婚葬祭はいつ必要になるか分からないし」


 笑顔でそう言って見立てをしてくれた母さん。


「礼名も高校生になったらドレスとか作ってあげるわね。母さんも高校生の時にはたくさん作って貰ったのよ」

「この前可愛いワンピース買って貰ったばかりじゃない」

「高校生になったら、また欲しくなるわよ」


 あの時の礼名は遠慮しながらも凄く嬉しそうだった。


「なあ礼名、今日貰ったプレゼントは素直に貰っておいたらどうだろう。その方が倉成さんもお父さんも喜ぶと思うよ」

「だけど、この借りがいつかわたしたちの首を絞めるかもだよ! テイクされたらギブしなくちゃいけないよ!」

「大丈夫だよ!!」


 倉成壮一郎が僕らに見返りを期待しているわけがない。それに、もし母さんが生きていれば……」

「お兄ちゃん、凄く自信ありげに言うね。だけどこの借りって凄く大きいよ!」

「絶対大丈夫だ。僕を信じろよ、礼名」

「お兄ちゃんがそう言うんだったら…… うん、分かった!」


 急に笑顔になった礼名は紅茶を一口啜ると、またケーキを頬張る。


「心配しても仕方がないもんね。今度ちゃんとお礼を言うよ、麻美華先輩にも先輩のお父さんにも。今日は中途半端にしか言えなかったから」


 やっぱり礼名には笑顔が似合う。そんな彼女を見ていると僕の心も軽くなる。


「このケーキって凄く美味しいけど、ちょっと上品な大きさだね。もっと巨大なのがいいよな」

「それは贅沢だよ。だけど、わたしにもちょっと足りないかな。そうだ、アイスも食べようよ! 先週寒かったから余ってたよね!」


 席を立って店のアイスを取りにいく礼名。その輝くような横顔に思わず見とれてしまう。


 一年前まで彼女が大切にしていた自慢の長い黒髪はバッサリ切ってしまった。

 居間にあったピアノも、その上に掛けられたコンクールの賞状も、もうそこにない。

 それでも彼女は笑顔を振りまいて、いつも明るく優しくて。


「どうしたのお兄ちゃん、わたしの格好、何かおかしい?」


 視線を感じたのか礼名が振り向く。


「あ、いやそのなんだ、アイス大盛りで頼むよ」

「はいよっ!」

「サクランボも大盛りで」

「麻美華先輩が食べ尽くしましたとさ!」

「そうだった。ははは……」

「えへへへへっ!」


 その夜、ふたりの楽しい笑い声は遙か夜空へと溶けていった。



 第十七章 完


 第十七章 あとがき


 いつもご愛顧心から感謝しています。桜ノ宮綾音です。

 最近のあたしって目立っていないというか、出番が少ないというか、キャラクターとして大事にされていない気がするんですよね。作者さんは「いやいや、綾音ちゃんがいるからこそ礼名ちゃんも麻美華ちゃんも生きてくるんだよ」な~んて言うんですけど、あたしはふたりの引き立て役かって! 全国の綾音ファンの皆様、待ってて下さいね! これからもっともっと活躍しちゃいますからねっ!


 と言うわけでこの第十七章ですけど、聖應院高校のお坊ちゃま、お嬢さまが新登場してきました。これまでは神代くんのハーレムひとり勝ち状態だったんですけど、彼ら金持ちイケメン軍団の出現で神代ハーレムは一体どうなるのでしょうね。金持ちでイケメン。神代くん危うし、ってところかな。


 さて、まいど恒例のお便りコーナーです。




 いつも優しい綾音さんこんにちは。

 ……はい、こんにちは。

 突然ですが、綾音さんは愛とお金、結婚にはどちらが大事だと思いますか?

 僕は愛と思うんです。

 しかしクラスの女子どもは「愛があってもお金がなくては生きていけない」なんて言うんです。だけど、お金があって愛がなければ寂しいじゃないですか。ロマンがないですよね、そんなの夫婦じゃありませんよね。僕の大好きな綾音さんはどう思いますか。是非教えてください。やっぱ愛ですよね!




 ……ってなお便りですけど。

 男の人ってロマンチストですね。

 でも、そりゃ金でしょう。金。

 「夫婦生活」ならば、ね。


 いいですか、単純に考えましょう。

 お金があれば生活は出来ますが、そこにあるのは愛のない生活。

 一方、愛があってもお金がなければ生活が出来ません。そこにあるのは「美しい死」。

 美しい死は小説にはなりますが、はた迷惑ですよね。

 一方、愛のない生活は生きていくことに困りませんが、そこから麗しい小説は生まれません。

 だけど、人生って小説でなくてもいいんです。普通に明るく楽しく生きていければいいじゃないですか。


 えっ? だったらどうしてあたしは貧乏な神代くんを追いかけるのかって? 

 えへへへ。それは秘密です。

 まあ、お金って、適量有ればいいですからねっ。

 

 と言うわけで、次章の予告です。

 聖應院高校から届いた晩餐会のお誘い。それは超絶ハイクラスな晩餐会だった。

 果たして聖應院の目的とは? 晩餐会での意外な出来事に南峰生徒会は大揺れに揺れる。


 次章の第十八章、「ラストダンスで抱きしめて(仮)」も是非お楽しみにねっ。

 桜ノ宮綾音でした!


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