第17章 第5話
カウンター席にやってきたのはイケメンふたり。
「昨日はお世話になったね」
王子こと聖應院高校の生徒会長・大友貴久と生徒会マネージャー・高杉定家だ。
「ちょっと近くを通りかかったから」
お冷やを差し出す礼名に声を掛ける王子。
「おいおい、ちょっと近くが車で三十分かよ!」
高杉の呟きを無視して王子はカウンターから身を乗り出すように言葉を続ける。
「日曜日なのに仕事なんだ~」
「はい」
「大変だね~」
「そんなことはないですよ。あの、こちらメニューです」
礼名はふたりにメニューを手渡すと、テイクアウトカウンターに来たお客さんの接客を始める。
「このお店、君たちのお店だっての本当だったんだ」
店内を見回しながら高杉が僕に語りかける。
「本当ですよ、ウソ言っても仕方ないでしょう」
「土日だけの営業っすか。道楽ってやつ?」
「いや、真剣勝負なんだけど……」
「小遣いくらいは自分で稼げ、って意味っすか?」
「いや、僕に小遣いなんかないよ」
交流会の時、この店は僕たちがやっているという話しはしたが、それが唯一の収入源である話しはしていない。そんな暗い話はする必要もないし、されたくもないだろう。
「って…… あの、失礼だけどご両親は?」
「……他界しました」
「それは悪いことを言った。ごめん」
高杉はぺこり頭を下げる。
そんな会話はどこ吹く風、王子はぼんやり礼名の接客ぶりを眺めている。
「おい王子、注文は決めたか?」
「あ、ああ。そうだな…… 定家に任せるよ」
「おめえ、自分の注文くらい自分で決めろよ」
「じゃ、シェフのお任せ」
「そんなのねえよ。ちゃんと見るっす」
「ちっ、うるさいヤツだな……」
彼はメニューに視線を落とす。
「慌てないでゆっくり決めてくださいねっ!」
会話を聞いていたのか、レジを打ちながら礼名が花開くように微笑んだ。
「あっ、じゃあさ、君のお勧めは?」
「へっ? お勧め?」
いきなり話を振られた礼名は、しかしすぐに質問で返す。
「お昼はもう召し上がりましたか?」
時間は十二時を過ぎている。
食事はまだだというふたりに満面の笑みを浮かべて礼名が勧めたのはパンケーキランチ。
「今日からの新メニューなんですよ! かなりボリュームもあって、ドリンクもセットですから、とってもお値打ち設定ですよっ!」
「じゃあ、それにするよ」
「俺も王子と同じっす」
ホント商売上手いな、礼名。あんな笑顔で勧められたら死ぬほど嫌いな納豆でも注文してしまいそうだ。
「ドリンクはこちらからお選び下さい」
「えっと、君のお勧めは?」
「は?」
また驚いた表情を浮かべた礼名だけど、すぐに笑顔に変える。
「お好み次第ですけど、わたしならこの南国スイートコーヒーにしますね。うちの人気商品なんですよっ!」
「じゃあ、それで」
「俺も王子に同じっす」
「お兄ちゃん、オーダーですっ! パンケーキランチふたつっ、南国スイートコーヒーで!」
小躍りするように彼女は今日一番の笑顔を僕に向ける。
早速フライパンでパンケーキを焼くと、用意していたきのこソースを火に掛ける。
パンケーキ生地のほんのり甘い香りと、きのこソースのクリーミーな匂いが混ざり合ってなんとも食欲をそそる。
「はいっ、お待たせしましたっ!」
パンケーキランチはふたりに大好評だった。
しかも、後から来たお客さんも彼らが食べているのを見て注文してくれた。
上手くいけばうちの看板商品になってくれるかも知れない。
「礼名さんは休みの日は何をしているんですか?」
僕がせっせと次のパンケーキを焼いていると王子が礼名に話しかけている。
「こうやってお店をしているんですけど」
「じゃあ、休みの日は?」
「ありませんよ。学校がない日はここで働いてますからねっ!」
「えっ?」
こいつ、僕と高杉さんとの会話を聞いてなかったな。
「休みなしなんて、そんなの滅茶滅茶ブラック経営じゃないですか! 今すぐ経営者を通報しなくちゃ!」
「経営者って僕ですけど……」
「えっ?」
驚いた顔の王子に礼名が待ってましたとばかりに畳みかける。
「そうです、オーキッドのマスターはお兄ちゃんなんです! お兄ちゃんはコーヒーを淹れるのが上手くって、お客さまを大切にして、でも誰より礼名を大切にしてくれる世界一イケてる優しいマスターなんです! だからわたしはお兄ちゃんと一緒に働くのが何より幸せなんですよっ! お兄ちゃんと一緒だといつもニコニコわたしの笑顔は百万ボルトなんですっ! そうです、わたしの青い鳥はここにいるんですっ! チルチルこそがわたしの青い鳥なんですっ! お兄ちゃんががわたしを幸せにしてくれるんですっ!」
ポッポーッ! 何を言っているんだミチル! 童話の趣旨変えるなよ! メーテルリンクに謝れ!
ポカンと口を開けたままの王子。
苦笑を浮かべる高杉はそんな王子の耳元で何かを囁く。
やがて王子はぺこり頭を下げた。
「どうも失礼なことを言いました。このお店はおふたりのお店でしたね」
ホントに分かってくれたのか? 王子はまた礼名に声を掛け世間話に花を咲かせ始める。
しかも目尻下がりっぱなしだし。
「おい王子、そろそろ行かなきゃ!」
そして一時間後、高杉さんに引っ張られるように王子は帰って行った。




