第17章 第4話
「麻美華先輩、どこに連れて行ってくれるのかな~?」
翌日、カウンターでグラスを磨きながら礼名は少し嬉しそう。
「楽しい事って言ってたよね。美味しいことかな? スウィーツなことかな? ヨダレが止まらなくなる事かな? お昼セーブしておこうかなっ!」
食い気オンリーに走る礼名。
「美味しいことって言ったら、新メニューはどれくらい出ると思う?」
「あっ、パンケーキランチだね! 初日だから二~三食じゃないかな?」
パンケーキランチ。
礼名のアイディアによるこの新しいメニューは食事を取りたいお客さまを想定して、パンケーキにチーズやハム・玉子などを添えて、きのこソースで仕上げた食べ応えのあるメニューだ。
生徒会に入ることが決まった日、ケーキ屋さんのバイトを断った礼名はオーキッドの売り上げをもっと伸ばさなきゃと言いだした。
そのために新商品を投入しようと言う話になって。
「食事になるメニューはどうかな? サンドイッチはあるけど、オーキッドではちゃんとした食事は取れないよね。だからお昼とか晩ご飯の時間は空いてるし、食事の方が単価が高いじゃない?」
「なるほど、そうだね」
僕らはオーキッドでも出せる食事メニューを考えはじめる。
しかし。
「スパゲティなんかどうかな。あとピザとか」
「う~ん、ありきたりだし差別化が難しいよね」
「カレーとかピラフは? 万人受けするだろ?」
「えっと、パン以外にご飯も準備しないといけないよね。大きいジャーもいるし。効率落ちちゃうね」
「うどんや蕎麦なんかも冷凍で美味しいのあるよ」
「うちはカフェだよ! 雰囲気ぶち壊しだよ!」
礼名の理想は高かった。
「ラザニアは?」
「新しいお皿を買わなきゃねいけないね」
「点心なんか格好良くね?」
「そんなの仕込んでるヒマないし、蒸し器どうするの!」
「こってり豚骨ラーメン!」
「お店がニンニク臭くなるって!」
「定番、醤油ラーメン!」
「ビールと餃子も必要になるよ!」
「すっきり塩ラーメン」
「ラーメンから離れようよ!」
「味噌ラーメンを忘れてた!」
「忘れてていいからっ!」
「担々麺」
「しつこいよっ!」
「濃厚でもしつこくない、さっぱり味にするよ?」
「そう言う意味じゃないってば!」
メニュー選びは困難を極めたが、やがて厨房の中を見回した礼名がポンと手を叩いた。
「デザートじゃないパンケーキはどうかな? クリームソースでハムとか添えて! それなら今ある道具と材料で出来るんじゃない?」
「あっ、それいいかも。結構ボリュームも出せるし」
と。
かく言う経緯で開発したパンケーキランチ。
今日から密かにメニューに載せている。
大々的な張り紙とかはせず、ひっそりメニューに追加したのは先ずお客さまの反応を見たいからだ。だからきのこソースの材料もそんなに多く仕入れてはいない。
「礼名は美味しいと思うから、もっと宣伝してもいいと思うんだけどな!」
「だけど、お昼だったら商店街に洋食屋ドンファンだってあるし。ドンファンのランチは美味しいだろ。まずはテスト導入にしよう。そして味とかボリュームとかを見極めよう。それでも一日三食は出るんじゃないかな?」
「うん、分かった。お兄ちゃんの言う通りにするよ」
しかし、今日は生憎の雨。
だからもうお昼だというのに売り上げはパッとしない。今も店内のお客さんは一組だけだ。勿論、パンケーキランチはいまだ処女を守っている。
「今日は雨だしお客さん少ないし、パンケーキランチ売れないかもな」
「太田さんとか細谷さんが来て食べてくれるかもだよ! パチンコの武運を祈ろうよ!」
「パチンコって武道だったのか?」
「そうだよ、戦いだよ! 小さな玉との格闘技だよ! 研ぎ澄まされた精神力が勝敗を決めるんだよ!」
こいつ、十五歳なのにやたら熱いな。いつも自称「パチンコ乙女」の太田さんと細谷さんのパチンコ談義に付き合ってるからかな。仕事熱心はいいけど、お兄ちゃんは少し心配だよ。
「安目さんも来てくれるかもだよ! 今日は菊花賞じゃない!」
最近店によく店に来てくれる競馬好きの安目さん。滅多に当たらないのだけど、勝つと景気よく注文してくれる。
「京都競馬場の三千メートルはごまかしが利かないけど、どの馬も初めての距離だから穴狙いの安目さんには向いるレースだと思うんだ」
「礼名、すっごい詳しいな!」
「勿論だよ。安目さんにみっちり教えて貰ってるからねっ!」
仕事熱心なのはいいけど、お兄ちゃんは本気で心配になってきたよ。
「礼名、パチンコも競馬も二十歳からだからね。分かってるよね!」
「お兄ちゃん、なに心配してるの? わたしギャンブルは絶対しないよ。堅実にコツコツ貯めるんだよ。それが礼名の主義だもん。賭けも投資もやらないもん!」
「それにしては詳しいな」
「パチンコも競馬も娯楽だよ、エンターテイメントだよ。楽しむためにやるんだよ!」
「やったこともないくせに妙に悟ったセリフだな」
「そうかな? 安目さんの受け売りなんだけど」
と、そんな会話を繰り広げていると、ゆっくり店の扉が開いた。
からんからんからん
「いらっしゃいませ~っ!」
お客さまのご来店だ。
待ってましたとばかりに声を弾ませる礼名。
「やあ!」
しかし、入ってきたふたりを見て僕たちは顔を見合わせた。




