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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十七章 礼名の青いワンピース
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第17章 第2話

「第八回、聖應院高校と南峰高校の生徒会役員親睦会を始めます」


 今回の主催者である南峰の生徒会長・麻美華が挨拶をすると南峰側から自己紹介をはじめる。いつものように上から目線を炸裂させる麻美華。一方礼名はオーキッドに来てくれた感謝と店の宣伝をはじめる。恥ずいからやめてけろ。僕と笹塚さんは緊張で言葉を噛むし、安心して話を聞けたのは桜ノ宮さんただひとりだった。


 南峰の自己紹介が終わると聖應院の番だ。

 生徒会長は大友貴久おおともたかひさ。笑顔が眩しい金髪の彼は、かの大友財閥の跡取りらしい。大友財閥というと倉成にも匹敵する日本を代表する企業集団だ。そんな良血でしかも凄いイケメン。羨ましいヤツだ。


 副会長は五条茶綾ごじょうさあや。長い黒髪に勝ち気そうな眼差し。貴族の血を引くという名家のご令嬢はどこか冷たい感じの美人だ。


 書記の青柳浩之あおやぎひろゆきは貿易商の御曹司。童顔で小学生に見えるくらい可愛らしい。会計はメガネ男子の赤松信隆あかまつのぶたか。大手運送会社の御曹司と言う彼も南峰に来たら女子どもが黙っていないだろうイケメンだ。


 そして。


「俺、生徒会マネージャーの高杉定家たかすぎていかっす。生徒会のマネージャーって何だろうね、って思うだろうけど、まあ何でも屋の使いっ走りっす」


 くだけた感じで愛想がよい彼も大手仏具チェーン店の御曹司らしい。


「いらっしゃいませ。今日、皆様にはアフタヌーンティーをお楽しみ戴きます。ご用の際は遠慮なくお申し付けください」


 オーキッドの制服を着た田代さんがかしこまって挨拶をすると、ケーキやサンドイッチが次々と運ばれてくる。


「あっ! このケーキ、意外と美味しいね。ベリーの酸味がいい感じ」


 当たり前じゃん。小泉さんとこのケーキは遠方の人も買いに来る一級品なんだよ。


「そうね、ちょっとわたくしには大き過ぎますけど」


 大きいからって文句言うなよ、この金持ち野郎。食べきれなかったら隣の男と半分こしろよ。


「サンドイッチもいける。食材は単なるハムみたいだけど」


 単なるハムで悪かったね。でも三矢さんとこのハムは天下一品なんだよ。

 ……などと心の中で突っ込む。

 チラリ礼名を見る。同じ事を考えているのか、僕を見上げて苦笑していた。


「……と言うわけで、今年も両校運動部の練習試合を予定していきますわね。よろしくって?」


 麻美華は相も変わらず上から目線で話を進めていく。

 去年から役員だった彼女は聖應院の会長とは既に顔見知りのようだ。


「ああ、そうしよう。我が聖應院と手合わせをすれば南峰のレベルも上がるだろうからね」


 ……イケメンだけどイヤミなヤツだな、会長。


「今年は文化部の交流にも力を入れていきたいと、南峰生徒会は考えているのだけれど」

「文化部と言うと、具体的には?」


 紅茶にお菓子をついばみながら、打ち合わせは順調に進んでいく。


「例えば当校のコンピュータ研究部は昨年コンピュータの並列処理研究で大臣賞ももらっています。そう言ったお互いの得意分野で情報交換をし合えたら両校のレベルがよりいっそう高まると思うんです。あっ、ちなみに賞をもらったのはここにいるお兄ちゃんなんですけどねっ!」


 余計な事言うなよ、礼名。

 そうして。

 時間が経ち緊張もほぐれ、会話も活発になってきた頃だった。


 ガシャン!


「きゃっ!」

「あっ、失礼」


 グラスが倒れ、水と氷が五条さんの方へ勢いよく流れ落ちる。

 彼女は反射的に席を立った。

 グラスを倒した童顔の青柳はおろおろしながらも手を上げてウェイトレスを呼ぶ。しかし田代さんはテイクアウトカウンターで他のお客さんに対応中だ。


「い、いま行きます!」


 岩本の声がするが、彼もトレーで食器を下げている最中だ。


「「はいっ!」」


 席を立ちハンカチを差し出したのは礼名と桜ノ宮さん。少し遅れて笹塚さんもポケットからハンカチとティッシュを取り出す。


「大丈夫ですか?」


 岩本がタオルを持って駆けつけるが、残念ながら彼女のスカートは水浸しだ。まあ、熱い紅茶じゃなかったのが不幸中の幸いなのだろうが。


「こ、こんなのどうしてくれるのっ! スカートが透け……」


 スカートが透けちゃってパンツ見えちゃうじゃない、とでも言おうとしたのだろうか。彼女は途中でその言葉を飲み込んだ。

 聖應院の男達はどうしようか戸惑っているようにも見えるが、ここはボーイに任せると割り切ったみたいだ。しかし、任された岩本もどうしていいのか分からない。


「あのっ、五条さん。こちらへどうぞ!」


 礼名が五条さんの後ろに立ち彼女の手を取る。そして彼女をカウンターの方へとエスコートしていった。


「このままじゃ風邪引きますし、着替えましょう」


 ふたりは家の中へと入っていった。

 残された空間には少し気まずい空気が流れる。テーブルの上も下も水浸しだ。

 南峰のみんなは岩本を手伝ってこぼれた水の後処理をする。それが終わると僕は家へと戻った。五条さんは大丈夫なのかな。


「制服は家で洗うからいいわよ。それより他に服はないの?」


 二階に上がると礼名の部屋から声がする。五条さんの声だ。


「下着は見えないからいいけど、もうちょっとマシなのはないの! 今日は王子も一緒なのよ! ヘンな格好は見せられないでしょ!」

「あの、王子って?」

「会長よ。生徒会長の大友王子よ! よりによって王子の前でこんな恥をかくなんて。嫌われたらどうするのっ!」


 少しヒステリックな声。

 礼名と五条さんは背格好も似ているから礼名の服が貸せると思うのだけど。


「じゃあ、こちらなんかどうでしょう……」

「ああもう! やっぱり庶民の服は使えないものばかりね!」

「すいません。だけどこれで全部なんです」


 礼名の困ったような声がする。しかし部屋では女子の着替え中、僕が入ることは出来ない。


「仕方ないわね。じゃあ取りあえずこの服を借りるわ! それからバック置いて来ちゃったから携帯貸して。うちのメイドに言って、すぐに着替えを持って来させるわ」

「ごめんなさい、わたし携帯持ってなくて。お兄ちゃんが持ってるんで借りてきます」

「携帯も持ってないの? いいわよもう。戻ってから自分ので掛けるから」


 いま声を掛けたらここで盗み聞いていることがばれてしまう。礼名には可哀想だったけど、何とか片づきそうだし、僕はその場を離れ交流会の席に戻った。


「どうだった?」


 心配そうにみんなが声を掛けてくる。


「ああ、もうすぐ戻ってくると思うよ」


 暫くして礼名と一緒に戻ってきた五条さんは青いワンピースを着ていた。礼名お気に入りの、可愛らしい外出用ワンピースだ。事故の前、母とふたりで買ったと言う彼女の大切なワンピース。


「遅くなりました」


 礼名が神妙に頭を下げる。


「えっと、こんな服しかなかったけど、借り物だから仕方がないわよね」


 誰に言い訳しているのか分からないけど、五条さんはチラリ大友会長を見る。その大友会長は戻ってきた礼名に声を掛ける。


「迷惑掛けたね。すまない」

「いえ、五条さんにお似合いの服がなくて申し訳ないです」


 ふたりの会話を不機嫌そうに聞いていた五条さんは、鞄を開けるとスマホを取り出す。そして何やら操作をはじめた。


「あ、わたくしよ。茶綾よ。今すぐ制服を持って来て頂戴。服を借りたけどわたくしに合う服がなくて。恥ずかしい状態だから急いでね! 場所は知ってるわよね…………」


 折角礼名のとっておきを貸しているのに。

 チラリ礼名を見る。俯いてその表情は見えないけれど、ふたりになったら慰めておかなきゃ。


 五条さんが通話を終えると交流会は再開された。

 それからは紅茶をこぼす者もケーキを投げつける者も、クッキーを鼻に詰め込む者もなく交流会は順調に進んだ。

 聖應院は大友会長が主に喋って、他の連中が発言することは希だった。と言うか、みんな大友会長のイエスマンだ。

 しかし、みんなは彼を『王子』と呼ぶのだが、恥ずかしくないのかそのあだ名。


 そうして時間は流れて。

 三時も回り、打ち合わせの議案が終了すると、大友会長が謝意を述べる。


「今日の交流会は本当に有意義でした。どうでしょう、両校の親睦をより深めるため、例えば南峰の役員の方が聖應院に体験入学してみるというのは」


 イケメンの彼は爽やかに笑うと礼名を見た。


「どうです? 神代副会長。あなたにはきっと聖應院の制服が似合うと思いますよ」


 メイドに着替えを持って来てもらい、聖應院の制服姿に戻っている五条さんは、それを聞くと礼名をキッと睨んだ。


「何を仰りますの、王子! 格式高い当校では、そんなこと勝手には出来ませんことよ」

「まあ、そうかも知れないけど。それじゃあ。秋だけじゃなくて年間を通して定期的に交流会をやるというのはどうかな?」


 麻美華が横目で僕を見る。僕は『そんなの困る』と視線で返した。

 彼女は意をくみ取ってくれたようだ。


「それは素晴らしいアイディアですね。平日開催なら前向きに考えましょう」

「どうして平日?」


 一瞬回答を考えた麻美華だったが、すかさず横から礼名がそれに答えた。


「すみません。わたしのわがままです。休みの日はこのお店で働かないといけないので」

「あ、そうですか。礼名さんがお困りになるのですね。分かりました。じゃあ平日開催で考えましょう」


 『王子』のその言葉に聖應院の他のみんなは一斉に顔を見合わせた。唯一、マネージャーの高杉だけはニコニコとして王子を見ていたのだった。


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