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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十六章 生徒会から逃げだそう
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第16章 第2話

 その日の放課後、僕は生徒会室でおろおろとするばかりだった。

 生徒会役員の立候補受付は明日まで。

 今日時点で会長立候補者は倉成麻美華ただひとり、そして副会長に立候補者はいない。


「麻美華先輩お願いです! わたし以外の候補者を推薦してください。この通り!」


 直立不動で頭を下げる礼名。


「イヤよ。あなたも分かったでしょ? 自分の立場」

「えっと、綾音先輩は? 綾音先輩なら副会長に相応ふさわしいかと……」

「何度も言ってるでしょ? 副会長は一年生がなるのよ。あなた以外に誰がいるというの?」


 礼名と麻美華の争いは麻美華の一方的勝利だった。

 即ち、学校の生徒諸君は次期副会長には礼名が適任と考えたのだ。


 理由はみっつある。


 先ずひとつには、彼女自身の人気の高さだ。

 母に似て誰からも好かれるその性格、その上成績はいつもトップ。ルックスも申し分ないし、身内の僕が言うのも何だが人気を集めるのは当然だ。


 そしてふたつ目に、中吉らららフレンズの活動や、その結果桜ノ宮候補が当選したことなど礼名の活躍ぶりは有名で、有ること無いこと尾ひれ背びれを伴って様々な「いい噂」が校内に流れていること。もはや学校のヒロインならぬヒーローらしい。


 そしてみっつ目、これこそが礼名最大の誤算だったのだが、僕たち神代兄妹は実は良家の血筋だという噂が流れたことだ。桂小路一石、世界的ファッションデザイナーと親戚である事実が文化祭のステージで暴露されてしまったのが原因だ。桂小路一石が名門・桂小路家の人間であることは結構有名な話だった。従って、僕たちがお金に困っていて貧乏生活を送っていると言うこと自体の信憑性がなくなってしまったのだ。


「なあ倉成さん、礼名の副会長は勘弁してやってくれよ。その分僕が働くからさ」

「お兄ちゃん何言ってるのっ! お兄ちゃんが犠牲になるなんておかしいよ!」

「そうよ悠くん。これは礼っちの問題よ」


 礼名は今日一日、副会長候補を探し回ったらしい。秀才くんやサッカー部のホープ、以前から生徒会に興味を示していたとされる女生徒などなど。でもみんなつれない返事だった。


「会長が麻美華さまで書記が桜ノ宮さんなんて畏れ多すぎるよ。でも神代さんだった釣り合うんじゃない? 実は桂小路家なんだろ?」


「俺? 無理無理。部活忙しいし。それに神代さんが一番適任だよ。応援するよ」


「確かに興味はあるけど、麻美華さまに嫌われたくないし。ねえ、副会長になったらわたしを役員に呼んでよ。会計の席がまだなんでしょ? 足し算は得意なのよ!」


 もう副会長就任は決まったかのように言われる始末。

 麻美華が礼名を推薦したら、投票結果は火を見るより明らかだった。


「ですから、この通り! 麻美華先輩、わたしを指名しないでください。一年二組の笹塚さん、彼女は生徒会に入りたいって言ってたんですよ。彼女なら……」

「知ってるわ。赤いメガネの真面目そうな子ね。でも彼女は会計になりたいそうじゃない?」

「それは麻美華先輩がわたしを副会長に推薦するって言ったからです。そうじゃなければ……」

「そうだよ倉成さん。礼名はやりたくないんだし……」

「私は礼っちにやって欲しいの、だから推薦するのよ! おわかり?」

「だったらわたし、推薦で信任されても、生徒会活動ボイコットしちゃいますよ!」

「あら、礼っちにそんなことが出来るのかしら? その分他の役員に迷惑が掛かるわよ? 信任したみんなを裏切ることになるのよ?」

「ぐぬぬぬぬ……」

「あなたの性格はお見通しよ。でも、出来れば立候補して欲しいわね。明日まで時間はあるから今晩はよく考えてちょうだい」


          * * *


 その日、家に帰ると既に礼名は食事の用意を終えていた。

 僕が食卓に座ると彼女も座る。


「わたしもう、頭がぐっちゃぐちゃで、どうしていいか分からなくなってきた。麻美華先輩は意地悪でやってるんじゃなさそうだし……」

「うん。彼女は礼名のことを考えてるんだと思うよ」


 そう言いながら、僕は放課後のことを思い起こした。



 放課後、生徒会室から出ると、礼名と分かれてコン研に顔を出した。

そして部室に入るとすぐに桜ノ宮さんに手を上げ話しかけた。


「桜ノ宮さんは書記に指名されること、了解してるんだよね?」

「そうよ。実はもうだいぶ前に決めていた話なの」


 桜ノ宮さんは僕を部室の隅に連れて行くと、小さな声で囁く。


「知ってるでしょ、麻美華の所為で前の書記と会計が来なくなったこと。その時に「次は」って頼まれてたの。あたしは一応麻美華の性格をよく知ってるつもりだから、サポートしてあげなきゃね」


 今朝、田代さんが言っていた話だ。本当だったんだ。でも彼女はそこまで人を追いやる人間とは思えない…… そんな僕の表情を読み取ったのか、桜ノ宮さんは話を続ける。


「最近はね、変わってきたと思うのよ、麻美華。そう神代くんのお店を手伝いはじめた頃からかな。以前はもっと厳格だったというか情け容赦ないというか、そんな感じだった。自分にも他人にもね。だけど最近変わってきたと思う。今なら誰とでもやっていける気がするんだけど……」


 今日コン研は文化祭成功の祝賀ムードで、みんなポテチ片手にわいわい騒いでいる。すぐに桜ノ宮さんを慕って後輩の女子部員がやってくる。僕は暫くポテチを喰うと時計を確認して部室を出た。そして学校近くの住宅街にある小さな公園へ向かった。


 実は夕方、麻美華と待ち合わせをしたのだ。

 夕暮れの公園には既に麻美華の姿があった。


「実は望峰祭も終わって、もうやること無いのよ。打ち上げと言っても林田会長とふたりじゃ盛り上がらないし」


 何も聞かないのに勝手に言い訳を始めた麻美華は鉄棒の横にあるベンチへ歩き始める。


「お兄さまは分かってくれますよね、私の気持ち」

「みんな一緒に生徒会をやりたいんだろ?」


 麻美華はコクリと首肯するとベンチに腰掛ける。

 僕もその横へゆっくり座る。

「だけど、礼名の気持ちも考えてあげて欲しいんだ。礼名は自分の力で未来を切り開こうとしてるんだ」

「自分ひとりで頑張ったって、そんなのいつか破綻しますよ!」

「まあ、それはそうかも知れないけど……」

「礼名ちゃんは生徒会に必要な人材だし、礼名ちゃんのためにもなるんですよ」

「だけど毎日の生活ってものもあるし、本人の意志も重要だし……」


 やはり話は平行線。


「「はあっ」」


 ベンチに座ったふたりは同時に溜息を漏らす。この話をいつまで続けても同じだろう。

 麻美華はゆっくり顔を上げて僕を見る。


「お兄さまは会長補佐役、受けて貰えるんですよね?」

「えっと、それも遠慮したいんだけど……」

「ねえ、お兄さま。お兄さまは礼名ちゃんの味方はしても、麻美華のわがままは聞いてくれないのですか?」

「えっ? わがまま?」

「はい、わがままです」


 彼女はキッパリ言い切ると僕を上目遣いに見つめる。


「だって、わたしのお兄さまじゃないですかっ! わたしだって甘えたりわがまま言ったりしたいですっ!」


 どきりとした。

 初めて彼女とこの公園に来たときの記憶が鮮やかに蘇った。あのとき彼女はこう言ったのだ。わたしは母にとても厳しく育てられた、名門倉成家の娘としていつも堂々と振る舞ってきた、だけど僕の前では気分が軽くなる、と。


「なあ、よかったら麻美華の家での暮らしぶりとか教えてくれないかな」

「ええ……」


 彼女の語った倉成家の生活。それは、金銭的には羨ましいが、とても僕に耐えられる生活とは思えなかった。言葉遣いから立ち居振る舞いまで、全てにとても厳しい母。ふたりの弟の前では常に手本となるような行動を求められ、「尊敬すべき姉」を演じ続ける。学業だって手は抜けない。彼女はいつも学年十位以内には入っている成績優秀者だ。


「唯一わたしに優しいパパはいつも仕事でほとんど家にいてくださらないの。だから、正直息苦しいわ。でも、以前はそれが普通だと思っていたの。誰にも毅然と接するんだって。だけどお兄さまと出会って、オーキッドを手伝って、一緒に旅行に行ったりして、それは普通じゃないのかも、って気がついた……」


 彼女は自嘲気味に薄く笑みを浮かべる。

 それを見ると、勝手に僕の口から言葉が漏れた。


「分かったよ。生徒会手伝うよ。僕に言えるわがままは何でも言ってくれ」



 ………… と。

 そんな放課後の出来事を思い返していると、僕を呼ぶ声に気がついた。


「お兄ちゃん、ねえ聞いてるのお兄ちゃん。何ぼ~っとしてるの?」

「あっ、ごめん礼名。ちょっと色々思い出してて」

「もう、ヘンなお兄ちゃん。で、当然お兄ちゃんも生徒会手伝うの断るよね!」

「いや、僕は手伝うよ」

「当然だよね、やらないよね、断固断るよね…… って、ええ~っ!」


 椅子から転げ落ちんばかりに仰け反る礼名。


「いっ、いま何と言いましたか?」

「僕は会長補佐を要請されたら受けることにしたよ」

「そっ、そんなあ~っ!」


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