第15章 第6話
「いらっしゃいませ~っ!」
金曜日、望峰祭が始まった。
初日は学内だけのイベント、明日は父兄や近隣周辺の皆様も自由に来て貰えるフルオープンの日となる。
「オーダー入りま~す! ティーセットふたつ~!」
白と黒のメイド服を着た桜ノ宮さんの声。
コン研の出店は『二次元喫茶』だ。テーブルに備えられたパソコンが創り出す二次元萌えキャラとの会話を楽しんで貰うのがウリなのだが、ウェイトレスはみんなメイド姿だった。コン研の悪友、菊池のダメ元直談判を、桜ノ宮さんが案外簡単にOKしたものだから、後輩女子も右に習えせざるを得なかったのだ。
その桜ノ宮さんが調理場へ戻ってくる。
「大繁盛ね。萌えキャラ『りんごちゃん』もウケてたわよ。歳を聞いたらブチ切れるところがシュールだって」
「ああ、りんごちゃんはドS設定だからね」
開発した萌えキャラは三人。ドS設定のりんごちゃん、ドM設定のみかんちゃん、そして腐女子設定のローズちゃんだ。
「この調子だと明日の一般公開日は行列が出来るかもね」
ティーセットをトレイに載せる彼女。ティーセットは濃いめのミルクティーに手作りのバタークッキーのセットだ。勿論桜ノ宮さんのレシピで焼いた美味しいクッキーだ。
「じゃああたし、これが終わったら体育館に行くわね」
「あっ、もうそんな時間なんだ」
生徒会の出し物『中吉らららフレンズ☆二日限りの舞踏会』は昼一時からだ。ステージの順番としては演劇部や軽音部、吹奏楽部の前座になるのだが、例年生徒会はステージの切り込み隊として多くの観客を動員してきた。そして今年の下馬評も例年以上に高かった。
「ステージ見に来てよね!」
「ああ、勿論行くよ!」
しかし。
その後、二次元喫茶の出し物に使っていたノートパソコンが相次いでトラブルに見舞われ、対応に追われた僕は彼女達のステージを見損なった。
* * *
コン研のパソコントラブルもようやく落ち着いて。
ぶらり廊下を歩きながら出し物を見て回っていた僕に可愛らしい罵声が飛んだ。
「お兄ちゃん、ひどいよっ! どうして見に来てくれなかったのっ!」
「あっ、礼名」
一年五組の教室から飛び出してきた礼名にごめんと謝ると、僕はコン研で起きたトラブルを説明する。
「そんなことなら仕方がないのは分かるけど、でも礼名の気持ちが納得しません! 一緒に写真を撮りましょう!」
僕は礼名に引っ張られて、彼女のクラスの出し物『着せ替えプリクラ館』に連れ込まれる。
「さあお兄ちゃん、お揃いのメイド服を着ましょう!」
見ると礼名もピンクのメイド服を着ている。
「どうしてメイド服なんだ」
「これ、私のバイト先から借りてきたんですよ! 大きめのサイズもあるんです!」
突然現れたのは田代さん。彼女のクラスメイトでオーキッドの手伝いもしてくれたことがある小柄でショートカットの女の子だ。
僕はメイド服着用を何とか断ろうとするけど、礼名のクラスメイトに囲まれて半ば強制的に着替えさせられる。しかも。
「こっちがメークアップコーナーだよっ!」
強制的に鏡の前に座らされ、あれよあれよと言う間に顔に何かをペタペタと塗りまくられ、目元に描き描きされる。
そして。
「ウィッグは赤、銀、それとも金髪?」
「しねえよ!」
「じゃあ、金髪で行ってみよう!」
もうどうにでもなれの心境だ。好きにしろ、礼名。
「さあできたよ、お兄ちゃん。礼名と一緒に写ろうねっ! 近田くん、撮影宜しくねっ!」
「あいよっ!」
大きなストロボがついたカメラを持った男子生徒がカメラを構える。
「さあもっと笑顔で~ 笑ってくださ~い」
そして何枚か写真を撮られた。
化粧を落とし待合室で写真の仕上がりを待っている間、礼名は忙しそうに他のお客さんを案内していた。この写真館はひとりでも友達とでも撮影できるし、気に入ったスタッフを指名して一緒に撮影することもできるそうだ。そして今、礼名は指名を受けて、短髪体育会系の男子生徒三人組と写真に写っている。あいつら野球部か?
「お待たせしました。お兄さん、出来ました」
振り向くと田代さんの笑顔があった。
「ごめんなさい。礼名さんは凄い人気で、ずっと指名が途絶えないんですよ」
彼女はそう言いながら、一枚のシートを手渡してくれる。
「どちらもすごい美人ですよ! はいどうぞ!」
手渡されたシートにはプリクラが四枚。
Vサインをする礼名の笑顔と、謎の金髪女装男のツーショット写真だ。
「お兄さんは、やっぱりすごい女装が似合いますね」
「それは、頼むから言わないでよ」
「しかしこの金髪美女、倉成先輩に似てません?」
「えっ?」
手元の写真をもう一度見る。そう言われると似ているかも…… ってか、麻美華とは兄妹だから似てても不思議じゃないというか……
「そ、そんなことないよ。ほら、金髪のウィッグだからきっとそう感じるんだよ!」
「そうでしょうか? すっごく似てると思いますよ?」
「いやいや、アングルとか光線の加減とかでそう感じるんだよ」
「いいじゃないですか、似てたって。倉成先輩はすっごい美人さんですから、似てるのはイケメンの証拠ですよ」
* * *
南峰高校文化祭『望峰祭』初日は無事終了した。
「今日のステージ、盛り上がったんだよ! 麻美華先輩は女子生徒にも人気抜群で黄色い声援が飛びまくるし、綾音先輩は男の人にすっごい人気で横断幕がたくさん上がってるしで、礼名は立つ瀬がなかったよ」
夕食の「もやしたっぷり野菜炒め」を頬張りながら礼名が今日の事を振り返る。
「だから明日は絶対来てよねっ! お兄ちゃんがいないと礼名寂しいからっ!」
「ああ、分かったよ」
今日、クラスメイトの岩本は、礼名への声援が一番凄かったと言っていたけど、みんな人気あるからな。隣の芝生は青くふかふかに見えるのだろう。
「そうそう、今日のプリクラ見せてよ」
「えっ、いやだよ。あれは僕のだし」
「わたしも写ってるでしょ! 見せてよったら見せてよっ!」
「……仕方ないな」
僕は食卓を立つとシールを取ってくる。
「はい、これだ」
ぶっきらぼうにそれを手渡す。
礼名は笑顔で受け取るとすぐに嬌声を上げた。
「うわあ~っ! お兄ちゃんすっごい美人! 何というか、こうして見ると女装お兄ちゃんは麻美華先輩に似てるねっ!」
「似てないっ!」
「性格は似てないけど、見た目は似てるよ、ほらっ!」
「気のせいだよ」
「ねえ、これ我が家の携帯に貼っておこうよ!」
「やめてけろ! 恥ずいし!」
「恥ずかしくなんかないよ!」
悪戯っぽく笑いながら聞く耳を持たない礼名。
結局、そのプリクラは我が家の携帯に貼られ、残りは礼名が持って行ってしまった。