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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二章 学校はわたしの敵だらけです
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第2章 第5話

 長い長い午後の授業も終わり、みんな大好き放課後が来た。


「じゃあな神代。『ミス・味っ娘インフィニティ』今夜だからな。忘れるなよ!」

「ありがと、岩本。じゃあまた明日」


 部活へ行く人、そのまま家に帰る人、教室に残ってお喋りに花を咲かせる人、みんな自分の時間が始まる。

 倉成さんは生徒会の副会長でもあり、授業が終わると生徒会室へ向かったのだが、


「私が授業中に書いた貴重なお手紙よ。帰って読む事ね」


と言って僕に一通の封筒を渡して去っていった。


 それは可愛いピンクの封筒。

 面倒な内容じゃなきゃいいんだけど。


「さ、僕も帰ろうかな」


 ひとりごちて教室を出ると、背後から声を掛けられた。


「神代くん!」

「あれっ、桜ノ宮さん!」


 笑顔で駆け寄ってきたのは赤いツインテールの癒し系美少女。


「まだ帰ってなくってよかったわ。さあコンピュータ研究部に行きましょう!」

「いや、もう僕は退部した身なんだけど」

「そんなの誰も認めてないってば!」

「じゃあ桜ノ宮さんから部長に伝えといてよ」

「無茶言わないで。あたしも認めてないんだからっ」


 う~ん、困った。もう一度はっきり退部の意志を伝えないといけないのかな。中途半端はよくないし。


「分かったよ、取りあえず部室に行こうか」

「ええ!」


 ふたりで校舎の四階にあるコンピュータ研究部、略してコン研の部室へ歩き始める。


 と。


 パタパタパタパタパタ……


「ちょっと、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」


 背後から息を切らせて駆けてきたのはマイ・リトルシスター礼名。


「桜ノ宮さんと肩を並べて、しかも嬉しそうに目尻を下げて、おまけに情けなく鼻の下を伸ばして、いったいどこへ行くんですか? 教室の嫁と放課後の嫁と、お家での嫁が全部違うってことですかっ!」


 何を言っているんだ、マイ・リトルシスター。

 しかし、桜ノ宮さんはそんな礼名を手招きして。


「あらっ、神代くんの妹さん、確か礼名ちゃん、だったわよね。いらっしゃい。一緒にコンピュータ研究部へ行きましょう」

「えっ、いいんですか?」

「勿論よ。神代くんの妹さんだもの」

「じゃあ、少しだけお邪魔して……」


 僕と桜ノ宮さんを監視するかのように、礼名はぴったりぺったり付いてきた。


 ガラガラガラ


「よっ、桜ノ宮さん…… あれっ、神代じゃないか。やっぱ来てくれたんだ」


 黒縁眼鏡に七三分けの髪、まじめを絵に描いたような三年生、コン研部長の梅原うめはら先輩が席から立ち上り笑顔を見せる。

「おっ、神代。待ってたぜ!」

 モニターから目線を動かし右手を上げたのは、ちょっとぽっちゃり系の同級生、菊池きくち

 コン研はコンピュータのハードを組んで喜ぶハードマニアから、ゲームなどのアプリケーションを作って喜ぶ制作オタク、そしてそれを楽しむだけの単なるゲーマーまでが寄り集まる、ともかくコンピュータに関することなら何をやってもいい、自由気ままでお気楽な部だ。


「部長、どうもご無沙汰してます。実は……」

「なあ神代、新しい人工知能プログラムを作ってみたんだが、アホすぎて爆笑量産システムになっちゃってさ。ちょっと見てみないか?」


 梅原先輩に先制されてしまった。


「いえ、あの先輩。以前もお話ししたように……」

「神代、話題の美少女ゲーが手に入ったぞ。すっげえ面白そうだぜ。これこれ!」


 五人の美少女が描かれた萌えるイラストパッケージを僕に見せ、ニタリ笑う菊池。


「神代もやりたがってたよな! このヒロイン五人、今なら攻略し放題っ!」

「いや菊池、実は僕、今年はコン研に来れないんだ。梅原先輩、僕、休み前に退部届を出しましたよね?」

「あのさ神代、あの時も言ったけど、別にやめなくってもいいんじゃないか。部費なら免除するしさ」

「そうよ神代くん。去年みたいに一緒に楽しくやりましょうよ」


「「「「そうだよ、神代!」」」」


 鈴木も田中も山田も吉田も振り向いてくれて。


「しかし、僕だけ部費なしの特例なんて、そんなの悪いです……」

「お前、ディスクの中で攻略を待ってる五人の美少女達を泣かせるのか?」


 いや菊池、攻略したってヒーヒー泣いたりするだろ。


「神代がいないと僕の人工知能とお前の人工知能で夫婦漫談めおとまんだんをするって言う、今年の目標が初日からボツるじゃないか。なあ、今年も一緒にやってくれよ」


 そう言って梅原先輩が肩を叩く。


「そう言えば、去年そんな話しましたね……」

「夫婦漫談だからな。女心が分かる人工知能はお前にしか出来ないんだよ、神代!」

「やっぱ僕は女役なんですね……」

「これで今年も大臣賞を狙うんだったよなっ!」


 僕は肩を揺すられる。


「梅原先輩……」


 と。

 背後から僕の横に誰かが歩み寄ってきて。


「部費っておいくらですか?」


 さっきまで入り口の外で待っていた礼名が僕の真横に立っていた。


「あ、月三百円だけど、神代の事情は聞いてるから免除でいいんだ」


 梅原先輩は「誰これ?」って顔で礼名を見ながら。


「これ三百円です。兄をよろしくお願いします」


 深々と頭を下げながらうやうやしく百円玉三枚を差し出す礼名。


「神代の、妹さん?」

「礼名、何やってるんだ!」


 僕の呼びかけを無視し、礼名は梅原先輩に向き直る。


「申し遅れました。わたしは妹の礼名です。これは主人の…… じゃなくってお兄ちゃんの今月分の部費です。今年もお兄ちゃんをよろしくお願いします」

「えっと、神代の妹さんなの?」

「はい、お兄ちゃんが大変お世話になってます」

「礼名、何してるんだ。あ、梅原先輩、こいつは妹の礼名って言って、今年から南峰の一年になったんです。って言うか、どうして勝手に僕の部費を払ってるんだよ、礼名」

「だって……」


 僕にぴたりと寄り添う礼名は上目遣いにその大きな瞳で僕を見上げる。


「皆さん、こんなにお兄ちゃんを慕っていただいて頼りにして貰ってるんだねっ! 礼名はお兄ちゃんが部活をとっても好きなことを知ってるよ。それなのに、貧乏がお兄ちゃんと皆さんの仲をズタズタに引き裂くなんて。それを黙って見てるだなんて、そんな酷いこと、そんな鬼のようなこと礼名には出来ないよっ。お兄ちゃんは今まで通り楽しく部活すべきだよっ。皆さんお兄ちゃんと仲良くしてくださいっ!」

「礼名、何勝手な事言ってるんだ。僕だけ部活するなんて許されないだろ」

「あの、礼名さん? 特例で部費は別にいらないから……」

「特例なんて他の人に失礼です。兄が言うとおりです! 貧乏でも払うものはちゃんとお支払いしますっ。だからこれっ!」

「でもさあ……」

「受け取ってくださいっ!」

「ああまあ……」


 梅原先輩と礼名の押し問答に桜ノ宮さんが割って入る。


「ねえ、せっかくだし礼名ちゃんも入らない? コン研楽しいわよっ」

「えっ、それは無理ですよ。わたしには家事とかお店の造花作りとか、お買い物だってこまめにしなくちゃだし。それに……」

「お兄さんと一緒に部活やりたくないの?」

「ゴクリンコッ! その一言は凄く効きます。グラッとほとんど陥落寸前です。でも、でもやっぱり、わたしは他にすることがあるので…… 無理です」

「そう、それは残念ね…… でも、神代くんは部活続けてくれるんだ。よかったわっ。また仲良くしましょうねっ!」


 わしっ!


 突然、僕の右手をその柔らかな両手で握りしめ、満面の笑顔を見せる桜ノ宮さん。


「うふふっ! 今年もよろしくねっ!」


 しなやかなその手に引き寄せられて、彼女の豊かな胸が眼下に迫る。近い近い!


「ちょっ、ちょっと何してるんですか! なに他の女の人とイヤらしく手を絡ませてるんですか! 女の人と手をつなぐと妊娠しますよ、お兄ちゃん!」

「いや、しないから」

「ふたりとも早く手を離してくださいっ! お兄ちゃんが妊娠してしまいますっ!」


 頼む、取り乱すな、礼名。


「神代くんが妊娠するなら、あたし女の子がいい!」

「いや、何言ってるの桜ノ宮さんまで。手を繋いだだけじゃ妊娠しないから。それに僕は男だからっ!」

「だったら、あたしが妊娠してもいいのよ……」

「ウキ~! 何言ってるんですか! お兄ちゃんはわたしの赤ちゃんを産むんですっ!」

「いや礼名、だから僕は産めないから!」

「じゃあ礼名と手を繋いでよっ。絡まるほど手を繋いでよ! 今日は手を繋いで帰ってよっ!」

「手を繋いだら妊娠するんじゃなかったのか?」

「礼名となら、してもいいんですっ!」

「よくわかんないけどさ神代、俺も手を繋いでみていいか?」


 面白がって菊池が僕の左手を取る。


「この場合、どっちが妊娠するんだ?」

「知るかよ、離せよ菊池!」

「ウキ~! わたしが繋ぐ手がもうないじゃないですかっ! お兄ちゃん、足、出してくださいっ!」

「何する礼名、靴返せ!」

「礼名ちゃんずるいっ! あたしも、足つなぐ!」

「やめてください桜ノ宮さん! お兄ちゃんが双子を妊娠するじゃないですか!」

「するかっ!」


 そんなこんなで僕はもみくちゃにされて。

 三十分後、やっと解放された。


「本当によかったのか?」

「礼名に二言にごんはありません。でも少し心配です……」


 僕と礼名は部室を後にして、もう生徒もまばらな校門を抜けて家への道を歩む。

 結局僕はコンピュータ研究部に留まることになった。


「礼名も一緒にコン研に入ればよかったのに」

「そんなことしたら部費が一気に二倍の六百円ですよ、六百円! それも毎月!」

「じゃあどうして僕の分だけ払ったのさ」

「仕方ないでしょ。礼名はいつもお兄ちゃんの幸せを考えていたいんですっ。鬼嫁おによめなんかになりたくないんですっ!」


 膨れっ面の礼名も可愛いな。


「だからポケットから手を出してくださいよ、お兄ちゃん!」

「分かったよ、今日だけだよ」

「えへへっ!」

「……」

「……」


 僕と礼名はゆっくりと、夕焼けに染まる家への道を歩いて行った。


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