序章
序章
無一文になった。
ふたりに遺ったのは家付きの小さな喫茶店だけ。
「ただいま、お兄ちゃん。携帯と新聞キャンセルの手続き終わったよ」
ひとつ年下、中学三年生の礼名が青ざめた顔で呟く。
「どうした、具合でも悪いか? 顔色が冴えないけど」
「ううん、平気だよ。それよりお家のローン返済は大丈夫だったの?」
「うん、なんとかなりそうだよ。だけど……」
両親が旅行先で突然の事故に巻き込まれて二週間。
泣いてる時間すらなかった。
保険金や預金は勿論、家にある金目のものは全て売り払った。
父が大事にしていた腕時計も母の指輪も、妹のピアノですら売り払った。
「ごめん。全部なくなった。礼名の大切なピアノも売ってしまった」
「仕方ないよ。お兄ちゃんの命より大切なフィギュアコレクションも、ベッドの下のお宝写真集も全部売っちゃったんでしょ」
「知っていたのか……」
「勿論だよ。でも、ふたりで住むお家は手放さずに済んだんだ。よかった」
中学のブレザーを身に纏い、腰まで伸びる黒髪に端正な顔立ち。
くりっと印象的な瞳に光を宿らせ、少し元気そうに礼名が笑った。
「本当によかった。お兄ちゃんありがとう」
「親父の眼鏡と、お袋が大切にしていたネックレスだけが形見だ。ごめん、あとは何も遺らなかった」
「そんなことないよ」
心労からか礼名の声は少し震えて。
「わたしにはお兄ちゃんがいるもん。あのね、お兄ちゃん……」
礼名は僕の前に向き直ると大きく息を吸って。
そして。
「わたしお兄ちゃんの、お嫁さんになりたい!」