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4日前 魔法

「昨日はありがとうございました!」 


 翌朝、会社に着くなり平田さんに頭を下げられた。


「いやいや、気にしないで。それより怒鳴っちゃって悪かったね」

「いえ。アレのおかげで勢いに任せてログアウトできたんで助かりました」


 そういって再度頭を下げる平田さん。

 周りが何事かとこっちを見てるんでやめて欲しい。


「勢いに任せてログアウトって、一緒にプレイしてる人たちは大丈夫?」

「あのあと心配した先輩が電話してくれて、事情を話したらフォローは任せろって言ってくれました。後ログアウトのことも言っておいてくれるって」

「それはよかった。じゃあもうログアウト前の連絡は必要ないかな」

「はい! もう大丈夫です」


 会話が終わったところでタイミングよく始業開始のベルが鳴る。

 平田さんは満面の笑顔で自身のデスクへと歩いていった。

 俺も自分のデスクに座る。と、隣の山本が声をかけてきた。


「平田さんと何があったんすか? 先輩?」


 勘ぐるような聞き方をしてくる山本。

 こいつは何か下世話な想像をしているようだな。


「山本君? そんなことを聞くほど暇なら俺の分も仕事をしてもらおうか?」

「すいません! 真面目に働きます」


 さて俺も残業にならないよう、真面目に仕事をしますか。




 仕事も終わって《RMMO》にログインした俺は、早速ルビーにつかまって街へと繰り出したのだった。


「センパイッ。魔法はスクロールで覚えられるんですよぉ。あっ、スクロールって言うのは巻物のことですぅ。で、スクロールは魔法の店に売っててぇ・・・・・・」 


 ルビーは店に向かう道すがらで魔法について教えるといって説明を始めてくれたのだが、その説明は内容が飛び飛びで理解するのは大変だった。

 まとめると、魔法を覚えるのにスクロールが必要でそれは専門の店に売っている。同じ魔法でもスクロールの内容によって威力や効果範囲・時間、詠唱の長さなどが変わってくる。魔法のスキルが上がると威力や効果範囲・時間などが増えていくが詠唱が長い魔法ほど増加の限界は高くなる。

 魔法の発動は、詠唱と魔法名を声に出すの2ステップが必要で、途中で関係ない声を出したり集中できていないと失敗する。詠唱を終えていれば魔法名を声に出した瞬間に発動するため、戦闘前に唱えておくのもありだそうだ。


「到着でーす」


 何とかルビーの説明を理解したところで店に着いたらしい。

 ルビーが指差したのはレンガ造りの小さな店だった。


「それじゃあセンパイのぉ、初めての魔法を選びましょ?」


 店の中に入ってみると左右の壁際に俺の背丈くらいある棚があり、その棚に整然とスクロールが置かれていた。


「いらっしゃい」


 正面のカウンター越しに老婆が挨拶をしてくれるがそれだけだった。

 ・・・・・・AI、早く実装されないだろうか。


「棚の横列が属性、縦列が用途になってますぅ。・・・・・・どんな魔法にするんですかぁ?」


 俺の目的はもう決まっている。無属性の防御用呪文だ。

 昨日の戦闘では腕を犠牲にして無理やり攻撃を受けてしまったからな、咄嗟のときに使える防御手段が欲しくなったのだ。

 スクロールを手にとると目の前にウィンドウが現れ、どんな魔法かが動画として流れる。

 その動画を参考にして目的にあったスクロールをつかんだ。


「これにしよう」


 手を差し出してきたルビーにスクロールを渡す。

 動画を見たのだろうルビーが変なものを見る目で俺を見てくる。


「センパイってぇ、使う魔法もかわってますねぇ」

「そうか?」

「そうですよぉ。1秒もたない小盾サイズのシールドってなんですかぁ」

「その分詠唱がほとんどないだろ。咄嗟の防御に使えると思ってな」


 会話をしながら、ルビーから返してもらったスクロールをカウンターに置く。


「1200Bだよ」

「やすっ!!」


 相当驚いたのだろう、ルビーの言葉遣いが素に戻っている。

 ルビーのほうを向くと両手で口を押さえていた。


「安いのか?」

「・・・・・・ふぅ。はいぃ、すごく安いですぅ。この街に売ってるスクロールの平均はぁ、大体4000Bくらいですからぁ」


 そんなにするのか。・・・・・・まあ今回は得したと思っておくか。


「そういえば、支払いってどうするんだ?」

「センパイまだ説明書読んでませんねぇ? ・・・・・・手のひらを下にしてカウンターの上に広げてください」

「こうか?」


 そうすると、手のひらから12枚の銅貨が落ちてくる。

 おお! なんか面白いな。


「まいど」


 老婆はそう言いながらカウンターの上の銅貨を回収すると、スクロールを投げてよこした。


「あとはぁ、その魔法を覚えようって考えるとぉ、つかえるようになりますよぉ」


 言われたとおりにするともっていたスクロールが発光し、その光と一緒に消えていく。

 そして魔法ウィンドウというのが現れて詠唱文と魔法名が表示される

----------

魔法名  詠唱文

----------

シールド 盾よ  

----------

 効果などは使って確かめろってことかな。

 まあ、おおよそは動画で確認できたんだが。


「よし! アローたちと合流するか」

「ちょっと待ってくださぁい。あたしもこれ買いまぁす」


 店から出てアローにコールする。

 アロー達ももうすぐ買い物が終わるとのことだったので、俺たちは南門で落ち合うことにした。




「・・・・・・遅いですねぇ」

「・・・・・・遅いな」


 南門についた俺たちは、もう30分は待たされていた。

 ・・・・・・何かトラブルでもあったんだろうか?


「・・・・・・けて~・・・・・・」


 ん?


「・・・・・・なんか言ったか? ルビー」

「何も言ってませんよぉ」

「そうか・・・・・・」

「それにしてもぉ、何してるんですかねぇアローさん達。大体・・・・・・」


 声が聞こえた気がするんだが気のせいだったか。


「たすけ・・・・・・れか~・・・・・・」


 ――聞こえた!

 助けを呼んでる!?


「あっ! 来ま・・・・・・」

「静かにっ!!」


 声の高さから、女性か子供だろう。

 どっちだ! どっちから聞こえた!!


「センパイ?」

「だれか~・・・・・・たすけ・・・・・・」


 あっちか?

 俺は声がしたほうへと走り出した。


「センパイッ!?」


 ルビーが驚いているが今はかまってられない。

 そうしてしばらく走っていくと、30匹位のマヨイイヌに追われている人が見えてきた。


「だれか~っ! 助けてくださ~い!」

 


 追われているのは・・・・・・中高生ぐらいの女の子かな?

 ・・・・・・あっ! 転んだ!! このままじゃあの子が危ない!!

 そう思った俺は咄嗟に剣を投げつけた。剣は縦に回転しながら先頭のマヨイイヌへと飛んで行き・・・・・・柄の部分が頭に当たった。

 ――よし!! こっちを向いた。

 こちらへと駆け出してきたマヨイイヌ達に備えるため足を止めて剣を構え――剣がない!!

 やばいな。咄嗟のこととはいえ剣を投げるべきじゃなかった。どうしようか・・・・・・。

 

 考えている間にもどんどん近づいてくるマヨイイヌ達、こうなったら格闘戦しかなさそうだ。

 脇を締め腰を深く落とす。昔やったゲームに出てきた正拳突きの体勢だ。

 そうこうしてる内に近くまできていたマヨイイヌが跳び掛ってくる。


「・・・・・・フンッ!」


 俺のくり出した正拳突きが当たったマヨイイヌが吹っ飛ぶ。

 おお!? 倒すことこそ出来ていないが、吹っ飛ばせるのならしばらくは耐えられるか?


「そこのっ!! とっとと逃げろ!!」


 更に2匹が跳び掛かってくるが、そいつらも左右の正拳突きで吹っ飛ばす。

 ちょっと楽しくなってきたな。

 と、横目に回りこんで来るマヨイイヌが見えた。


「盾よ・・・・・・」


 左側に周りこんだマヨイイヌが跳ぶタイミングを見計らう。


「・・・・・・シールド!!」


 マヨイイヌが透明な魔力の盾にぶつかりそのまま落ちて倒れる。

 あぶなかった~。

 そういえばこいつら、頭は悪くないんだったな。

 安堵の息を吐き正面に視線を戻す。

 そこには大きく開いた口が待っていた。

 右腕でガードするもそのまま押し倒される。


「ヤバッ!!」


 左腕をマヨイイヌの胴体の下にいれ、何とか引き剥がそうとするも噛み付く力が強くて上手くいかない。

 ヒュンッ!!

 上から風を切る音がした。

 噛み付いていたマヨイイヌから力が抜ける。どうやら死んでいるようだ。

 俺はマヨイイヌを横にどけ、立ち上がる。 


「センパイッ!!」

「アローかっ? 助かった!!」


 マヨイイヌが死んだのはアローが投げたナイフのおかげか。なんにしても助かったな。


「フォローします! 正面にだけ集中してください!!」

「わかった!」


 先ほどの構えを取り直す。

 右腕は怪我のせいか力が入らない。まあ力が入ったとしても、痛いのでこっちの腕で殴ろうとは思えないな。

 っと、1匹のマヨイイヌが正面右側に向かってくる。

 見事に弱点を狙って来てるな。

 こいつには右足でケンカキックをお見舞いしてやる。


「センパイッ、剣は!?」

「投げた!!」


 軽口をたたいている間にも吹っ飛ばされてから体勢を整えたヤツや新しいヤツがこっちへと向かっていた。

 今度は3匹か、正面左、正面右、真正面と少し距離を開けて時間差での攻撃を仕掛けるつもりのようだ。

 更に1匹ずつ左右に広がり、回りこむ気のようだが今度はそうは行かない。

 風切り音が2回響き前足や胸元にナイフが刺さる。

 転んだり後ろに飛ばされたりしたが一撃とはいかなかったようだ。

 俺も正面の3匹に対応する。

 まず左の正拳突きで正面左のヤツを殴り飛ばす。

 続いて左足で正面右側のヤツを蹴り飛ばす。左足なのは、正拳突きで左肩が前に出ていたため右足では蹴りづらかったからだ。


「盾よ、シールド!!」


 真正面のヤツには魔法で対処した。

 と、俺の右側から飛び出す影。

 その影は咄嗟のことに固まったマヨイイヌの頭をつかむと群れに向かってぶん投げたのだった。


「おまたせっす!!」

「マウント!!」


 影の正体はマウントだった。


「あとの二人ももうすぐ追いつくっす!」


 マウントはバックステップで俺の右隣へとやってくる。

 これで弱点を突かれる心配はなくなった。


 更に5匹のマヨイイヌを吹っ飛ばしたところでマトバとルビーが合流した。


「すいません。鎧が重くて遅れてしまいました」

「・・・・・・癒せ、ヒール! 買ったばっかりでぇ、早速使うと思いませんでしたよぉ、センパァイ」

「ルビー、ありがとう。マトバは鎧を買ったんだな」

「ボクたちは消耗品と装備を見に行ってましたから」


 5人それってからは大分楽になった。

 特にマトバは槍も新調したようで、昨日以上に沢山のマヨイイヌを葬っていた。




「これで終わりのようですね」


 マトバが辺りを見回しながら、マヨイイヌに刺さった槍を抜く。


「昨日の激戦に続いて今日もとか、マジきついっす」

「ハハハッ。みんな、ありがとな。助かったよ」

「ほんとですよぉ。急に走り出したからぁ、何事かと思ったじゃないですかぁ」


 昨日と同じように剥ぎ取りを始める。

 だが、昨日とは違い息を切らしている者はおらず、軽口をたたきながらの作業となった。


「あの~・・・・・・」


 そういえば、助けた子のこと忘れてたな・・・・・・。

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