お礼
平田さんを宿に残して3人で住居探しを始めた。しかし、あまり芳しくない。正午を過ぎて周れた酒場が3軒、宿の婆さんや隣の食堂の店主にも聞いたが今のところ成果はゼロだ。
一応婆さんは探してみると言ってくれたので必須の条件だけは伝えてあるが、期待できるかはわからない。頼りきるわけにはいかないだろう。
「なかなか見つかりませんね、春馬さん。どうしましょうか?」
詩穂の声には見つかるのかという不安が感じられる。
「不動産屋とかないんですかね。……この調子でほんとに見つかるのかなぁ」
彩音の声には疲れがまじる。後半のつぶやきだけでも、うんざりしてるのがありありとわかる。
「そこらへんも婆さんに聞けばよかったな。とりあえず酒場はあと一軒、そこで情報収集がてら食事休憩にしよう」
「ホントですか!? やっと休めるー」
最後の酒場の食事は美味しかった。しかし、住居に関する情報はなし。聞けたのは各区画毎にまとめ役がいてその人が不動産屋を担っていると言う話だ。しかも宿の婆さんが北東、商業区のまとめ役で商業組合のまとめ役もやっているとか。結構凄い人物だったようだ。
昼食を終えた俺達はもう一度婆さんに話を聞くために宿に戻ることにし、その途中で平田さんの昼食を買うために露店広場へ寄った。相変わらずの人ごみだったが、目的があったので前回のように彩音がダウンする前に離れることが出来た。
「何とか買えましたね」
「ホント疲れたー。早く帰りましょう、春馬先輩」
「そうだな。……いや、先に帰ってくれるか。俺は昨日の占い師さんを探してみる」
「わかりました……けど1人でですか?」
「ああ、この人ごみじゃ彩音が駄目だろうし、それに2人とももう疲れただろ?」
「春馬先輩も疲れてるんじゃないですか?」
「疲れてないと言ったら嘘になるが2人ほどじゃないさ。早めにお礼を言っておきたいしな」
「そうですね。私も一緒に行きたいですけど、それで平田さんのお昼を待たせるわけにもいかないですよね」
「ああ、だから2人は先に戻ってくれ。俺もお礼を言ったらすぐに戻る」
「わかりました。それじゃあまた後で」
2人と別れて人ごみの中を進む。探すのに時間がかかるかと思ったが、昨日の場所からそう離れていない場所にいた為すぐに見つけることが出来た。正に占い師といった格好の女性の前に水晶玉ののった机と椅子、昨日の女性で間違いないだろう。
「ようこそ。失せ物、尋ね人――って、あなた昨日の人よね。確か――春馬さんと詩穂ちゃん、だったかしら」
「ああ、昨日の礼を言いにきたんだ」
「あら、いいのに。女の子の貞操の危機だったんだから。役に立てて嬉しいくらいだわ」
「いや、そういうわけには……って、なんか昨日の話し方が違うな」
「あれは商売用だもの、違って当たり前でしょ」
「そ、そうか。とにかくお礼に来たんだ。まずは占いの代金を払いたい」
「別にいいのに。でもそこまで言うなら1回100Bよ」
俺は金の入った麻袋の中から1000Bを取り出して彼女に渡した。
「何でこんなに? 昨日占ったのは1回だけよ」
「連れまわした分だ。あれだけの時間があれば10人位は来るだろう?」
「そんなに来ないわよ。今日だって朝からここにいるけどあなたで5人目よ」
「思ったより客少ないんだな。そんなんで大丈夫なのか?」
「1日5人くらい来てくれれば生活は出来るわ。それにスキルを上げるついでにやってる事だから」
ついでって事は客を待っている間もスキルが上げをしているんだろう。
「だとしてもあんたのおかげで間に合ったんだ。受け取って欲しい」
「だったら占いの分の100Bもらっておくわ。それでも足りないって言うなら……そうね、何か困った時にでも助けて頂戴」
「別に1000B受け取ってくれても頼まれれば協力くらいするが?」
「ふふ、それじゃもらい過ぎってものよ。それじゃあフレンド登録しましょうか」
彼女の方から申請してくれるようだ。
現れるのを待ってウィンドウを確認、名前はマリアか。
「あなたセンパイって名前で登録してるのね。呼びにくいから春馬くんでもいい?」
「ああ、こっちはマリア、でいいのか?」
「あら、私の名前が気になる? なんだったら教えてあげるけど?」
「いや、呼び捨てでいいかって話なんだが」
「ああそういうこと。たとえ嘘でも気になるって言ってくれればいいのに」
「そういうものか? だったら悪いことをしたな」
「もう、マジメに謝らないでよ。……そうだ、何か占ってかない? サービスするわよ」
占いか。住居について聞いてみるか。手がかりくらいにはなるかも知れないからな。
「それもいいかもしれないな。ただ、お礼を値切られたんだ、お金は普通に払うよ」
「それもそうね。それじゃあ何について占いましょう?」
「新しい住居を探しているんだが全然見つからないんだ。それについて占ってくれるか?」
「探し物、ですね。では始めます」
マリアが目を閉じ、水晶玉に両手をかざす。しゃべり方が丁寧になったのと合わせてマリアが神秘的な雰囲気を放つ。その様子に、俺はマリアが目を開けるまで声を出す事が出来なかった。
「結果はどうだった?」
「少しお待ちを……フム……なるほど……」
目をあけたと思ったら今度は1人でぶつぶつと喋りだすマリア。結果が気になるが、話しかけると邪魔になりそうなので話しかけられない。
「このまま宿に戻りなさい」
「え? それが結果か?」
「そうです。このまま宿に戻れ。これが占いの結果です」
「そうか、ありがとう。言われたとおり宿に戻ってみるよ」
「ふう。それじゃ今日はお別れね」
「……占ってる時と今じゃまるで別人みたいだな」
「ほんとに!? ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」
喜ばれるようなことを言った憶えはないんだが?
「また何か占ってほしいことが合ったら言ってちょうだい。あなただったら優先的に占ってあげる」
「占ってもらいたいことなんてそうはないと思うが、まあ思い出したら頼りにさせてもらおう」
「ええ、待ってるわ。それじゃあまた今度」
「ああ、またな」
寄る所もないし、占いの結果も気になる。とっとと宿に戻ろう。
「ちょっと待ちな」
馬のひづめ亭に戻ると婆さんに呼び止められた。また何か問題でもあったのだろうか?
「はいよ」
カウンターに近づいた俺に婆さんが1枚の紙切れを差し出してきた。開いてみると商業区の地図のようだ。
「これは?」
「あんた達の探してたもんだよ」
探してたものって、……住居か!
「探してくれたのか、婆さん!」
「あんな娘がいたんじゃ他の客が逃げちまうからね」
憎まれ口を叩いているが、口角が上がっている。なんだかんだ言って優しい、いや格好いい婆さんだ。
「ありがとう」
「とはいっても寝る場所だけだよ。食事も生活用品も自分達で用意しなきゃならんし、お湯もないからね」
「寝る場所さえあれば十分だ。後は自分達でどうとでもするさ。ところで――」
「男がいるか、だろう? いるのは萎びたじじいとガキだけ、それなら大丈夫なんじゃないかい?」
婆さんに話していた必須の条件は2つ。男がいない事と4人が泊まれる事だ。理由も昨日の夜のことを除いて簡単に話してある。
しかし、老人と子供か。正直大丈夫かはわからない。だが、平田さんのリハビリを考えたら理想的な環境なのかもしれないな。
「心配しなくても大丈夫だよ。向こうさんに話をしたら、ほとんど使ってない倉庫があるから、そこなら1人になることも出来るだろうって、そう言ってたよ」
確かにそれなら大丈夫そうだ。これはほぼ決まりだな。
「婆さんの言うとおり問題無さそうだな。後で訪ねてみる事にするよ」
「訪ねるのは構わないが移るのは明日にすることだね。あの娘じゃ人が起きている時間の行動は無理があるだろ? 早朝に起きられるように今日はうちに泊まってとっとと寝な」
「いいのか婆さん。またトラブルを起こすかもしれないぞ」
「それはあんた達で気をつけな。とにかく今日無理に出て行って、問題を起こされるほうが面倒だよ」
「何から何まで本当にすまない」
別れ際、再度婆さんにお礼を言ったら怒られてしまったので、大人しく部屋に戻ることにした。
そういえばマリアの占いってこの事を言っていたんだろうか。……どうやら占いだからって馬鹿に出来ないようだ。いつか本当に頼ることになるかもしれないな。
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