記憶の確認
俺は平田さんに殴られた部分を手で押さえながら、婆さんのいるカウンターに向かった。
「婆さん、何か冷やすものもらえないか?」
「頭を押さえてどうしたんだい!?」
「婆さんに言われたとおり何とかした結果だ。それで、冷やすものはあるか?」
「すぐ用意するからちょっと待ってな!」
婆さんがカウンターの奥に消えると、1人でぶつぶつ喋りだした。どうやら魔術で用意してくれているようだ。
「ほら、これで冷やしな」
なにやらゴムっぽい袋を手に、婆さんが戻ってきた。袋は受け取ってみると冷たい液体が入っていた。どうやら氷嚢のようだ。
これで冷やすものは手に入った。次は……食事だな。平田さんがあの様子だと外に食べに行くのは危険だ。
「なあ、婆さん。ここら辺で料理をお持ち帰りできる店ってあるか?」
「隣の食堂にいきな。割り増しでやってくれるよ」
「そんなこと出来たのか。わかった、ありがとう」
氷嚢で患部を冷やしながら部屋に戻る。部屋では落ち込んだ様子の平田さんを詩穂と彩音が慰めていた。
「あ、春馬さん」
詩穂が俺に気付いて名前を呼んだ。すると、その声で俺が戻ってきたことに気付いた平田さんが顔を上げた。
「だ、大丈夫ですか? 先輩」
「ああ、冷やしておけば大丈夫だ」
「本当にすみませんでした!」
「そんなに謝らなくてもいいよ。それよりなんで急にあんなことを?」
「なんだか凄く怖かったんです。それで気付いたら……」
意識してやったわけじゃないのか。多分昨晩襲われたせいで男性恐怖症のようなものになったのだろう。あれはそうなっても仕方ない出来事だったしな。
「俺は怖くないか?」
「はい。むしろ側にいると安心します」
これは昨晩俺が助けに入ったからか? とりあえず一緒に行動することは出来そうで安心した。今の平田さんを放って置くなんて俺には出来ないからな。
「それならとりあえずご飯にしよう。婆さんに聞いたら隣の食堂でテイクアウトも出来るらしい。詩穂、彩音。運ぶの手伝ってくれ。平田さんは嫌いな食べ物とかあるか?」
「それなら私と詩穂で言ってきますよ。春馬先輩は一応怪我人なんだから平田さんと一緒に待っててください」
「そうか、悪いな。だったら俺のはガッツリ目の物にしてくれ。今日は朝から運動したからお腹が減ってるんだ」
「朝から運動ですか?」
「ああ。昨日はマウントの所に泊めてもらったんだが、ギルドの早朝トレーニングに付き合わされてな」
「マウントさんそんなことしてるんですか。わかりました、ガッツリ目の物を買って来ますね。平田さんはどうしますか?」
「メニューがわからないから軽めの物でお願い。あまり好き嫌いはないわ」
「わかりました。それじゃあ行ってきますね」
「いってきまーす」
「もし2人じゃ持てなかったら呼んでくれよ」
2人が出て行った扉を見ていると、横から視線を感じた。平田さんだ。
「どうした?」
「……先輩はあの2人を名前で呼んでるんですね」
「ああ、彼女達がそう呼んで欲しいっていったからな。それがどうかしたか」
「いえ、仲が良いんだなーって思って」
「まあ、こんな状況だからな。一緒に行動するなら仲がいいほうがいいだろう」
詩穂はもしかしたら違う理由かもしれないけど。
「そうですか」
変な空気になってしまった。何か別の話題にして空気を変えよう。そうだ、今のうちに平田さんがどこまで憶えているか探ってみるか。
「平田さんは昨晩の事憶えてるか?」
「昨晩ですか? 何かありましたっけ?」
「そっか。それじゃあイベントについては?」
「それは覚えてますよ。この世界に閉じ込められた日のことですよね」
昨日の事件は憶えてないのに、イベントの事は憶えているのか。
「なら、何で《RMMO》始めたんだっけ?」
「なに言ってるんですか。先輩が誘ってくれたんじゃないですか」
そこは俺と先輩が置き換わっていると。
「仕事の事は憶えてる?」
「もちろんですよ、そこで先輩と出会ったんですから。さっきからどうしたんですか? こんなわかって当たり前の事ばかり聞いて」
「ちょっとね。それなら大学の事は?」
「それも憶えてますよ。ホント楽しかったですよ。先輩と一緒のサークルでしたから。……あれ? でも私と先輩が出会ったのって会社に入ってからですよね? あれ?」
会社の事はそのまま憶えていて、大学の頃の事は置き換えられていると。そして事件の事は記憶になし。……結構深刻なんじゃなかろうか。
これは無理に思い出させないほうがよさそうだな。
「そうだ、平田さんのジョブってなに?」
「忘れちゃったんですか? 〈光術士〉に〈水術士〉に〈精霊使い〉ですよ。先輩が魔法職が欲しいって言うからこのジョブにしたんですよ」
「あー、そうだったか? ……もう一つ教えてくれ。魔法系のスキルはどれくらいまであがってる?」
「光魔術が7、水魔術が12、精霊魔法はまだ覚えてないです。精霊魔法って魔法屋に売ってないんですよね」
結構育ってるな。水魔術に関しては10を越えている。水だけはオリジナルで魔術が作れるのか。
と、廊下から軽快な足音が聞こえてきた。詩穂達が帰ってきたようだ。
「お待たせしました」
「ご飯、買って来ましたよー」
「おかえり2人とも。それじゃあ食事にするか」
詩穂と彩音が料理を配る。俺のメニューはミックスフライ定食。何の肉なのかはわからないらしい。
彩音は焼き魚の定食で、詩穂と平田さんはBLTサンドだ。
こうやって見るとこの世界の食事は俺達の世界のものとほとんど変わらないな。美味しくいただけるので助かるんだが、ファンタジーっぽさは感じない。
「食器はお婆さんに渡しておけば、後で回収してくれるそうです」
きっと宿と食堂で提携しているのだろう。隣り合っているのだから当たり前といえば当たり前か。
「さて、それじゃあこれからの事について相談なんだが」
しばし食事を楽しんだ後、俺は今後の事を話し合うことにした。
「まずは、この宿を引き払おうと思う」
「え? なぜいきなりそんなことを?」
「流石にこの部屋に4人では泊まれないだろう。それに男性客がいると平田さんが殴ってしまうかも知れない。理由はこの2つだな」
平田さんは魔法職だから殴ったとしても大怪我をさせることは無さそうだが、反撃されると平田さんの身が危険だ。
「理由はわかりました。けど、どうやって新しい拠点を探すんですか?」
「とりあえずこの世界の人に聞いてみようと思う。婆さんとか酒場のマスターとかな。見つかるまでは俺はマウントの所にでも泊めてもらうつもりだ」
「今日これから探すんですか?」
「ああ、平田さんは悪いけど留守番を頼む」
「留守番ですね。わかりました」
「で、もうひとつ。戦力の強化をしたいと思ってる。昨日、力不足だと思い知らされたからな」
「特訓ですか! いいですね」
「アーヤ、そうゆうの好きそうだもんね」
「あの、私もですか?」
「もちろん。ただ、連れて行けないときもあると思うから、その時は男性を殴らないようにするトレーニングをして欲しい。トレーニングの内容は平田さんの様子を見て俺から指示を出す。一緒に行動するためにも頑張ってくれ」
「は、はい。頑張ります」
「何か質問とか意見はないか? 問題点があったら今のうちに話し合っておきたいんだが」
「今は何も」
「とりあえず動いてみましょう」
「私も特にありません」
これで新しい目的が決まった。それが決まれば次は行動だ。
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