恐慌
「う、う~ん……」
ベッドの上の平田さんがうめき声を上げた。2人から事情を聞いているうちに目が覚めたようだ。
「平田さん、大丈夫?」
「……初鳥先輩? ここは?」
「俺達が泊まってる宿だよ。何があったか憶えてる?」
「何があったか……」
半分しか上がっていなかった平田さんの目蓋が一瞬、間をおいて見開かれた。
「先輩! 私のこと捨てないで下さい! お願いします!」
上半身を勢いよく起こした平田さんが、俺の両肩を掴み揺さぶってくる。瞳孔が開ききった様子からパニックになっているようだ。
「平田さん! 捨てたりしないから、落ち着いて!」
と、今度は俺を両腕で突き飛ばした。
「いやっ! 来ないでぇ!」
そういいながら、俺から離れるようにベッドの奥まで這って行くと、自身の両肩を抱いて震えだした。はだけた両肩から血が滲んできた。相当力が篭っているようだ。
その平田さんに詩穂が近づいて抱きしめた。
「大丈夫です。もう怖い人はいなくなりましたから」
「春馬先輩、申し訳ないんですが部屋を出ててもらえますか。今は男性がいないほうがいいと思いますから」
「わかった」
俺は彩音に言われるまま部屋を後にした。
さて、何をして時間をつぶそうか。少し考えて婆さんに占い師について聞くことにした。何か言付けしてるかもしれない。
「婆さん、俺達と一緒にいた占い師から何か伝言とか無かったか?」
「あの変な格好した女かい? あの女だったらしばらくは露店広場にいるって言ってたよ」
「そうか、ありがとう」
それならお礼もいいたいし明日にでも尋ねてみよう。
「ところであんた、何かやばいことしてないだろうね?」
「何の話だ?」
「さっき男が1人、宿の周りを窺ってたんだよ」
宿を窺う男か、平田さんを襲ってた奴等が報復しようとしてる可能性はあるな。
「どんな男だった?」
「どんなって言われても外はもう暗いからね。プレイヤーらしい格好としかわからなかったよ」
「心当たりが無いわけじゃないが、それだけじゃなんともいえないな。せめて何のために窺ってるかわからないと……」
「そういやあ、なんか女を捜してるみたいだったね。あの女どこに行きやがったとかフワさんに怒られるとかそんなことを言ってたよ」
フワさんに怒られる、か。後で平田さんが正気に戻ったら話を聞かないといけないかも知れない。
「とにかく、うちに面倒ごとを持ち込まないどくれよ」
「わかった。気を付けるよ」
婆さんと話していると階段から詩穂が下りてきた。平田さんは落ち着いたんだろうか?
「春馬さん、部屋に来てもらってもいいですか?」
「もういいのか。……わかった」
詩穂の後ろについて階段を上り部屋に入る。平田さんが部屋の真ん中に立ってこちらを見ていた。
「平田さん、もうだ――」
「すみませんでした!」
平田さんはいきなり頭を下げてきた。
「平田さ――」
「先輩にあんな態度を取ってしまうなんて!」
「平――」
「私、先輩にどう謝ればいいのかわかりません!」
駄目だ。取り付く島が無い。
部屋の奥にいた彩音にアイコンタクトで助けを求めたが首を横に振られてしまった。一体何がどうなっているのだろうか?
困っていると詩穂が俺の耳元に口を寄せてきた。
「許すって言って下さい。あと、有魅って呼んであげたほうがいいかもしれません」
「わかった」
平田さんに聞こえないように言葉を交わすと、詩穂が離れていく。よし――
「有魅、許すよ」
「ホントですか! ありがとうございます、先輩!」
「それで、何があったんだ?」
「何の話ですか?」
……反応がおかしい、覚えてないのか?
詩穂と彩音を見るが2人も首をかしげていた。
「何の話って、フレンドコールで俺に助けを求めただろう?」
「私が先輩に助けを求めたんですか?」
まさか忘れているのか? 下手に思い出させないほうがいいんだろうか。例えそうだとしても、1つだけどうしても確認しておきたい事がある。
「それならフワって知ってるか?」
「フワ?……フワ……先輩……」
平田さんが肩を抑えてその場にうずくまる。体が震えだして口から歯が合わさる音だろう、カチカチと音が鳴り出した。
「近寄らないでっ! やめてよぉ!」
……ビンゴか。多分フワが平田さんを騙した先輩だろうな。
平田さんをなだめる詩穂を見ながらこれからどうするかを考える。宿は早々に引き払ったほうがいいかもしれない。
「春馬先輩、あの――」
「わかってるって。今日はどこか別の場所で寝るから、あとの事は任せて大丈夫か?」
「はい。明日大丈夫そうなら連絡します」
「そうしてくれ。……それじゃ2人ともおやすみ」
「おやすみなさい、春馬さん」
「おやすみ、春馬先輩」
さて、どうするかな。とりあえずマウントにでも連絡してみるか。
っとその前に。
「婆さんさっきの件、俺達が目的みたいだ」
「そうかい。それで、これからどうするんだい?」
「今晩は俺だけ余所で明かして、明日にでもここを出ようと思ってる」
「行く当てはあるのかい?」
行く当てか、アローやマウント、マトバの所だと男が多くいそうだ。今の平田さんを連れては行けないな。ルビーのところは女性ばかりだったはずだ、こっちは俺が行きづらい。
「……いや、ないな」
「無いのに出て行くのかい?」
「婆さんに迷惑はかけられないからな」
そういうと婆さんがなにやら考え出した。
「ふむ。明日は一度戻ってくるんだろ?」
「そのつもりだ」
「だったらその時に私に声を掛けな。必ずだよ!」
そんなに念を押されるなんて……何か餞別でもくれるのだろうか?
「ああ、わかった。忘れないように気をつけるよ」
そういうと婆さんは満足そうにうなづいた。
「とりあえず今夜は三人を頼む」
「頼まれてもお湯を用意してやるぐらいしか出来ないよ」
「十分だ」
ニッとしてそう言う婆さんに俺の口角も自然と上がる。この分ならいろいろ世話を焼いてくれるだろう。俺は安心して夜の町へと歩き出すのだった。




