創世神話
昨日出来なかった買い物をするためにまずは商業区で一番大きい商店”ディコル商店”にやってきた。ディコル商店は北の大通りに面したお店で豪華な内装が特徴的。武器・防具・薬・雑貨と様々な高級商品を扱っている。今の俺達が行くような店ではないが参考にと思って寄ったのだ。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか?」
入店して直ぐに男性の店員が声を掛けてきた。誠実そうな好青年だ。
「武器と防具を見せてもらいたい」
「かしこまりました。ではこちらへ」
店員の案内で奥に進む。案内されたのは武器の売り場だった。装飾の施された高そうな武器がガラスケースに飾られている。壁にも展示された武器もどこか華美な印象を受ける。
「武器は何を?」
「メイスだ。後は剣も見せてもらいたい」
「ではこちらはいかがでしょうか」
店員が売り込みを始めた。
「酷いお店でしたね」
「ああ、あれはないな」
30分後、俺と彩音はディコル商店への怒りをあらわにしていた。
あの店では武器だけを見て出てきたが、その武器の酷さと言ったら言葉もでない。綺麗な装飾を施された武器は一見凄そうなのだが、使うときのことを一切考えずに作られたようだった。店員に実用的なものを持ってきてもらってもやはり飾りのせいで脆くなっているのだ。
それだけなら金持ち向けの店で済むのだが、そうではなかった。
店員の案内を途中で断って自由に売り場を見るといくつか使えそうな武器があった。が、よく見るとどれも誰かが使用した痕跡があったのだ。
ディコル商店を利用することは二度とないだろうな。犯罪のにおいもするし。
というわけで次の店だ。
次は東の大通り沿いの店で、ゲームのときにいった武器屋と防具屋だ。
「へい、らっしゃい!! 何が欲しいんだ?」
武器屋の店員は体格の良いおっさんだ。白いシャツに下は7部の革パン、頭に鉢巻を巻いている。
見ただけじゃ細かい武器の性能はわからないんだよな。ここはあの店員に見繕ってもらおう。
「この子のメイスが欲しいんだが。どれがいいか教えてくれないか?」
「おう、任せろ!!」
「よろしくお願いします」
彩音が店員に連れられていった。
「私達はどうしましょうか?」
「俺はいろいろ見て回るけど、シホちゃんも杖のコーナーを見てくればいいんじゃないか? 今より良い杖が見つかるかもしれない」
「……そうですね。そうさせてもらいます」
シホちゃんも杖の売り場に向かった。俺も移動しよう。
現在俺が使えるのが格闘と剣術、持っている武器は剣だけだ。〈武人〉のジョブ特性を考えたら他の武器にも手を出しておきたいが、どの武器を選ぶべきだろうか。間合いを考えれば槍、威力重視の斧、対人戦を考慮して暗器代わりに短剣なんかも有りなんだよなぁ。
「何で槍なんて見てるんですか?」
「ん? あれ、買い物は終わったのか?」
「はい、終わりましたよ」
後ろから声を掛けてきた彩音に、買い物が終わるのが早いなと思ったが時計を見たら40分くらい経っていた。武器選びに集中しすぎたようだ。
「それで、何で槍なんて見てるんですか? 先輩って〈剣使い〉ですよね?」
「俺のジョブは〈剣使い〉じゃなくて〈武人〉だ。だから剣以外の武器も使えるようになっておきたいなと」
「そうだったんですか!? 私、てっきり春馬先輩のこと〈格闘家〉と〈剣使い〉なんて変なジョブ構成してる効率無視の人だと思ってました」
「効率無視は間違ってないな。俺のジョブ構成は〈武人〉〈魔術師〉〈クラウン〉だからな」
「〈クラウン〉ってピエロのことですか? ……ああっ! だからあの時ピエロの格好してたんですね」
「まあそうだな。あの服はルビーが俺のジョブを聞いて作ってくれたんだ。ちょっと派手で外には着ていけないけどな」
「へぇー、ルビーさんが。……そうだっ! 春馬先輩、よかったらこれ、使ってください」
彩音がメイスを差し出してきた。使った跡があるから新しく買った物ではなく最初に選べるビギナーメイスだ。
「いいのか?」
「店員の人に聞いたら買い取れないって言われたんで、捨てるくらいなら春馬先輩に使ってもらいたいです」
「ありがとう」
そうか、初期武器は買い取れないのか。それならあいつらに――
「センパイさん!! 私のもどうぞ!!」
「し、シホちゃん。……ありがとう」
振り向くとシホちゃんが杖を差し出していた。
いったいいつの間に近くにいたんだ。まあ、ありがたく使わせてもらうが。
「シホちゃんは何か買った?」
「今の杖に慣れてきたので、しばらくは買い換えなくてもいいかなって」
「そっか、彩音は他に見たいものは?」
「私もないですよ」
「それじゃあ、防具を見に行こうか」
「まいどありぃ」
俺達は武器屋を出て隣の防具屋へ入った。
「へい、らっしゃい!! 何が欲しいんだ?」
防具屋にさっきのおっさんが立っていた。
「あれ? 武器屋の店員?」
「ははは、武器屋のは兄だぞ」
「……そうなのか。兄弟にしても似すぎだと思うが」
「そりゃそうさ。俺と武器屋の店主と更に隣の道具屋の店主は三つ子だからな」
隣に道具屋があるのかー。
あと、武器屋のおっさんは店主だったんだな。よく考えれば個人で経営できる規模のお店だもんな。
「で? 何を買いに来たんだ?」
「この子の防具だ。適当に見繕ってくれ」
「おう、任せろ!!」
受け答えまでそっくりだな。これがあと1人いるのか……ちょっと暑苦しいな。
彩音を連れ立っていった店主の背中に、3人のおっさんに囲まれるところを想像してしまった。
「俺達も何か探そうか……」
「そうですね……」
ここは防具屋だが実戦用の防具だけでなく服も置いてあった。現代風ではないが割とお洒落なものも多い。俺は実用性重視の地味な見た目の服しか選んでいないが。
「どうでしょうか、センパイさん?」
「うん、似合ってるけど……もっと可愛いヤツじゃなくていいのか?」
「可愛い服は狩りには着ていけませんから」
地味目なものばかり選んでる俺が言うことじゃないか。
「シホお待たせ。春馬先輩も」
「アーヤちゃん、見た目あんまり変わってないね」
戻ってきた彩音は皮製の鎧を着ていた。今までの装備していた鎧との違いはその色くらいだ。前のは明るい茶色、新しいのは深めの緑。
「2人は何してたんですか?」
「服を買っていた。彩音も何着か買っておけ」
「一緒に選んであげる」
2人から離れて歩いているとフードつきのローブが売っていた。シホちゃんが装備してるローブのような厚さはなく、生地もてかてかしている。
「店主、これは?」
「雨よけのローブだ。水を弾く生地をつかってる」
この世界の雨具か。これも人数分買っておこう。
「まいどありぃ」
武器屋と同じ挨拶に見送られ店を後にする。
とりあえずこれで買い物は終わりだ。お金も16000B程残っているので3人で5000Bずつに分け、残りは共有財産として別で預かった。
「次はどこに行きますか?」
「買い物は済んだから今度こそ情報収集だ。が、少し行きたい所があるから先に図書館に行っててくれるか?」
「図書館かー、私本苦手なんですよね」
「それなら掲示板を当たるか? シホちゃんと協力すれば情報も集めやすいだろうし」
お互いに気になったことを重点的に調べれば、適当にいろいろ調べるよりいいだろう。
「そうしようかな。それで、春馬先輩はどこに行くんですか?」
「昨日商業区の外れに教会があっただろ。ああいった所にも情報は有りそうだからな。後はアロー達に顔見せてくるかも」
「1人で行くんですか?」
「複数で行っても時間の無駄だろ」
「……むー……」
シホちゃんやなぜ唇を尖らせているのかね?昼間だし女の子2人でも危ないことはないと思うが。
まさか寂しいとかか? そんな風に感じてくれてるならうれしい……が、それはないだろうな。
「それじゃあ図書館で待ってますね。ほらシホ、行こっ」
「遅くなるようならコールするからなー!!」
彩音に腕を掴まれて引っ張られていくシホちゃん。出会ってそんなに経ってないからはっきりとはいえないが、最近少し様子がおかしいよな。
「そこの教会の関係者ですか?」
「そうですが、何か御用でしょうか?」
教会の近くまでやってきた。周りに小さな畑が有り子供達が野菜を育てている。教会の隣には木造のおんぼろな建物があった。
「俺達は女神エラドによってこの世界にやって来たプレイヤーです。いろいろ話を伺いたいのですが」
話しかけたのはゲームに出てくる神父のような服を着た初老の男性だ。ひげは無く白髪をオールバックにしている。
「あなた達がエラド様の。聞きたいことは何でも聞いてください」
俺が女神や邪神について神父に尋ね、神父は教会に伝わる神話を話してくれた。
始めに女神エラド様がこの世界に現れた。
エラド様は何もない世界に広い大地を生み出した。
エラド様は大地の上に種をまいた。
種は大地の栄養を吸って育ち、芽吹くと様々な生き物になった。
しかし、栄養を吸われた大地は次第に荒れていった。
次に邪神がこの世界に現れた。
邪神は生き物達に種をまいた。
種は生き物達の栄養を吸って育ち、芽吹くと魔物となった。
栄養を吸われた生き物達は痩せ細り死んでいった。
エラド様は邪神を封印した。
エラド様は空に浮かぶ大地を生み出しそこに生き物達を住まわせた。
違和感だらけの神話だった。
まずは気になるのは大地が荒れたのが女神のせいだということだ。こういった神話の場合、神がミスをすることは少ない。邪神なんて悪役がいるならなおさらだろう。
次に邪神、一体どこから現れたのか?女神が突然現れるのはそこから神話が始まったと考えると問題は無いと思うのだが、邪神はおかしい。生まれたという表現ならわからない事も無いんだが。
他には女神と邪神が行ったことが似ていること、邪神の封印が簡単すぎること、根本的には解決していないこと等おかしなことが多すぎる。
「教会に残っている神話はこれだけです」
「そうですか。……そういえばあの子供達はもしかして」
俺は畑にいる子供達を見てそう言った。
「ええ、孤児です。魔物のせいで親を失った子共たちが主ですね」
「それじゃああの建物は孤児院なんですね」
「恥ずかしながら。あの子達にももう少し良い暮らしをさせてあげたいのですが」
「少しでよければ寄付しますよ」
「ありがとうございます」
俺が100Bを背負い袋から取り出して神父に渡そうとしたら、目の前にウィンドウが現れた。内容はプレイヤーキラー略してPK、の顔写真つきの情報だった。
名 前:久瀬 大地
性 別:男
年 齢:17
ジョブ:〈魔物使い〉〈酪農家〉〈料理人〉
スキル:使役 解体 酪農 調理
備 考:従魔有り
PKの顔つきは凶悪だった。あの顔つきだと街中で見かけたら出来る限り避けようとするだろう。気の弱い人だと声を掛けられただけで泣いてしまうかも知れない。
とうとうPKが出たか、マトバはどう対応するんだろう? 丁度コールしようと思っていたし、ついでに聞いてみるか。
「すいません、急用が出来ました。これで失礼します」
「わかりました。あなたにも女神の祝福を」
神父にお金を押し付けその場を去る。図書館に向けて歩きながらマトバへコールした。
『もしもし、どうしました、センパイ君?』
「マトバ今大丈夫か?」
『この後マウント君達と会うので少しなら』
「マウント達と? 今のPKの件か」
『そうです。我々だけで対処できるかわかりませんから』
「そうか。ならまだどう動くかは決まってないってことだな」
『ええ』
「わかった。手が必要なら言ってくれ、直ぐに駆けつけるから」
『そのときは連絡しますよ』
「それともう一つ、マトバは初期武器にもらった槍ってどうした?」
『それならまだ取ってありますよ。買い取りは不可のようですが何かに使えるかもしれませんから』
「もしよかったらその槍譲ってくれないか?」
『別にかまいませんが……なるほど、センパイ君は〈武人〉でしたね』
「その通りだ」
『それならアロー君にも話してみましょう。彼も初期の短剣をまだ捨てていないはずですから』
「ん? 俺から連絡しようと思ってたんだが?」
『さっき言った話し合いにアロー君も来るんですよ。センパイ君は宿は取れましたか?』
「北門近くの馬のひづめ亭に部屋を取ってある」
『でしたらそこに届けさせましょう。しばらく直接会う時間が取れるかわかりませんから』
「そうしてもらえると助かる」
『……わかりました。センパイ君、もう時間のようですので今日のところはこれで』
「ああ、気をつけろよマトバ」
さすがマトバ、対応が早いな。マウントやアローも頑張ってるようだ。
もしかしたらと頼んだ武器の件も快く譲ってもらえた。これで俺の所持する武器はまだ確定で無いアローの短剣も入れて6種。短剣、剣、メイス、杖、槍、投げナイフと間合いは近距離から遠距離まで攻撃方法も斬打突とそろってきた。他に必要なのは中距離の斬る系統の武器と魔法だけだな。
図書館へと向かっていると中央広場に沢山の人が集まっていた。通り抜けられそうに無かったので商業区を通って行政区に入った。
ばっしゃあー。
桶の片付けにも慣れてきたな。
あの後は図書館で調べ物をしたが蔵書の量が多くはかどらなかった。図書館への慣れと具体的に何を調べるかが決まらないと駄目だろうな。
マトバに頼んだ武器は宿に戻った時には届いていた。届けさせるといっていたのでギルドのメンバーあたりに頼んだのかもしれない。きちんと短剣も入っていたのでアローにはコールで礼を言っておいた。
PKに関する会議はまだ決着がついていないらしい。先に事情を調べる派と直ぐに捕まえる派に別れているようだ。俺に出来ることはまだ無い。
「せ、センパイさんっ」
「!?」
考え事の最中だったのでびっくりした。わざわざ裏庭まで来て何の用だろうか?
振り返るとシホちゃんは緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「わざわざどうした? 話だったら部屋で聞く……」
「あのっ、罰ゲームってまだ有効ですか?」
罰ゲーム? ……ああ、模擬戦のときのか。
「もちろん、内容は決まったのか?」
「は、はいっ。あっ、その前に明後日はセンパイさんは何をしてすごすんですかっ?」
明後日は……休みにした日か。
「何をするかは特に決めてないな」
「だっ、だったら、私と……あの……その……」
「シホちゃん? 落ち着いて」
「ででで、デートしてくださいっ」
……でーと? デートってあの仲の良い男女が2人で遊びながらイチャイチャするやつ? なんで? シホちゃん俺のこと好きなの? それともドッキリ?
「あ、あの……、やっぱり駄目でしょうか?」
「いいよ」
シホちゃんがウルウルした瞳で見上げてくる。もともと守ってあげたくなる系の美少女にそんな目で見つめられたら断ることなんて出来ない。そもそも断る気はないんだが。
「それじゃあ明後日の正午に広場の噴水でまってます」
シホちゃんが走り去ってからしばらくの間、俺は呆然と立ち尽くしていた。婆さんが声をかけなきゃそのまま一夜を過ごしていたかもしれない。
部屋に戻るとシホちゃんは既にベッドの中にいた。
まだ起きていた彩音からシホちゃんの様子がおかしいと相談されたが適当にごまかして俺もベッドへ。そして気づいたら朝だった。
ご意見ご感想待ってます。切に待ってます。




