7日前 パーティー
気づいたときには草原にいた。
周りを見渡すと同じような格好をした人がたくさんいて、遠くには人口の石壁、その反対側には同じくらいの距離に森が見える。
ここがスタート地点で、あの石壁が最初の町だろう。
「初鳥先輩・・・・・・、ですよね?」
町のほうへ歩き出そうとしたところで、横から声をかけられる。
そっちのほうに顔を向けると少し背の高くなった矢野と似た容姿の男がいた。
「背が伸びてるけど矢野か?」
「はい、矢野です。でもここではアローって呼んでください。」
「アローか。そういえばどんな名前にするか聞いてなかったな。」
「ええ、僕もさっき気がついたんですよ。それで、ここなら確実に出会えると思って探してたんです。で、先輩はなんて名前にしたんですか?」
「センパイだ。」
「名前がセンパイって、・・・・・・そのまんまですね。」
「わかりやすくていいだろ? ・・・・・・そういえば、他の面子とは合流できたのか?」
「他のみんなとは連絡をとって、町で合流することになってます」
「そうか。だったらさっさと町に行くか」
そういって矢野と共に町へ向かった。
「ようこそ! 始まりの町、エニフへ。ここはエニフ、北の門です」
町の入り口に立つ門番の男性がいきなり声をかけてきた。
この町はエニフって言うのか、覚えておこう。
「ご苦労様です」
頭を下げようとする俺を、矢野が手で制した。
「センパイ。NPCはまだAIが搭載されてないので、返事したりすると他のプレイヤーに馬鹿にされちゃいますよ」
確かに門番の男性を見ると時間が止まっているかのように瞬き一つせず立っていた。
プレイヤーに挨拶するときだけ、生きてるかのように振舞うようプログラミングされているらしい。
「わかった、気をつけよう。・・・・・・で? 的場さんたちはどこにいるんだ?」
「町の中で僕達を待ってるはずです」
そういって矢野は俺の前を歩き始めた。
北の門から続く大きな通りを真っ直ぐ進むと広場があった。広場の中心には噴水があり、そこから少し離れて植え込みやベンチが設置されている。
広場に面した建物は店か、公共の施設のようだ。
また、ここから東西南北に大通りが敷かれ、各方角同じくらいの距離に町の外へ続く門が見える。
さしずめここは中央広場といったところだろう。
「ここです」
そういって矢野が入っていったのは、中央広場に面した1軒の店だ。入り口の上にある看板にジョッキの絵が描いてあるので、酒場なのだろう。
俺も、矢野の後に続く。
「いらっしゃい。今日は酒か? それとも依頼か?」
声をかけてくる店主を無視し店内を見回す矢野。人が少なく落ち着いた雰囲気の店内で、唯一騒がしいテーブルがあった。
「おう、アロー!! こっちだ」
矢野に声をかけたのはがっしりとした体格の男だ。店内が薄暗いためはっきりとは見えないが、ほかに2人が同じテーブルにいるようだ。
矢野と一緒にテーブルに向かう。
「ごめんごめん、まった?」
矢野が先ほど声をかけた男に話しかける。男をよく見ると顔が少し整っているが後輩の山本 隆に似ている、って言うか本人だろう。
「いつの間にか整形したみたいだな、山本」
「あ! 初鳥先輩、お疲れ様っす」
ゲームでその挨拶はどうなんだろうか?
「会社じゃないんだから、その挨拶はどうなのよ?」
「別にいいだろ。くせみたいなもんだよ」
山本に思ったまんまのツッコミを入れているのは、会社のときと変わらない派手なメイクの澤田 紅美だった。
「澤田さんはそのまんまだな」
「やだぁ、先輩ぃ。あたしのことはルビーって呼んでくださぁい」
鼻につくしゃべり方でそんなことを言う澤田さん。
男に媚びている様な喋り方のせいで軽い女性に見えるが、実は幼馴染である山本に一途で、18のときに付き合い始めてから6年間交際が続いているそうだ。
「はいはい。それじゃあ、そこにいるのが・・・・・・」
「お久しぶりです、初鳥君。竹芝商事の的場です」
立ち上がって手を差し出した男性が、取引先である竹芝商事の的場さんだ。
その見た目は、なぜか現実よりも老けていた。
「その・・・・・・、現実より老けてますよね?」
「その通りです。実は、引退した騎士って感じのキャラをやりたいなと思いまして」
「さすが、マトバさん。その発想が格好いいっす」
山本が的場さんに感動していた。
キャラ作りのためにあえて自分の容姿を老けさせた的場さんと、その逆に何も考えずイケメンにしてしまったらしい山本。
対比してみると確かに的場さんのほうがこだわりがある分ゲーマーとして格好いいな。
「そうだ、初鳥君。ボクのことはマトバと呼び捨てにしてください。あと、敬語もだめですよ。ボクの方が年上とはいえ、立場はそう変わらないわけですし。みんな敬語だと、会社のことをおもいだしてしまいそうですから」
「かまい――」
「初鳥君?」
「あー、・・・・・・かまわないぞ、マトバ。俺のことはセンパイと呼んでくれ」
「センパイですか、ファンタジーに似合いませんねぇ」
分かりやすさだけで決めた名前なだけに、少し申し訳ない気持ちになる。
「それなら、理由があってセンパイって呼んでるってことにしたらどうっすか? あっ、俺のことはマウントって呼んでください、センパイ」
山本の言葉にマトバがぶつぶつと何かを考え始めた。こうなると的場さんはしばらく思考の旅から帰って来ない。
今のうちに全員の名前を確認しておくか。
「えーと、矢野がアロー。山本がマウント。澤田さんがルビーで。的場さんがマトバだな」
「はい」「問題ないっす」「そうでぇーす」
的場さん以外、全員が返事をしてくれた。的場さんはそのままの名前なので問題ないだろう。
これからは考えるときもゲームでの名前を使うようにしないとな。間違って本当の名前で呼んだら、現実を思い出して少し萎えてしまう。マトバなんかは本気で怒りそうだ。
「それじゃあ、マトバさんが考えている間にクエストを受けてしまいましょう。あ、先にパーティー勧誘とばしますね」
そういってアノーが空中で指を動かすと、俺の手元にウィンドウが現れる
『パーティー:老騎士 から参加申請が届きました
参加 不参加 』
参加のボタンを押すと、また新しいウィンドウが今度は視界の端に現れる。
『パーティー:老騎士
リーダー :マトバ
メンバー :マウント
ルビー
アロー
センパイ 』
パーティー用のウィンドウか、・・・・・・邪魔になりそうだな。そう思ったので、ウィンドウを操作して消す。
「これでセンパイも[老騎士]の一員です。それではクエストを選びましょうか」
「ああ、・・・・・・クエストってどこで受けるんだ?」
「この酒場です。他の酒場でも受けることは出来ますが、戦闘に関するクエストは広場にある酒場が一番充実しているんです」
話によると、酒場のある場所によって受けられるクエストに偏りがあるとのこと。工房が多くある地区では生産系のクエストが、居住区なら雑用系のクエストがおおいそうだ。
クエストは壁に設置されたコルクのボードに詳細がかかれた羊皮紙がはってあり、その羊皮紙をカウンターに持っていくことで受けられるみたいだ。
俺達はいくつかのクエストの中から1枚の羊皮紙をを選んだ。
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オオウサギ退治
農地を荒らすオオウサギを狩って下さい。
目標:オオウサギ5匹×人数
報酬:200B×人数
期限:3日
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「この依頼でいいか?」
羊皮紙をもってカウンターに行くと、マスターの一言と共に先ほどと同じようなウィンドウが現れたのでハイを選ぶ。
これからも選択肢はこうやって選ぶのかな?
「気をつけろよ」
これも決められた台詞なのだろう、AIがないとなんだか寂しい感じがするな。
「そういえば、AIの実装はされないのか?」
ほかのVRMMOでも、容量の問題から未だに高性能なAIを導入出来ていない。導入されていても性能が低いものになるため、逆に違和感を感じる出来になっていた。
「それがですねセンパイ。来週の日曜日の公式イベントで、高性能AIが実装されるという噂があるんです」
「あ、それ。ボクも聞きましたよ。理由はわかりませんが、信じている人が多いんですよね」
1週間後か。それまではNPCとファンタジーっぽい会話なんかを楽しめないとはつまらない。
まあたった1週間だ。それぐらいならすぐに経つだろう。
「あぁ! マトバさんやっと現実に帰ってきたぁ。」
「マトバさん、センパイの呼称について折り合いはついたんっすか?」
「ええ、これからはセンパイ君と呼ばせてもらいます。いいですか、初鳥君?」
「かまいませんが・・・・・・」
「では、これからはセンパイ君と呼びましょう。それから、敬語に戻ってますから気をつけて下さいね」
「わかり――わかった」
ルビーによってAIの話は終わってしまった。まあ、今は初戦闘のほうが重要だし別にいいか。
普段敬語で喋っている相手に、ため口で話すのがこんなに大変だとは思わなかったな。ついつい、敬語がでてしまう。
俺に対してマトバが敬語なのはちょっとズルイ気もするが、そういうキャラ設定なのだろうし、そもそも普段から誰に対しても敬語で喋る人だからな。
クエスト受注も無事に済んだので、俺達[老騎士]は南門から平原へと向かった。