魔術
間が空いてすみません。
次は早めに更新できるように頑張ります。
はー食べた食べた、腹いっぱいだ。リザードの肉は思ったよりも食べ応えがあったな。
シホちゃんもアーヤちゃんもまだ食べてる最中だが、アーヤちゃんに比べてシホちゃんは食べるのが遅く、6つで出てきたサンドイッチがまだ3つ残っている。
待っている時間ももったいないし、先に体を洗ってこようか。
「俺、先に体洗ってくるから、2人ともゆっくり食べてて」
「食べるの遅くてすいません……」
「わかりました」
それじゃあ、馬のひづめ亭に戻りますか。
「おや、1人かい? さては愛想でもつかされたね」
「違う、体を洗うために先に戻っただけだ。婆さんお湯を頼む」
「なんだい、冗談に付き合ってもくれないのかい。面白くないねぇ」
やれやれといった感じで大げさに首を振る婆さんが俺に直径1m以上ある大きな桶を渡してくる。受け取って中を見てもお湯は入っていない。
「おい、婆さん。この桶、空だぞ」
「わかってるよ。とりあえずそれを部屋に運びな」
婆さんに指示されたとおり桶を二階の部屋まで持っていき床に置いた。婆さんが桶の側に立ち手を桶に向けた。
「火に暖められし水よ、桶を満たせ。ホットウォーター」
婆さんが呪文を唱えると桶に水が湧き出て湯気を上げた。これは魔法を使ったんだろうか。
「婆さん、今のは魔法か?」
「こんな複雑で呪文の短い魔法があってたまるかい。これは魔術だよ」
魔術? 魔法的な力は魔法だけじゃないのか?
「第一、魔法ってのは子供がスキルレベルを上げるために使ういわば練習みたいなもんさ。この歳になってまで使うかい」
この世界の住人にもスキルはあるのか。だったらジョブもあるんだろうな。
そっか、魔法使いのジョブを持っている子供は魔法を使ってスキルを上げるのか。
「婆さんは《炎術士》と《水術士》のジョブ持ちなのか」
「何を言ってるんだい。あたしはそんな物騒なジョブ持っちゃいないよ」
「だが炎魔法と水魔法のスキルを持ってるんだろう?」
「ジョブがなくてもスキルぐらい覚えるよ。じゃなかったらどうして子供に魔法なんて使わせるんだい」
「魔法関係のジョブを持ってるからだろ?」
「生まれた子供が皆そんなジョブを持ってたら、邪神倒すのに異世界の人間なんて呼ばないだろうよ」
「……それもそうだな」
「最近の若いのは常識が――と、そういえばあんた達はべつの世界から来たんだったね。そりゃこの世界の常識なんてあるわけないか。すまなかったね、あんたらも急に連れて来られて大変だってのに」
「いや、かまわない。それより、よかったら魔術の使い方を教えてくれないか?」
「教えてやってもいいが、その前に体を洗いな。いいかげん湯が冷めちまうよ」
桶を見れば湯気は消えていた。どうやら長い時間、話し込んでしまったようだ。
「後で下に来な。簡単なことだけだけど、魔術について教えるよ」
「ああ、ありがとう」
婆さんが部屋を出て行く。さっさと風呂に入って魔術について教えてもらうとしよう。
服を全て脱いで裸になり湯に浸かる。案の定温くなっているが冷たいというほどではなかった。
お湯で濡らしたタオルで体を拭いていく。風呂には負けるが、濡れたタオルで体を拭くだけでもさっぱりとするもんだ。
しっかりと全身を拭いた後、最後に固く絞ったタオルで濡れた体を拭いていると、目の前の扉がガチャリと開いた。まずい、婆さんが出た後、鍵を閉めるのを忘れていた。婆さんもなぜ止めなかったんだ?
「センパイさん、遅いから戻って――」
シホちゃんが俺の方を見て固まってしまった。俺はこの状況に対してどうしたらいいのだろうか。とりあえず手に持ってるタオルを腰に巻いておこう。
「ちょっとシホ、待ってよ!」
「いやぁぁぁぁぁ!」
シホちゃんが叫び声を上げる。その声で正気に戻り、慌てて後ろを向いてしゃがみこむ。
「どうしたのっ!? シホ!!」
「アーヤちゃん! 悪いんだけど部屋の中見ないでシホちゃん連れてって! 俺まだ裸なんだ」
「はっ、はい!」
アーヤちゃんがシホちゃんの手を引いて部屋から連れ出してくれた。急いで着替えないと。
「センパイさん、何か言う事はありますか?」
「すみませんでした」
声も出さずに泣いているシホちゃんの前で土下座をする俺。その横にいるアーヤちゃんに虫を見る目を向けられながら説教されていた。少しだけ仕事を思い出したが、今はそれどころではない。
「で? なんで鍵が空いていたんですか? まさかこうなることを狙って……」
「それはない! 婆さんが出てった時に閉め忘れただけだ!」
「なんでお婆さんが出てくるんですか? お婆さんなら下で他のお客さんの相手してましたよ」
それじゃ婆さんには止められないか。なんにせよ俺の不注意が原因だ、シホちゃんに謝る以外に俺に出来ることはない。
「シホちゃん、その……ごめん」
「いえ……、私も、ノックしなかった、ですし……」
「いや、シホちゃんは悪くないよ。全面的に俺の責任だ」
「全くです!」
「アーヤ、ちゃん。んん、センパイさんだけのせいじゃないよ。だからあまりセンパイさんを責めないで」
「シホ……」
シホちゃんは涙をぬぐって、無理やり作った笑顔で俺を庇ってくれた。これじゃあ怒られるよりもつらいな。
「本当にすまなかった! お詫びになることならなんだってするから、許して欲しい!!」
「そんなに謝らないでください、センパイさん。気にしてませんから。だからアーヤちゃんも許してあげて」
「……わかった。シホが怒ってないのに私が怒ってもしょうがないしね」
「ありがとう、アーヤちゃん。それじゃあ、私たちも体綺麗にしたいので、出ててもらっていいですか?」
「わかった。それじゃあ婆さんに言ってお湯を代えてもらおうか」
俺は部屋を出て婆さんにお湯の交換を頼んだ。婆さんの指示で桶のお湯を宿の裏庭に捨ててから、さっきと同じように魔術でお湯の補充をしてもらった。
アーヤちゃんはこのときに、俺の弁解が出鱈目ではなかったと気づいて謝ってくれた。
「婆さん。早速魔術について教えてくれ」
「わかってるよ」
しばらくの間部屋には入れないので、時間つぶしがてら婆さんに話を聞きに来た。
「とはいっても、そう難しいことじゃないんだけどね。魔術を使うにはまずスキルを10まで上げる必要がある」
「属性ごとにか」
「そうさ。魔法スキルを10まで上げると魔術のテクニックを習得するのさ」
「テクニックってのは?」
「スキルが一定以上になるか特殊な条件で覚えるものさ。スキルの前にある三角形のマークに触れれば見れるはずだよ」
婆さんが言ってるテクニックってのはプレイヤーの間で技と呼ばれてるやつのことか。
「話を進めるよ。魔術を習得した後は簡単さ。まず、どんな魔術を使いたいかを想像する。もしその魔術が使えるなら呪文が頭に浮かんでくるから、後はそれを唱えれば魔術は発動する」
「使えない場合はどうなるんだ?」
「何も起きないよ。呪文が浮かんでこないだけさ」
「使えるか使えないかは何で変わるんだ?」
「能力値とスキル、後は装備が関係してるって言われてるよ」
魔術について大体わかったな。これは早めにお金をためて全属性の魔法を覚えたほうがよさそうだ。
「あと他人の魔術を使おうなんて考えるでないよ。ほとんどの場合、魔術が暴走しちまうからね」
「暴走するとどうなるんだ?」
「さっきから質問ばっかだね、まあしょうがないんだが。……魔術が暴走すると使用者の意図していない場所に意図していない威力で魔術が発動しちまう」
意図してない場所に意図してない威力で、か……それなら。
「敵のいる場所にいつもより高い威力で魔術が発動することもありえるのか?」
「ありえないことはない。ただ、自身のMPを超える威力だった時に使用者は意識を失って長いこと目覚めなくなる。短くて1週間、長いと年単位だね」
1人でいるときの切り札になるかと思ったが、そううまくはいかないか。年単位で寝込んだら、起きた時には邪神との戦いが終わっていることになる。
「ほとんどの場合って事は暴走しないこともあるのか?」
「あるよ。原因はわからないけどね」
割と曖昧な部分が多いな、調べれば何かわかるだろうか?
「他に聞いておくべきことはあるか?」
「あたしが知ってることは大体教えたよ」
「そうか。今聞いたこと他のプレイヤーに伝えても問題ないか?」
「プレイヤー? ……ああ、あんたらみたいな奴らのことかい。だったらこっちからお願いするよ、何も知らずに魔術を暴走させられたりしたら、迷惑にもほどがあるからね」
許可ももらったし魔術についてはあとでまとめて掲示板に書き込もう。
「他にも聞きたいことがあるんだがいいか?」
「ほんとに聞いてばっかだね。まあいい、なんだい」
「この世界の……」
「センパイさーん!も う入って大丈夫ですよー!」
今のはシホちゃんの声か、どうやら湯浴みは終わったらしい。
「あんたの連れが呼んでるよ、部屋に戻んな」
「だが聞きたいことが……」
「また時間のある時に応えてやるさ。夜も大分深けた、今日はもう寝な」
時刻を確認すると21時を過ぎていた。日本だったら寝るにはまだ早い時間だがテレビやネットのないこの世界ではもう寝る時間なのだろう。
「わかった、おやすみ婆さん」
「しっかり寝な。それと桶は水捨てて裏庭に置いといておくれ」
婆さんの言葉を背中越しに聞きながら、俺は部屋へと続く階段を昇った。
あの後、婆さんに言われたとおりに桶を片付けた。
湯浴みをしたばかりの2人が髪が乾くまで横にならないと言うので、先ほど婆さんから聞いた魔術についての話をしてあげた。
「なんか危なそうですね、魔術って」
「そうだね。だから掲示板を使って他のプレイヤー達に広めようと思ってる」
「そうですね。それがいいと思います」
「だったら私が書き込みます」
アーヤちゃんが手まで上げて自分が書き込むと言ってきた。でも、わざわざ頼むことでもないんだよな。
「俺が書き込むから大丈夫だよ」
「やらせて欲しいんです」
なんだろう。すごいやる気だ。
「何でそんなにやりたがってるか不思議だけど、そんなにやる気があるならアーヤちゃんに任せるよ」
そう言ってあげると、アーヤちゃんは小さくガッツポーズをした。
「それじゃ、今日はもう寝ようか」
部屋にはベッドが2つしかないので、アーヤちゃんとシホちゃんで1つのベッドを使うことになった。
「ごめんね。もう一部屋借りられたら、そんな狭い思いさせなくてよかったんだけど……」
「いいんですよ、センパイさん。……今日は1人で寝れそうになかったですし……」
後半は大分小声だったが聞き取ることはできた。何が言いたかったのかはわからないけど、この方がよかったと言うのなら怪我の功名とでも思っておこう。
「2人とも、おやすみ」
「おやすみなさいセンパイさん」
「おやすみ、センパイさん」
ふと、目が覚めた。どれくらい寝たのかわからないが、窓の外はまだ暗い。まだ朝ではないようだ。
寝なおそうと布団をかぶろうとした時に微かに声が聞こえた。動きを止めて耳を澄ますと、聞こえてきたのは女の子の泣き声のようだった。
この声は……アーヤちゃんかな。
「……お父さん……お母さん……会いたいよ……」
アーヤちゃんは平気そうに見えたけど我慢させてしまったようだ。鼻をすする音が2つ聞こえるから多分シホちゃんも泣いているんだろう。
今のところ自分達の世界に帰れる保障はどこにもない。女神の言っていたとおり邪神を倒せば元の世界に帰れるとは思うが、それについては女神は何も言ってないのだ。
彼女達だけでなく他のプレイヤーもきっと小さくない不安を抱いているだろう。その不安を解消してあげたいとは思うが、どうにかする方法なんてあるんだろうか。
……思いつかないことをいつまで考えていてもしょうがない。寝よう。
エロハプニング書いてみました。
苦情、待ってますw