金欠
外で着替えるわけにも行かないので服のことは一旦忘れることにした。
酒場に戻った俺達はテーブル席ではなくカウンター席に座った。まずはマスターに話を聞こう。
「いらっしゃい、注文は?」
俺の所持金は400B。いつ使うことになるかわからないから出来るだけ取っておきたい。
「飲みに来たんじゃないんだ。少し話を聞きたい」
「おいおい、何も注文せずに話しだけ聞こうってのかい?」
そうなるだろうな。こっちの事情を正直に言ったら、この世界の一般的な情報を教えてもらえないだろうか。
「信じちゃくれないかもしれないが別の世界から来たばかりでね。持ち合わせがあまりないんだ」
「ああ、あんたらがエラド様の言ってた邪神を倒すものってやつか」
エラドってのは女神の名前だったか……。たしか本人がそう名乗っていたはずだ。
「そうだ――と思う。ところで俺達についてどこで知ったんだ? 有名な話なのか?」
「どこって、エラド様から聞いたのさ」
「女神様と話が出来るんですか!?」
「うおっ!? 急に大声出したらびっくりするじゃないか」
それまで黙っていたシホちゃんが急に大きな声を上げた。まあ驚く気持ちもわからないでもない。俺達の世界じゃ、神様と会話出来るなんてインチキ霊能者でもあまり言わないだろう。
だが、もし神様と会話出来るのなら元の世界に戻してもらえるように頼むことは出来ないだろうか。
「で、どうなんだ? 神様と話せるのか?」
「そうじゃねぇよ。年に一回、お告げがあるのさ」
「お告げですか?」
「おう。いつって決まってるわけじゃねぇから急に目の前にウィンドウが現れて、そのウィンドウ越しにエラド様のお告げを聞くのさ。あんたらの事を聞いたのが去年の丁度今日だな」
「そうか……。他にもいろいろ聞きたいんだが大丈夫か?」
「エラド様が呼んだってんなら協力しないわけにはいかねぇな。いいぜ、何でも聞いてくれ」
それからマスターにいろいろなことを聞いた。
この世界の名前はヴァスティタ。ヴァスティタの大地は荒れ果てて人がすめないといわれていて、俺達がいるここは空に浮いた島、名前をパラディス島と言うらしい。パラディス島の周りには海があり、海の水はそのまま下に流れ落ちている。そして、パラディス島の中心は巨大な円形の結界によって入れなくなっていてその中に邪神が封じられていると言われている。
パラディス島にはデシクオ、トリオス、リギトスという3つの国があり、ここエニフの町はデシクオ国に所属している。デシクオがパラディス島の東から南まで広がる平原を治め、トリオスは西の平原を治めている。リギトスはずっと北にある大森林とその東にある山を治めているエルフとドワーフの国だそうだ。デシクオとトリオスは北は大森林に南はこの町の西にあるエザブ山脈によって分断されており船でしか行き来が出来なくなっている。
暦は日本と一切変わりなく、1年365日で1週間は7日、1日は24時間だ。そして今日は8月1日、俺達プレイヤーから見ると10日ほど巻き戻っている。
マスターのおかげで知りたかったことが大体聞けたな。次は自分達の現状を詳しく確認するかな。そうと決まればまずは草原へむかおう。
「ありがとう、マスター。次に来た時は何か注文するよ」
「期待して待ってるぞ」
マスターに挨拶をして酒場を出ると、空は茜色に染まっていた。メニューから時間を確認したら既に18時を回っている。
「今日はここまでだな。泊まるところを探さないと」
「ホテルですか?」
「シホ、ここはファンタジーの世界よ。あるとしたら宿屋よ」
「そうだな。それにもしホテルがあったとして今の所持金で泊まれるかどうか……」
「そういえば私もお金そんなに持ってないです」
「とりあえずマスターに安い宿の場所を聞いてくる」
再度酒場に入りマスターに宿の場所を聞く。マスターに教えられた宿は北門の直ぐそばにある”馬のひづめ亭”と言う名前の宿だった。
マスターに教えられた宿まで向かう。途中に通った中央広場では泣き叫んでる人や怒鳴り散らしている人、ボーっとして動かない人など沢山のプレイヤーがいた。そういったプレイヤーを気にしないようにして、やっと宿屋の前まで来た。
マスターに紹介された”馬のひづめ亭”は木造二階建ての普通の宿だった。西部劇に出てくるようなスイングドアをあけて中に入る。
「いらっしゃい。何人だい?」
俺達を出迎えたのは背の曲がったばあさんだった。
「3人だ。1人部屋と2人部屋を1つづつ」
「残念だね。空いてるのは2人部屋1つだけだよ」
まいったな。さすがにシホちゃん達と同じ部屋に泊まるわけにはいかない。
「それじゃあ困る。女の子がいるんだ」
「そんな事言われてもないもんはないんだ。嫌なら泊まらなけりゃいい」
「それならばあさん。他の宿の場所を教えてくれないか?」
「宿なら東西南北それぞれの門の近くと中央広場に貴族用の高級ホテルがある。だけどきっとどこも満室だよ」
アーヤちゃんがシホちゃんにないって言ってたけど、ホテルあるのか。
そんなことよりどこも満室ってどうゆうことだ?何か祭りでもあったのか?
「どういうことだ、ばあさん?」
「簡単な話だよ。あんた等みたいなのが町に沢山現れてね、泊まるところを探したってわけだ」
俺らみたいなのって言うのはプレイヤーのことだろう。1万人近いはずのプレイヤーがいるはずなのに、ひと部屋とはいえよく空いていたな。……いや、あの広場の様子だとまだ事態を飲み込めていないプレイヤーも多いことだろう、そう考えれば不思議はない。
しかしどうしたものか、こうなったら2人だけ宿に泊まってもらって俺は野宿でもしようか。
「あの、センパイさん。私はいいですよ」
「……何が?」
「センパイさんと一緒の部屋でも大丈夫です」
「男女一緒の部屋なんて駄目だ。それにシホちゃんがよくてもアーヤちゃんが良くないだろう」
「え? 私はそうゆうの気にしないですよ」
いやいやいや、危機感なさすぎだろう。今の若い子は皆こんな感じなのか。
「センパイさんは私たちと一緒の部屋じゃ嫌ですか?」
「嫌とかじゃなく……」
「かっかっかっかっか。諦めな坊主。そっちのお譲ちゃん達の方が上手だよ」
これ以上の抵抗は無駄なようだ。仕方ない、諦めるか。
「わかった。その部屋を借りる」
「まいど。食事は隣の食堂で食いな。体を洗いたかったら桶、タオル、お湯をそれぞれ別料金で貸してるよ」
「風呂はないのか?」
「こんな宿にあるわけないだろ。で、どれをいくつ借りるんだい?」
「はぁ、桶が1つ、タオルは3人分だ。お湯の交換は――」
「もちろん、別だよ」
金が少ないってのに、なんてがめつい婆さんなんだ。
「センパイさん、お湯は2人分で大丈夫です。私とアーヤちゃんは同じお湯を使いますから」
「すまない、シホちゃん。婆さん、合わせていくらだ?」
「部屋代が500B、桶もろもろが合計100B。全部で600Bだよ」
「それなら1人200Bですね」
「いいのか? お湯1回分は俺が払うのが筋だと思うんだが……」
「そんな細かい額まで気にしたりしませんよ」
「私なんてセンパイさんにカンパしてもらったりしてますし」
2人の言葉に甘えてそれぞれ200Bずつ、600Bを婆さんに渡した。
「お湯はどうする? 後にするかい?」
「2人ともどうする?」
「先に食事にしましょう。私たちは先に食堂に行ってますから、センパイさんは部屋で着替えてきてください。その格好じゃ落ち着いてご飯食べれませんよ」
「ええ!? 着替えちゃうんですか!!」
残念そうなアーヤちゃんをシホちゃんが引っ張っていった。
「かっかっか。ホレ、部屋の鍵。部屋は二階上がって直ぐの部屋だよ」
婆さんから鍵を受け取って、1人部屋へ向かった。
部屋で着替えた後、シホちゃん達のいる食堂にやってきた。シホちゃん達のいるテーブルにはまだ料理はない、待っていてくれたようだ。
「お待たせ、先に食べててよかったのに」
「皆で食べたほうが美味しいですから」
アーヤちゃんが俺の顔をじっと見ていた。
「俺の顔に何かついてる?」
「いえ、センパイさんの素顔見るの初めてなので」
そういえばアーヤちゃんと会ってからはずっと仮面をつけてたんだった。
しかし、じっと見られていると訳もなくはずかしくなってくるな。
「そっか。でも俺の顔なんてみても面白くないでしょ?」
「思ってたより格好いいですよ」
「……格好いいなんて初めて言われたよ」
今まで胡散臭そうな顔とか意地悪そうな顔なんていわれた俺の顔を格好いいと思うなんて、ピエロ服の事といいやっぱりこの子の感性は少しずれているな。
「それじゃあご飯にしようか。メニューはないのか――すいませーん!」
ウェイトレスの子を呼んでメニューを聞き注文する。俺はトカゲの焼肉定食70B、シホちゃんは兎肉のサンドイッチ50B、アーヤちゃんがトカゲのテールシチュー120Bだ。
「食べながらでいいから聞いて欲しい。明日からの行動なんだけど、まずはお金稼ぎとアーヤちゃんの訓練をする」
「私の訓練?」
「そう、俺とシホちゃんは既に戦闘用のスキルが10を超えているからね。アーヤちゃんにも追いついてもらわないと」
「それはいいですけど、訓練ってどんなことするんですか?」
「状況によっては変わるけど、シホちゃんもやった訓練だから安心してくれていいよ」
「その間にシホちゃんにはオオウサギを狩ってもらいたい」
「私1人でですか?」
「そうだ、今のシホちゃんの実力ならオオウサギに負けることはないからな」
2人には言わないが、今の予定だと少し問題がある。今までどおりに稼げるかわからない事だ。後はシホちゃんにお金稼ぎを任せなければいけないことに申し訳なさを感じるってことだが、これは俺の気持ちの問題だ。これから2人を頼ることも増えてくるだろうから早めに折り合いをつけないとな。
「わかりました、頑張りますね」
「私も、訓練頑張ります」
その後は他愛もない話をしながら食事を楽しんだ。
トカゲ肉の焼肉は少し硬かったが悪くない味だった。