確認
遅くなりましたが、新章突入です。
光が収まった後、俺たちは変わらず酒場にいた。……いや、変わらずではないか。
酒場は先ほどよりも広くなっており少し薄暗い、そして何より飲み食いする人々がいた。よく見たらウェイトレスもいる。
「あ? どうして俺らの専用席にすわってるやつがいるんだ?」
俺の後ろからドスの効いた低い声が聞こえる。どうやら俺らのいる席が、その専用席らしい。
「おい!! どけって言ってんのがわかんねぇのか!!」
後ろから肩を掴まれた。自分達の置かれている状況すらわかってないのに厄介ごとなんてごめんだ。他に会いてる席もあるようだしそっちに移ろう。
そう考えて振り返ろうとしたが、マウントが椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。
「あぁ!? やんのかっ!!」
「上等だっ! 表に――」
「マウント! 少し落ち着け」
ケンカを買おうとするマウントを俺は手で制した。
「でもっ、センパイ」
「こっちには女の子もいるんだぞ! よく考えろ!」
「すいません」
マウントがゆっくりと着席するのを確認してから俺は立ち上がり振り返った。
「!?」
俺の顔を見てなぜか驚かれたが気にしないように余裕のある態度を心掛ける。
「申し訳ない。あなた達の席だと知らなかったんだ。直ぐに別の席に移るから許してもらいたい」
あまり威圧感を与えないよう丁寧に、けれど甘くも見られないように少し声を低くして話しかける。これで退いてくれれば助かるがそううまくはいかないだろうな。なんせあっちは声をかけてきた男以外に4人、ガタイのいいのがいる。
対してこちらにいるのは女の子が2人、女性が1人、男性が4人だが彼らに比べれば皆細い。対抗できるのはマウントくらいだ。
「あぁ? そんな謝り方で許してもらえると――」
「おい、やめとけよ」
「あんな妙な格好してる奴相手にケンカなんてしたくねぇよ」
「そうそう、移動してくれるってんだからそれでいいじゃねぇか」
なんかよくわかんないけど男のことを仲間達が止めている。今のうちにとっとと移動しよう。アローに視線で他の席へ移動するように指示する。アローは直ぐに気づいて皆を別の離れた席へと連れて行ってくれた。
「本当に申し訳なかったな。ではこれで」
相手が何か言おうとするのを無視してとっととアロー達のいるテーブルへ、あれ以上あそこにいたらややこしくなっていたに違いない。
「センパイ、ご苦労様でした」
「アローもありがとうな」
アローが皆を逃がしてくれなかったら俺も離れられなかったからな。それに、後から文句を言われないように、先ほどの席から離れたカウンターの近くの席へ移動してくれたのもナイスな判断だ。
「とりあえず、いろいろ確認してみましょう。些細なことでも変わったことや気になることがあったら報告してください」
今やるべきは現状の確認、マトバもそう考えているようだ。とりあえず身体に関しては今のところ違和感はない。後は外で模擬戦でもしながら確認しよう。
ということでまずはメニューを開く、メニューの変化は2つあった。1つは当然のようにログアウトの項目が消えていること。もう1つはその代わりのように掲示板の項目が増えていることだ。
続いてステータスを確認しよう。
ジョブ:〈武人〉11〈魔術士〉3 〈クラウン〉5
能力値:筋力・・・9
体力・・・10
器用・・・9
敏捷・・・7
魔力・・・4
精神・・・7
スキル:△格闘11 剣術6 △投擲4 純魔術1 運動1 △体捌き10 聴覚1
称 号:駆け出し 命の恩人
大分すっきりとしたなぁ。そういえば装備と所持品の部分は設定で消したんだった。
しかし、設定から装備と所持品の表示を戻すことは出来なかった。つまり名前・装備・所持品・所持金は表示できなくなったということだ。
後は……所持品か。ステータスでの確認が出来なくなったので背負い袋の中に何が入っていたのか細かく覚えているわけではないが、だからこそ今の時点で把握しておかないと後で困ることになってしまうだろう。
背負い袋を空け中を覗き込んでみるが真っ暗になっており何が入っているかは確認できない。--しょうがないか。
「今から俺の荷物をテーブルの上にあけるから注意してくれ」
そういってから俺はテーブルの上で背負い袋をひっくり返した。
出てきたのは剥ぎ取りナイフ、皮製の水筒、布製の袋1つ、毛皮4枚(その内3枚が白く1枚が黒かった)、大きな兎の尻尾3つ、肉の塊3つ、爪や牙らしきもの6つ、黒い羽1枚、鳥の嘴1つだ。
この中で見覚えがないのは布製の袋だ。持ち上げてみるとジャラと音がした。もしかして……やはり中にはコインが4枚入っていた。真ん中にBと浮き彫りにされて赤茶色をしていることからこのコインは銅貨だと思われる。Bは多分ベルのことだな。更に4枚しか入っていないことと自身の所持金から考えて銅貨は1枚100Bのようだ。こうして形にして見せられると、今どんだけお金がないのかがわかるなぁ……わかりたくなかったけど。
皆も一通りの確認が済んだので話し合いに移行した。
まずはお互いの報告から。メニューとステータスの変化は全員が確認していた。次に荷物だが、広げたのは俺だけなので、俺から全員に報告。といってもお金関係のことだけだ。
マトバはマスターに料理を頼んで食べてみたらしい。いつの間にという感じだが、直ぐに食事について調べるという発想が出ることに感心してしまう。
「味は美味しかったよ。ただ量が多くて食べ切れなかったのが問題だ」
確かに、多くて食べきれないということは……。
「注文する時に気をつけろってことっすね」
マウントが見事に見当違いなことを言った。
「ははは、確かに気をつけたほうがいいとは思うけどね。そうじゃなくて満腹感があったってことだよ」
「それのどこが問題なんすか?」
「満腹感を感じるってことは空腹感も感じるってことになる、つまり食事の必要があるということなんだ」
「え? そんなの当たり前じゃ――」
「ここがゲームじゃなければな。……しかし、そうなってくるとやはりここは」
「はい、現実だと思います」
俺の言葉をアローが継ぐ。
「それを裏付けるものとしてNPCが1人もいません。決まった反応を返すだけだったマスターも、マトバさんへの対応は人そのものでした」
「それにぃ、物の質感がリアルになってますぅ」
「どう言うことだ?」
「前はぁ、手触りや重さなんかがどの素材もそんなに変わりなくてぇ、正直目をつぶって触るとどれも同じに感じるくらいだったんですけどぉ、今は触っただけでも素材の違いがわかるんですよぉ」
もうこれだけ揃ったら決まりだな。
「つまり、ここはゲームではなく現実にだってことか」
「あ、ちょっと待って欲しいっす。俺の話も聞いて貰いたいっす」
そういえばマウントからはまだ何も聞いてなかったな。会話に加わってたからてっきり報告は済んだものと思っていた。
「どうしたんだ? マウント」
「確かに《RMMO》の世界じゃないとは思うっす。でも、腕に力を入れたりしたときの感じはリアルじゃないっす」
「力を入れたときの感じがリアルじゃないってどういうことだ?」
「上手く言えないっすけどなんか変な感じなんっす。違和感があると言うか……」
何となくだが言いたいことはわかったような気がする。つまりここは現実ではないってことだろうか。
「ゲームの中ではない。現実でもない。となると考えられるのは別世界とかかなぁ?」
「そういえば映像に出てきた女神様は、わたくしの管理する世界、とか元の世界、とか言ってましたね」
「創作じゃあよくある話ですけどぉ、自分が巻き込まれてみるとどうしたらいいのかわかりませんねぇ」
「確かにな。先輩方はこれからどうしたらいいと思うっすか? 自分はこの世界から帰る方法を調べるべきだと思うっすけど」
「そうですねぇ。……確かあの女神は邪神を倒して欲しいって言ってましたね」
「はい、一年後に封印から開放される邪神を倒して欲しいといってました」
「ならばそれを見据えて行動したほうがいいでしょう。センパイ君はどう思いますか? さっきから黙って何か考えているようですが」
「いや、この世界に飛ばされたのは俺達だけではないのでは、と思ってな。もしそうならこれからの行動が変わってくるからな」
もし俺が考えているとおりなら、1万人の《RMMO》プレイヤーが全てこの世界に飛ばされている可能性がある。そうなればこの町は大混乱になると考えられる。
「確かにそうですね。皆、連絡できるプレイヤーに確認を取ってください」
アローの号令で確認作業が始まる。俺はここにいるメンバー以外にフレンドはいない。今のうちにシホちゃん達の意見を聞いておこう。
「さて、シホちゃんと――アーヤちゃんだったよね。2人はこれからどうする? ……2人とも聞こえてる?」
俺の言葉はシホちゃん達には聞こえていないようだ。――そりゃあこんなことになればショックで呆然としてしまうよな。しばらくそっとしておこう。2人がどうするかは俺達の方針が決まってからでも問題はない。
30分程経ってルビーのコールが終わる。他の皆は既にギルドメンバーへの確認が済んでいた。
「2人確認が取れませんでしたぁ。2人とも今日のイベント開始時は都合が悪くてログインしてなかったそうですぅ」
「ルビーさんもでしたか、こちらのギルドでもイベント時にログインしてなかったメンバーが1人、連絡が取れません」
「うちでも3人、連絡が取れないのがいたっす」
「3人ともイベントの時はログインしてなかったのも確認できました」
「つまりあのイベント中にログインしてたプレイヤーだけこの世界に来たってことか」
「多分。こうなってくるといろいろ問題もおきそうだね」
「それも含めて今後のことを考えましょう」
これから他のプレイヤーがどうなるか考えなくてもわかる。まずは大混乱、それが収まったら今度は犯罪行為を行うプレイヤーや無気力になって何もしないプレイヤーが出てくるだろう。邪神とやらに対する戦力は出来るだけ多いほうがいい。そのためにもトラブルの種を放って置く事は出来ない。
そういったプレイヤーに対応する様々な組織を用意しないと。
「必要になりそうなのは情報を集める組織、犯罪行為を取り締まる組織、行き場のないプレイヤーを教育する組織、そして邪神に対する戦力を鍛える組織といったところか?」
「それとぉ、物資を用意する組織も必要だと思いますよぉ」
「ルビーの言うとおりですね。既に作ってあるギルドも利用しましょう。どうせメンバーを一度集めて話合わないといけないですし」
「だったら【大地の腕】のマスターはアローに変更したほうが良さそうっすね」
「いや、僕は新しくギルドを作るからそっちはマウントがまとめてくれ。それとサブマスターの解任も頼む」
「マジか~。――わかったこっちは任せろ。で、アローは何するんだ?」
「センパイとルビーが上げた5つの組織で足りないところを僕が担当する。僕達はセンパイを入れて5人、1人1つずつ担当すれば丁度だ」
「それで、それぞれどの役割がギルドに合ってるんだ?」
「まずマウントの【大地の腕】は戦力確保以外は向いていないと思います」
「犯罪取り締まりは僕たち【老練なる騎士団】が担当しよう。良識ある経験豊富なプレイヤーがそろっているからね」
「わたしのギルド【シロウサギ】はぁ、物資の確保が向いてますよぉ。なんせ服飾ギルドですからぁ」
残りは教育と情報収集か。まあ、会社で部下を育てた経験の分、アローよりは俺が教育に向いているといえるか。
「じゃあ俺が教育――」
「いえ! 僕が教育を担当します」
おお!? なぜかアローがやる気だ。
「お前がいいならそれでいいんだが、一応教育を選ぶ理由を聞いておこうか」
「ゲームを始めたばかりの先輩より、βテストでトッププレイヤーとして名前が売れている僕のほうが、言うことを聞かせやすいと思いました」
「――うん、確かに理に適っている。それなら俺は情報収集に回ろう。俺達以外でも情報収集に動くプレイヤーはいるはずだから、1人でも問題なさそうだしな」
それぞれの方針が決まった。後は未だに立ち直っていない彼女達をどうするかだ。酷なようだが自分達で決めてもらわないと、それもまた小さなトラブルの種になるかもしれない。
シホちゃんの肩を掴んで前後に揺さぶる。まずは正気に戻ってもらおう。
「シホちゃん!! 目ぇ覚ませ!!」
「……はっ!! センパイさん? あれ? ここは? イベントは?」
「今から説明するよ。その前に友達を起こしてくれ」
「え? アーヤがいる? ……じゃあやっぱりさっきのは……」
「はい、ストップ。今は考えないでアーヤちゃんを起こして」
シホちゃんにアーヤちゃんを起こしてもらい、2人に現状の説明とこれからの俺達の行動を話した。話を聞いた2人はしばらく無言でうつむいていた。だが、しばらくして自身の気持ちに折り合いをつけたのか「わかりました」「私達も協力します」とそれぞれ答えてくれた。
「それでこれからのことなんだが、2人はどうしたい? 俺はアローの作るギルドに入ることを進めるが」
「あのっ、センパイさんについて行ってもいいですか? 私……その……、本とか読むの好きなんでっ、資料読むのとか手伝えると思いますしっ!!」
「わかった」
「え? いいんですか?」
「もちろんだ。この世界がどれだけ発展してるのかはわからない、だが本等の紙の媒体から情報を得ることも多いはずだ」
「ありがとうございますっ!!」
シホちゃんは勢いよくお辞儀をする。このお辞儀もそろそろ見慣れてきたな。
「それじゃあシホちゃんは俺と来るとして、アーヤちゃんはどうする?」
「私もついて行ってもいい……ですか? シホだけじゃ心配だし……」
「そうしてもらえると俺も助かるよ。俺と2人きりじゃシホちゃんもかわいそうだしね」
「……そんなことは……」
「何か言ったシホ?」
「ううん! 何も言ってない!」
シホちゃんには申し訳ないが、俺に聞こえてしまっていた。シホちゃんは俺のことを憎からず思ってくれているらしい。……聞き間違いじゃないよな?
「それじゃあ、各々行動を開始しましょうか」
「そうですね。何かあったらいつでも連絡出来るってことを忘れちゃだめですよ?」
「よっしゃ! ガンガン鍛えるぞ!!」
「あたしもぉ、いろいろ頑張りますぅ」
「皆さん、ありがとうございました!」
「えっと、皆さんも頑張ってください」
「それじゃ、またな」
俺達は酒場の前で別れた。マウント、ルビー、マトバはギルドメンバーとの集合場所へ、アローは人が集まっていそうな広場に行ってみるそうだ。
「センパイさん、私たちはどうしますか?」
「とりあえずここにいる人に話を聞いてみよう。酒場は情報収集の基本だからな」
「あっあの、センパイさん、でいいんですよね? これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
この子も礼儀正しいな。性格も悪くないし、これなら上手くやっていけそうだ。
「ところでセンパイさん?」
「なに? シホちゃん」
「いつまでその格好でいるんですか?」
俺の格好はルビーの作ったピエロ服のままだった。しかも仮面付きだ。気づかなかったなんて、どうやら俺も十分動揺していたらしい。そりゃあこんな格好してる奴にケンカを売りたいとは思わないわ。




