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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自分の書いた物語の世界で神様になった女の人のおはなし

ウサギのキモチ

作者: 黒井雛

※「自分がかいた物語のせかいで、神さまになった女のひとのおはなし」のウサギ視点。前作を見て頂かないと意味が分からない部分があります。

 

 女の子が目の前で「お母さん」に殺される様を眺めながら、兎は込み上げてくる笑いを必死にこらえた。


(あの忌々しい女が死んだ!!愛を注がれるだけ注がれて、その癖「お母さん」の愛を拒絶した、傲慢で愚かなあの女が、お母さんに殺された!!)


 この瞬間を、どれだけ待っていたことだろう。

 どれだけ望み、夢見ていたことだろう。



 これでもう、お母さんは、兎の物だ。




 兎は、お母さんが生み出したお話の二番目のキャラクターとして、この世界に存在を確立した。

 不思議の国のアリスをベースにした、異世界への案内人。

 主人公である「女の子」を、現実とは違う世界へと導くことが、お母さんから兎が課せられた仕事だった。

 兎はその役目を、お母さんの期待に応えるべく、上手に果たした。


(さぁ。お母さんは、次は僕に何をさせるのだろう)


 女の子が新たに生み出された別のキャラクターの元に行く姿を見送りながら、兎はわくわくしながら、お母さんが次に自分を動かしてくれる時を待った。


 待って


 待って


 待って


 待って


 待って



 女の子が、新たに仲間になったたくさんのキャラクターを伴って、3度目の冒険の為に他国へ出向くことになった時、兎はようやく、自分がお母さんから忘れ去られていることを自覚した。


(なんで)


 自分は立派に役目を果たしたはずなのに。

 お母さんの期待を裏切るようなことはしていないのに。

 なんで、お母さんは自分を動かしてくれないのだ。


 僕を見ては、くれないのだ…!!



 兎以外のキャラクターは皆、女の子に夢中だった。

 だが兎はお母さんに女の子に思いを寄せるような描写は一切されていない為、女の子に対して好意の類を一切抱くことは無かった。

 兎が女の子に向ける感情は、嫉妬。

 自分と生まれた時間はそう変わらないのに、お母さんに愛されて、目を掛けて貰っている女の子を、兎は殺してしまいたいほど憎悪した。

 しかし女の子は常にお母さんに見守られてている為、害を与えることなど出来ない。

 憎しみは女の人が描く世界の外側で、時間が経てば経つ程膨れ上がり、兎の中でどす黒く蓄積されていく。

 そして同時に、創造主であるお母さんへの思慕も時間が経てば経つ程募っていく。


(お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん)



 僕を、見て


 僕を、愛して


 女の子なんかじゃなくて、僕を




 想いが余りに強かったせいか、兎はいつしか、別の世界にいる「お母さん」の姿を見れるようになっていた。

 この世界では神さまであるお母さんは、現実の世界ではちっぽけで惨めな人間でしかなかった。

 だが兎はそんな母親に対して幻滅を抱くことは無かった。

 何の役目も与えられていない兎は、憑りつかれたかのように、ただひたすらお母さんの様子を観察した。



 今日もまた、怒られている。


 今日もまた、泣いている。


 今日もまた、一人ぼっちだ。


 あ、笑った…女の子のことが誉められたからだ。忌々しい。



 そして、運命の日。

 いつもより酷く怒られたお母さんの顔は、今まで見たことが無いほど暗かった。

 いつもは(忌々しくも)笑顔になる執筆作業も、お母さんの顔を明るくはしなかった。

 お母さんは思いつめた顔で刃物を手にとると、それを自分の手首に当て…



(いけない!!)


 お母さんは、死んではいけない。


 死んで、いなくなってはいけない。


 まだ僕は、お母さんに愛されてはいないのに!!



 気が付くと兎は時空を超えて、異世界へと渡っていた。

 甘い言葉でお母さんを止めて、自分の世界へと連れていく。


 物語の中とはいえ、既に一度やったことだ。出来ないとは思わなかった。


 そして、実際に、兎はそれに成功した。




 物語の世界にやってきたお母さんは、可哀想にも自分が生み出したキャラクター達に否定された。

 ついには最愛の娘にまで否定され、激情して娘を殺してしまった。



 可哀想な、人。


 誰からも愛されない、惨めで、可哀想な人。



(大丈夫だよ、お母さん。)



 僕が、いるよ。


 僕がお母さんを、愛するよ。


 可哀想で一人ぼっちで、誰からも愛されない可哀想なお母さんを、僕だけは愛してあげるよ。





 気絶したお母さんを、兎はそっと抱き上げる。

 お母さんの体の輪郭はぼやけ、やがて「女の子」の姿へと変わっていく。

 兎が、嫌い抜いた「女の子」の姿。

 だが中身がお母さんだと思うと、そのことが嘘のように愛おしいから不思議だ。


「皆、これからお母さんに愛を囁くだろうね。女の子の姿で、神様になったお母さんに」


 きっとそれは避けられない未来だ。

 だけど兎は確信している。

 お母さんは、そんな他のキャラクター達を愛することはけしてない。

 自分を否定した存在を、自分を「女の子」だとして愛を囁く存在にけして心を許すことはない。

 もし誰かを愛する日が来るとしたら、その相手は兎以外にいるはずがない。


「――まぁ、いいけどね。愛してくれなくても。」


 だが、お母さんが誰かを愛する日はけしてこないだろう。

 お母さんが愛したのは、「女の子」だけだ。

 正しくは自分の欲求を満たしてくれる存在である、「女の子」だけ。

 だからこそ「女の子」が自分を拒絶したとき、躊躇いもなく排除した。


 結局お母さんは、自分自身しか愛せない、可哀想な人なんだ。


「哀れで、愚かで、惨めで、身勝手な、お母さん。いいよ。お母さんが僕を愛してくれなくても。僕がその分お母さんを愛してあげるから」



 兎は腕の中のお母さんに、そっと頬ずりをする。



 かつて兎がお母さんに対して抱いていたのは、子が親を慕うような、真っ直ぐで純粋な想いだった。

 しかし満たされぬ思慕を抱えるうちに、やがてその思慕は狂気と化した。



 お母さんが自分をどう思おうと、もう構わない。


 お母さんは秘密を共有する自分を、どうやっても意識せざるえなくなる。


 全てが思い通りになる神という立場にありながら、その内心を測ることが出来ない自分に、お母さんは常に怯えるだろう。


 かといって、お母さんはそんな兎を排除することはない。排除することはできない。


 兎がいなくなることは、お母さんをお母さんだと認識する存在が消えさることだ。この世界から「お母さん」が消えることだ。


 それは「個」としてのお母さんの死だ。きっとお母さんはそんなことは耐えられない。



 お母さんの目に、常に自分が映る。


 お母さんの心の中に、常に自分が存在している。



 それはなんて素敵なことだろう!!



「――愛しているよ。お母さん。世界中の誰よりも」



 兎は腕の中のお母さんを見下ろしながら、幸福に満ちた未来を思って、ニタリと笑った。





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― 新着の感想 ―
[一言] うっとりでした 後味よくご馳走様です
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