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2-2 学内自治派の人々

「箱崎くん、この後はどうするの?」

 放課後を告げるチャイムが鳴り、肥後先生が退室すると同時に、島田さんはこちらを振り向いて尋ねた。

「もし何も用事がないなら部室棟とか案内する?」

「お誘いはありがたいし、俺も出来ればそうしたいんだけどね。まだ転校関係の手続きとかやる必要あってさ」

「そっかそっかぁ。それじゃあ案内はまた後日にしようね」

 手続き、というのは嘘だ。島田さんを騙すのは気が引けるが……さすがに本当のことは言えない。

「島田さんは部活やってるの?」

「うん、してるよー。さてここでクエスチョン。私は何部っぽいでしょー?」

 ニコニコと屈託なく笑いながら、両手の人差し指を頬に当てつつ首を傾げた。

 学校側の操作によって変わっている部分はあるのだろうが、さすがにこういう部分は彼女本来のものなのだろうなぁ、と思う。そう思いたいだけなのかもしれないが。

「うーん……あんまり運動部っぽくはないかなぁ」

「お、いいよいいよー。合ってるよー」

「となると文化部かぁ。そうだなぁ、島田さんみたいな子が居そうな部活と言えば……手芸部だ!」

「おおー!!」

 お、まさか一発で当たるとは。我ながら勘の良さに、

「はずれー!!」

 すかさず手でバッテンを作る。違うのかよ!

「正解はフラワーアレンジメント部でしたー」

「そんな部あるんだ! まずそっちに驚きだよ! わかるはずないって!」

「あはははははは。そうだよねー。私も中学までお花なんて触ったことなかったもん。よかったら入部しない? 今なら男子ゼロだから先輩のおねーさんたちにもちやほやしてもらえるよー。花のように可愛い後輩もよりどりみどり」

 魅力的なワードがずらりと並んでいる。いいじゃないか、フラワーアレンジメント部。

「中々いいね、お花。そういえば俺って幼稚園の頃お花屋さんに憧れていたような気が――」

「は、こ、ざ、き、くん」

 突如、背後から怨嗟の籠ったような低い声が響き、驚きで心臓が跳びはねる。すっかり彼女の存在を忘れて話に花を咲かせてしまった。

「……私、邪魔なら先に行くけど、どうする?」

「はいすいません今すぐ準備します」

 青筋を立てた小隈さんの前で、即座に荷物を詰めて鞄を持ち、出立の準備を整えた。

「あらまあ。小隈さんを待たせているとはつゆ知らず、箱崎くんを引き留めちゃって申し訳ないです。ごめんねーお二人とも」

「部活紹介はまた日を改めてお願いするよ」

「うん。時間があるときにゆっくりね。……でもやっぱり二人は仲良しさんだったんだね」

 島田さんは無自覚に小隈さんを煽る。そのあおりを喰らうのは俺だから、結構本気で勘弁してほしい。無邪気って恐ろしい。

「だ、だから違う! その……そう。肥後先生に頼まれてるだけ」

「あ、そうなんだー。じゃあ頑張ってねー。また明日ー」

「じゃあね」

「……また」

 ほんわかした嵐が過ぎ去り、いつの間にか教室には俺と小隈さんだけが取り残されていた。廊下ではいまだに賑やかな声や足音が聞こえるが、それが却って気まずい。

「……残念だったね。島田さんがサイキックじゃなくて」

「別に残念だなんて思ってないってばー。待たせてごめんなさい」

「いいんだよ? 別に私なんてほっといて島田さんと部活見学行ってきたって」

 本当にいいと思っているなら、口をへの字に曲げて眉間にしわを寄せるのはやめてほしい。

「部活って言えばさ、小隈さんは何か入ってないの?」

 とりあえず話題を逸らそう。

「え? 私は……一応、入ってるけど……」

 お、これはなんとかなるかもしれない。

「そうなんだ! 何部?」

「……美術部。ほとんど幽霊部員だけど」

「凄いなぁ。俺、絵心ないから羨ましいよ。今度作品見せてほしいなー」

「え、えー……。は、恥ずいから、やだ」

「でも美術部なら展示とか出品とかってするんじゃないの?」

「そりゃあるけど……ていうかうちの美術部、課題の作品さえ提出すれば顔ださなくていいから入ったんだけど……。じ、じゃなくて! ほら、行くんでしょ!」

「あ、そうだそうだ。では案内お願いします」

 なんとか彼女の怒りを紛らわすことができたようで、胸を撫で下ろす。この先こんなことが増えるのかと思うといささか気が重いが。



「またここかぁ」

 小隈さんに連れてこられた先は教室の一階上、五階にある第三小会議室だった。例のセーフティーゾーンだ。

「ここと、隣の第四小会議室が学内自治派に割り当てられた部屋なの。第一と第二が自由主義派の部屋。敦賀の方の派閥のね」

 四階には第五から第八までの小会議室がある。さらに三階に第九から第一二小会議室。二階にはなく、一階には小会議室二つ分を合わせた規模の中会議室が二部屋あり、合計で一四もの会議室があるという。さすが用意周到だ。

 小隈さんは扉を二度ノック。すぐに奥から低い男の声で「誰だー?」と返ってきた。

「小隈です。転校生の箱崎くんを連れてきました」

「そうか。入ってこいよ」

「……だって。行こう」

 事前に学内自治派の集まりだ、ということは聞いていた。だがどんな人が、何人居るのかはわからない。緊張で手に汗がにじむ。

 小隈さんは俺の緊張など知る由もなく、なんら躊躇なくガラリと扉を開けた。

「失礼します」

 狭い教室の様子は休み時間に訪れた第六小会議室と変わらない。

 室内には女子が三人。男子が一人。

 完全にアウェーな領域。八つの視線は全て俺に注がれていて、なんだか落ち着かない。

「お前が転校生の箱崎か。既にクラックの収束もしたっていう期待の新人」

 扉から真っ直ぐ正面、窓際の席に座る男子生徒が一番に口を開いた。

 筋肉質でがっしりとした、何かスポーツでもやってそうな体格。余裕のある表情。風格があり落ち着いた様子。

 彼はこの派閥のボスなのだろう……そんな気がする。

「いやぁ、小隈さんと敦賀さんの助けがなければ、死んでましたよ」

「謙遜するなよ。お前の考えや事実はどうあれ、無事に生きてこの場に居るんだ。それだけでも十分、評価に値するよ」

 いきなり俺を持ち上げてどうするのだろう。意図が読み取れない。単に俺を買ってくれているのか、はたまた、裏があるのか。

「バネちゃん先輩。まずは自己紹介しないと。ブレーだよ、無礼」

 ボーイッシュな女子がたしなめるように割って入った。バネちゃん先輩、とおかしな呼ばれ方をした男子生徒は「おっと、そうだった」と呟いた。

「こっちはお前のことを知ってるけど、お前は俺たちのことなんて知らないもんな。いや、悪い悪い」

 そう言うと彼は席を立ち、俺へと近づいてきた。

「俺は赤羽根誠二あかばねせいじ。三年だ。一応、学内自治派のリーダーってことになってる」

 やはり思った通り、彼がボスだった。

 いかつい手が差し出される。俺もその手を握り返し、

「知っているみたいですけれど。俺、箱崎透って言います。小隈さんと同じクラスです。……聞いてるかわからないですけど、まだこっちの派閥に入るって完全に決めたわけじゃありません」

 言うべきか少しばかり迷ったが、後に引けない状況で切り出せなくなる前に言っておくべきだろう。

 すると赤羽根さんは、ふっと笑うと、

「ああ。別にそれで構わない。むしろ質問も何もせずに入るって言われるよりかはマシだよ」

「ありがとうございます」

「しかし、ヒグマに聞いてたイメージよりはおとなしそうな奴だな。もっとぶっ飛んだ奴をイメージしてたんだが」

「ヒグマ?」

 ヒグマ、と聞いて頭に浮かんだのは、茶色くてずんぐりした熊だ。だが熊が人語を解し、あまつさえサイキックに言葉を伝えるなんてあるんだろうか。それとも、何かの隠語か人名か?

「だっ……だから! その呼び方は、止めてください!!」

 いきなり傍らで絶叫が。

 びっくりして、確認の意味も込めて顔を向けると、間違いなく、本日何度目かになるお怒り小隈さんの絶叫だった。

 と、いうことは。

「……ヒグマって、小隈さんのこと?」

「そのあだ名で呼んだら、ぶつ」

 顔を怒りと恥ずかしさに赤く染めた小隈さんが、拳をわなわなと震わせながら睨み付けてきた。

 彼女をヒグマと呼んだ赤羽根さんは、あっけらかんとしたもので。

「ああ。最初は小隈って呼んでたんだけど、二人居てややこしいだろ? 小隈姉とか小隈妹って呼び方も長いしな。だから、陽菜だからヒグマの方がわかりやすいと思ってな」

「ダサイ! 可愛くない! っていうか、本当にヤなんですけど!」

 小隈さんの猛抗議を聞きつつ、赤羽根さんの言葉で思い出した。小隈さんには双子の妹が居た、ということを。

 俺は二人のやりとりを笑って眺めている残り三人の女子を観察した。

 先ほど赤羽根さんを「バネちゃん先輩」と呼んだボーイッシュな女子。

 指定のネクタイはしていない。スカートの下から覗くスパッツが、よりスポーティーな印象を与える。

 黒いショートヘアーが少年的で、ドングリのようにくりくりとした瞳をしている、活発そうな子だ。

 二人目は、椅子に座ったままぼんやりとこちらを見ている、背が高く特別美人な女子。

 腰のあたりまで滑らかな黒のストレートヘアーを垂らし、どこか浮世離れした空気を纏っている。

 大人びた雰囲気がするし、三年生だろうか。とても妹さんだとは思えない。

 残る一人は、茶髪のすらっとした女子だ。

 シャツの袖をまくり、ネクタイをゆるく締めている。どことなくだらしない印象だ。

 この三人の誰かが小隈さんの妹だとしたら……誰だろう。

 前に聞いた話では雰囲気が俺に似ている、と言っていたが……。どの子もまるで俺に似ているとは思えない。強いて言うなら、ボーイッシュな子だったら、まだ小隈さんの妹っぽいか?

「なぁ、ついでにツキノワ、次に挨拶しちゃえよ」

 ツキノワというあだ名からして、やはり小隈さんの妹さんだろう。どの子が妹なのか、ワクワクしてきた。

「バネちゃーん。あたしもツキノワってあだ名ビミョーだと思うよー。ま、別にいいけどねぇ」

 そう答えたのは……茶髪のだらしない感じの女子だった。

「というわけで、ツキノワこと、小隈菜月おぐまなつきでーす。……ねえ、絶対にもっとマトモな自己紹介の流れってあったよね? バネちゃんの所為で台無し感が凄いんだけど」

「そうかぁ?」

 一番似ていない子が、まさかの妹だった。小隈さんが言っていた通り、本当に似ても似つかない。

「似てないっしょ? 陽菜ちゃんと」

 反応に慣れているのか、まるで俺の心を見抜いたように笑いかけた。

「うん。全然。さすが二卵性、って驚いてたところ」

「あっはっはっ。だーよねぇ。あたしだって、お世辞にも姉妹っぽくないと思うもん」

 朗らかに笑う彼女を見ていると、どちらかと言うと、彼女の方が"陽"菜っぽいなぁと思える。むしろ小隈さんの方が菜"月"って感じがする。

「なんだか君の学校で陽菜ちゃんがお世話になったそうで。ぶっちゃけ結構迷惑かけたんじゃない?」

「か、かけてないし!」

「いやもう助けられてばっかりで。能力のこととか学校のこととか、教えてくれたのは小隈さんだったからね」

 迷惑というか面倒なら現在進行形で頻発しているが、胸に仕舞っておこう。

「あ、そー。ふーん。じゃ、そういうことにしといてあげよっかなー。あ、そうだ。小隈さんだと紛らわしいから、あたしのことは菜月とかなっちゃんとかなっつんとかなつきちとか、テキトーにその辺で呼んでねー」

 ホント、このからかうような感じとか、あっけらかんとしたところとか。小隈さんとは真逆だ。まだ敦賀さんの方が近いものを感じる。

 本当に双子の姉妹なのだろうか……何だか騙されているような気さえする。

「それじゃ、菜月ちゃんで」

「はいはい。でわ、君のことはトールちゃんと呼ばせてもらおーう」

「……むぅ」

 微かに不満げな声が聞こえた……気がする。小隈さんを見るが、つーんと澄ました表情をしているだけだ。気のせいだったんだろうか……いや、違うんだろうなぁ。

「あ、そろそろ別の子の紹介に移ろっか。お二人のどっちか、任せたよーん」

 残った二人の内、ボーイッシュな子が素早く手を挙げた。

「はいっ! じゃあ次は僕が行くね」

 僕、という女子には珍しい一人称。だが彼女の雰囲気に似合っている所為だろう、違和感はまるでない。

「僕は遠城悠えんじょうゆう。君と同じで二年だよ。よろしくね! ……女子だからね?」

「わ、わかってるよ。よろしく」

 さすがに女装男子だと捉えるほど失礼ではない。それはそれで面白いかもしれないが、俺は女子の方が好きだから、もし女装だったらがっかりしていたことだろう。

「学校のことでも、サイキックのことでも、僕に教えられることなら何でも聞いていいからね!」

「うん、ありがとう。そうさせてもらう」

 差し出された手を握ろうとした瞬間、

「あ。でも……もし君が自由主義派に入ることになったら、容赦しないから。覚悟しておいて」

 と言いながら手を引っ込めた。

「こら、遠城。いつも言ってるけどな、別にあいつらとは敵同士ってわけじゃないんだ。そう殺気立つな」

 先ほどとは逆に、赤羽根さんが彼女を窘めた。敵同士じゃない、というのはどういうことだろう。

「でもさぁバネちゃん先輩、あいつらよくちょっかい出してくるし、仲良くするつもりなんてさらさらないじゃん!」

「そりゃあお前たちだって一緒だろーが」

「あのー、敵じゃないってどういうことですか?」

 つい気になって質問をする。小隈さんと敦賀さんの隔絶した対立を見ているだけに、敵対していないなどとは到底思えない。

「だって同じ学校のサイキック同士だろ? クラック退治で協力することだってあるんだ。別に敵対する理由もないんだよ、本来は」

「でもせーじくんやまーちゃんが来るまで、もっと酷かったもんねぇ」

 それまで会話をニコニコと眺めているだけであった、黒髪ロングの美人が口を挟んだ。

 独特な……落ち着きがあって微かなのに、妙にはっきりと耳に届く声をしていた。

 ところで。せーじくんは赤羽根さんのことなのだろうが。まーちゃん、というのは誰なのだろう。

「音々さん、まず自己紹介してあげてください」

 赤羽根さんが丁寧に話すということは、やっぱり先輩なのだろう。一番大人びた雰囲気があるから、そうだと思っていた。

 ……ちょっと待てよ。赤羽根さんって三年生だったよな。

「あれー? まだしてなかったっけ。私、市倉音々(いちくらねね)だよ。二年一組」

「二年?」

 先輩じゃないのか?

 あの口ぶりだと、どう考えても赤羽根さんとタメ、いや、それ以上のようだが。

 困惑している俺の心を察してくれたのか、菜月ちゃんがちょっと楽しそうににやける。

「音々さん、今年でハタチになるんだよね」

「うん、そうよー。でも、それがどーしたの?」

「は、二〇歳ぃ!?」

 予想外の年齢。二〇歳ってどういうことだ!?

(音々さんはな、諸事情で留年してるんだ。なんで留年したのかは、まあ、一緒に居るうちにわかると思うから……とりあえず気にすんな。普通の先輩として扱えばいい)

 すかさず赤羽根さんが耳打ちをして、情報を補足してくれた。

 普通と言われたって、留年した生徒と実際話をすること自体初めてなのだが。同級生で、年上。うーむ、奇妙だ。

「えーっと、市倉さん。よろしくお願いします」

「やだ」

「え?」

 市倉さんは不意にぷいっと頬をふくらましながらそっぽを向いてしまう。

「苗字で呼ばれるの、やだな。音々さんか、音々ちゃんって呼んで」

 大人びているのは年齢と雰囲気だけで、口ぶりは変に幼い。ギャップに戸惑うが、どうやらそういう不思議なタイプの人のようだ。

「わかりました。音々さんって呼ばせていただきます」

「はい、よくできましたー。えらい、えらい」

 音々さんはまるで犬でも撫でるように、いい子いい子と頭を撫でる素振りをその場でしてみせる。気恥ずかしいが、実際に撫でてくれればよかったのになぁ、と思ったのは誰にも内緒だ。

「それで、なんだっけ。話が脱線しすぎて……」

「派閥の話。赤羽根先輩と冴木先輩のこととか」

 小隈さんが軌道修正を行う。

 冴木、というのは、恐らく先ほどの「まーちゃん」のことだろう。

「誰なんですか? その冴木って人は」

「自由主義派のリーダーだよ」

 さらりと言ってのけた割には、結構な重要人物である。あの敦賀さんのところを束ねるリーダーだって?

「いい奴だよ。俺と同い年で三年なんだ。会う機会はあるだろうから、仲良くしておくといい」

 赤羽根さんは何ら裏や含みを感じさせずに言った。

「確かにまーちゃん先輩はいい人だけど……他の奴が悪いんだよ! すぐに喧嘩売ってくる奴多いしさぁ!」

 遠城さんは身振り手振りを交えて怒りを表現して見せる。感情表現豊かなタイプらしい。

 言葉通りに受け取るならば、リーダー同士の思惑とは裏腹に派閥間の遺恨は深いようだ。派閥の掲げる思想がまるで正反対なのだから当然だろうが……。

「……そういえば」

 今更ながら、俺は小隈さんから漠然とした派閥の説明しか聞いていないことを思い出す。

 入る入らないを決める前に、しっかりとリーダーの口から聞いておかねばなるまい。

「あの、赤羽根さん。学内自治派の掲げる思想について、伺ってもいいですかね。さすがに簡単な伝聞で済ませるのは問題ありそうなんで」

「おお、そうだったな。肝心なこと忘れてたよ」

「トールちゃん、結構真面目だねぇ。感心なことだよ」

 うんうんと大げさに頷きながら茶化す菜月ちゃんを尻目に、赤羽根さんは改まったように、こちらをしっかりと見据えた。

「学内自治派なんて看板を掲げちゃあいるが……別にそんな大層なことをしているわけじゃない。中核になっているのは「能力を無闇に使わない」ってことだ。その線引きが中々難しいんだがな」

「赤羽根さんとしては、どこまでが"無闇"な使用だと思っていますか?」

「そうだなぁ……私利私欲を満たす、っていうのは、まあダメだな。自分のストレス解消のためだけに、他人や小動物に使うことはおろか、そうでなくても一般人の目に付くようなところで使うのはアウトだ。もちろん、これは学校側からも言われてることで、守って当然って話だが」

「一般人の目につかないところだったら?」

 赤羽根さんは少し吹き出して、

「バレないようなところでだったら大丈夫だろう。誰にも迷惑をかけないならな。部屋で使うくらい別に咎めやしないさ」

「それなら助かります」

「平たく言えば「クラック退治と自分のピンチ以外で能力を使わない」ってところだ。つい使いたくなる気持ちはわかるが、それがトラブルの元になる。俺も昔は結構やらかしたからな」

 苦笑している赤羽根さんの見ながら、俺もよくやらかしていたことを思い出す。ここに入った以上、前のような真似は出来なくなるのかと思うと、少々寂しい。

 そこへ「きしし」と不穏な笑みをしながら、菜月ちゃんが顔を耳元に寄せた。

(ちなみに。バネちゃん怒らすと、かつてのやらかしっぷりをその身で味わうことになるから、要注意だよん)

(……マジで?)

 ギリギリ周囲に聞こえるであろう声量で耳打ちをした。

「おいツキノワ。余計な入れ知恵してんじゃないよ、全く」

「きゃーこわーい。痛い目見たくないので、お口チャックしてまーす」

 わざとらしくおどけてみせると、菜月ちゃんはそのまま逃げるように壁際へ戻って行った。

 ただの冗談だろうか。

 ……いや、なんとなくだが、赤羽根さんは本当に怖いタイプのような気がする。漠然と、ただなんとなく、そう思う。

「あー、あんまり真に受けるなよ? 流石に誰彼かまわず理由なく当り散らすほど短絡的じゃないし」

「はーい、了解です」

 あまり深くは突っ込まないでおこう。現状で敵対する意思も理由もないのだから。

「あと、質問いいですか?」

「なんだ?」

「学内だと自分や他人の能力について、どんな扱いなんですか? 普通に情報交換することなのか、絶対に秘匿すべきなのか」

 こういうルールはちゃんと知っておかないと、後で痛い目に合いそうだ。自分の学内における立場にもかかわってくるのだから、実際知らないと村八分にされかねない。

「まあ、これと言って明言されているわけじゃないが……。他人に自分以外の奴の能力を明かすのは、おすすめできないな。そいつと敵対でもすれば話は別だが。自分の能力については、好きにしろとしか言えないな。言っておくが、とりあえず今の段階で俺の能力や仲間の能力をお前に教えるつもりはないよ」

「ええ。それで問題ないです」

「ベラベラ誰にでも喋るようなもんじゃないが、かといって頑なに何が何でも隠し通すようなもんでもない。大体は、必要があればその都度情報共有する感じだな。戦いになった時や、リンケージをする時なんかにな」

 まあそんなところだろう。常識的なルールの範疇だ。

「ところで、もうリンケージはしたのか?」

 赤羽根さんが切り出した。……こういうのは人に教えていいものなのだろうか。手の内を晒すことになるわけだから、慎重にすべきだろう。

 だからこの場では小隈さんとしたことだけを教え、敦賀さんともリンケージしたことは伏せておくことにした。

「はい。小隈さんと」

 と、言うと同時に。

 小隈さん以外の人たちから「おお」とか「へぇ」と言うような感嘆の声が上がった。

「お前、凄いなぁ。中々の逸材だよ、うん」

「陽菜ちゃん僕ともしてくれないのに、大して面識もない君とはしたんだー。ショックだなぁー。なるほどね、こういう人がタイプだったんだぁ。ふっふっふっ」

「た、タイプとか、そういうんじゃない!」

 それまで黙って話を聞いていた小隈さんが叫ぶ。敵味方問わずこんな風に扱われるところを見ると、どうやら彼女はいじられキャラらしい。

 さらに菜月ちゃんもダッシュで小隈さんのところに駆け寄ると、がしっと両手を包み込んだ。

「陽菜ちゃん、ちゃんと一人でリンケージできたんだ! もうね、あたし感動で胸がいっぱい。今夜はお赤飯だね!」

 手をぶんぶんと振りながら、菜月ちゃんは大げさに喜んで見せた。一方の小隈さんは本気で迷惑そうだ。

「だから、違う!!」

「そーそー。敦賀さんの撃退とクラック退治に必要だから、俺が拝み倒してお願いしたんだよ」

 事実を誇張したが、そういうことにしておいた方が場が丸く収まるだろう。

 だが、菜月ちゃんはぐいぐいとこちらに詰め寄り、

「いやいや君ねぇ、陽菜ちゃんの人見知りを舐めちゃいかんよ! だって誰でもウェルカムな先生とも、なんかいろいろと理由を付けてリンケージしないで、頑なにあたしとだけだったんだよ!? トールちゃんは言ってしまえば、初めての男なわけですよ! この果報者!!」

「ばっ……馬鹿ぁっ!! 黙れ菜月!!」

「へぶしっ」

 手加減なしに後頭部をチョップされ、そのまま床に顔から沈み込む。自業自得だ。どんどん双子だという事実が疑わしくなる。

「もう帰る!!」

 怒った小隈さんはそのまま部屋を飛び出して行ってしまった。勢いよく扉が閉められ、ピシャリという音と共にはめ込まれたガラスが揺れる。

「……追いかけた方がいいのかな」

「いやー、めでたさについ我を忘れてしまったよ。あたしが追っかけて謝り倒すから、トールちゃんは気にしないで」

「ヒグマが怒って居なくなるの、よくあることだからな」

「それにしても、陽菜ちゃんがあたし以外とリンケージねぇ……。あの子も成長したのか、それとも、君に何か……特別感じるところがあったのかな」

 菜月ちゃんはシャツをはたきながら、興味深そうに俺を見つめた。

「俺と君が似ているって小隈さんは言ってたよ。菜月ちゃんもファイルを見ながら、俺と似てるって言ってたって聞いたけど」

「うん。フィーリング。直感でなんとなく、ね。実際会ってみて、なーんか相性いいんじゃないかなって思うよ、あたしと君」

 似ているかどうかは、この短時間では正直わからない。

 だが、俺もなんとなく彼女とは上手くいく――それは別に恋愛の話ではなく――気がした。タイプが近いのかもしれない。

「ね、リンケージしない?」

「え? いきなり?」

 ニコッと笑うと、こともなげに言い放った。突然の提案だった。

「あの陽菜ちゃんが共有しようって思うような人だもん。姉妹としちゃー気になるわけですよ」

「俺としては全然オッケーだけど……小隈さんの時と違って逼迫した理由もないし、まだ派閥にも入ってないけど、いいの?」

「バネちゃーん、別に問題ないっしょ?」

「ああ。別に俺は制限するつもりはないよ。派閥に入ってなかろうと、対立してようと、リンケージは当人同士の問題だからな。他人が口出しするようなことじゃない」

「えー……。いいのかなぁ」

 肯定する赤羽根さんに対し、遠城さんは不満そうだった。

「悠ちゃん。何か問題あったら一方的に反故に出来るんだからさ」

「それはそうだけどさー……なんか、僕はそういうの、納得できないんだよね。そんな簡単に派閥外の人とリンケージしちゃうなんてさ」

「うん、そっか。じゃあ悠ちゃんが絶対に反対だったらしない。わざわざ不和を持ち込んでまで、勝手を押し通すつもりはないから」

 さっきまでの冗談めかした雰囲気から一転、飄々としているけれど真面目な雰囲気へと変わっていた。

 が、逆にそう言われると苦しいものがあるようで、遠城さんは困ったように顔をしかめる。

「絶対に反対、ってわけじゃないんだけど……んー……」

「いいじゃないか。もしも問題が起こったなら俺が全力で対処する。それじゃダメか?」

「……そうまで言われたら、僕が折れるしかないじゃん。うん。もういいよ。僕もこれ以上、わがまま言わない。そもそも個人間のことに当事者じゃない僕が口出しするのが余計なお世話って話だし」

 諦めたように遠城さんは肩をすくめ、それから両手を上げて降参のポーズをとってみせた。

「ごめんね悠ちゃん。根拠にならないけどさ、あたし人を見る目は結構ある方だから。トールちゃんのことはどれだけ疑ってもいいから、あたしのこと信じてよ」

「え? 酷くない?」

「うん。菜月ちゃんが言うなら、僕、信じるよ」

 遠城さんは遠城さんで、結構酷いもんだ。

「待たせちゃったね。陽菜ちゃんも追っかけなくちゃだし、さっさとしちゃおっか」

 菜月ちゃんが俺の方へと振り返る。そして、スラリとした手を差し出した。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 掌に掌を重ねる。柔らかい感触と、体温の温もり。人に見られているところで女子と手を重ねるのって、見世物みたいで結構恥ずかしい。

「あ。いまさらだけどさ、あたしの能力って聞いてる?」

「うん。小隈さん使ってるところも見たし。そっちは?」

「知ってるよ。調査に行った陽菜ちゃんから報告あったからね」

 お互い敢えて能力の内容を明言することはしない。恐らく、これでマナーとしては正しいはずである。

「じゃ、行くよ」

「うん」

 ――熱を持たない触感だけが、掌を通じ俺の体内へ飛び込もうとする感覚。小隈さんと、敦賀さんとした、あの感覚が甦る。

 同時に俺の体内で神経が主張を増し、腕の中を透明なケーブルが這い上がる。掌まで到達したそれは、皮一枚で隔たれた菜月ちゃんのそれ目掛けて飛び出そうと待ちわびている。

「私の"STIFF BREEZEスティッフ・ブリーズ"を、トールちゃんに」

 宣誓をするかのように、彼女は呟いた。

「俺の"WINDOMウィンダム"を、菜月ちゃんに」

 俺も彼女に倣って宣言をした。

 小隈さんの時の素っ気なさ、敦賀さんの時の必死さとは全く違う、まるで神聖なる儀式のような空気の中で。


 音もなく掌をすり抜け、感覚と感覚が交わり合い、流れ込み、注がれる――。


「――はい、リンケージ終わり」

 聞き覚えのあるセリフ。

 笑う菜月ちゃんに重なって、薄暗い教室でリンケージを交わした時の小隈さんの姿が浮かんだ。

「なるほどね。やっぱり姉妹だ」

「へ? 何が?」

「いや、なんでもない。それより小隈さん追っかけてあげて」

「おうっ、そうだった。それじゃあレッツ土下座タイムに突入してきまーす!!」

 言うが早いか踵を返し、リンケージの余韻をぶち壊すかのような勢いで、菜月ちゃんは部屋を飛び出して行った。風を操る能力よろしく、まるで台風のようだ。

 いつの間にか、教室には俺と赤羽根さんと遠城さんと……

「あれ? 音々さんは?」

 キョロキョロと狭い室内を見回すが、居ない。一体どこに行ってしまったんだろう。

「そういえば、陽菜ちゃんが怒って出て行っちゃうより前にはもう居なかったね」

 遠城さんは特別驚いた様子もなく、けろっとしている。

「あの人、パッと見だと落ち着いた雰囲気なんだけどな。実際はちっとも落ち着きがないからすぐどっかに行っちまうんだよ。小学校一年の時とかさ、自分の席でじっとしてられない奴とか居ただろ? ま、いつものことさ」

「はあ。そういう人なんですね」

「そういう人なんだ」

 今年で二〇歳になるというのに、未だ二年生に留まっているのは、どうやらこのあたりが原因のようだ。いわゆる不思議ちゃんの上位レベルというか、筋金入りのやつなんだろうか。

 それから「さて」と呟くと、赤羽根さんが席を立ち、手をパンと叩いた。

「人も居なくなってきたことだし、今日のところはお開きだ」

「あ、最後に質問いいですか?」

「なんだ?」

 もう一つ、そこそこ重要な質問を忘れていたことを思い出した。

「学内自治派は今日会ったのでフルメンバーなんですか?」

 いくらなんでも、もう少しは居るだろうと思ったのだ。さすがに少なすぎる気がする。

「いや。まだ居るんだが、用事だ部活だなんだと、理由があって全員は来ていないんだ。もっとも、全員集まる時の方が珍しいんだけどな」

 やはりこれで全員ではないのか。人数を敢えて明かさないのも、まだ俺が信用されていないからなのかもしれない。

「じゃあまたな。俺もちょっと用事があって、そろそろ行かなくちゃならないんだ」

「はい。今日は色々とお世話になりました。ありがとうございます」

 最後に深々と頭を下げる。まだ部外者の俺にこれだけ親切にしてくれるなんて、本当にありがたいことだ。

「おう。ま、困ったことがあったら相談に来なよ。勉強と金と色恋沙汰以外なら力になれるだろうからな」

 赤羽根さんはこちらに背中を向けたまま腕を上げてみせた。なんとも頼もしい人だ。ああいう先輩が居る派閥なら、入りたいなと思える。それはつまり、リーダーとして相応しい器を持っているということだ。

 いよいよ俺と遠城さんだけになった教室で、同じタイミングで彼女と顔を見合わせた。

「僕たちも行こうか。ここ居ても仕方ないし」

「そうだね」

 微笑みかけると遠城さんは歩き出した。俺も彼女を追って部屋を後にする。


 昇降口の向こうでは、既に夕陽が建物の影にその身をすっぽりと潜めようとしていた。

 既に雨は止んでいる。空を覆っていた雨雲も、すっかりまばらになっていた。だがグラウンドには乾き損ねた水溜りがそこかしこに残り、一足先に暗い夜空を映し出していた。

 足場が悪い所為か、時間の所為か。グラウンドには運動部の姿も見当たらない。

「もう寮で寝起きしてるの?」

「いや、まだ。今からが初の入寮」

 全寮制なのだが、シェアード・サイキックは一般生徒とは別の寮にまとめられている……という話は聞いていた。

 だが荷物を送ってもらっただけで、まだ入寮していないのだ。今朝は親との一時の別れということで、最後くらいは自宅から行くことにしたのだ。早起きしなければならなかったおかげでちと眠い。

「そーなんだ。じゃあワクワクだね」

「まあね。部屋と風呂はともかく、食堂なんかで女子と会えるってのは非常に喜ばしい」

「ははーん。君はいやらしい男子だね?」

 目を細めてにやりと笑うと、自分の体を隠すように腕をクロスさせて拒絶のポーズをとってみせた。くねくねと身を捻る遠城さんの仕草は、なんだか滑稽でありながら可愛らしかった。

「いやいやいやぁ、健全な精神を育む青少年ってだけだって」

「ホントかなぁー? あ、そーだ。もう先生とのリンケージはした?」

 そういえば、肥後先生が何か言っていたことを思い出す。うろ覚えだが。

「すっかり忘れてた。なんだっけ? 養護教諭の辻先生と、社会か理科の鈴木だか、鈴村だか」

「保健室の辻井と、物理の鈴村ね。……ねえねえ、箱崎くんにいいこと教えてあげようか」

 遠城さんは不敵な笑みを浮かべ、楽しそうにこちらを見つめてきた。悪巧みの気配がギュンギュンする。が、敢えてここは乗ることにした。

「なになに? 教えてほしいなぁ」

 満足そうに二度頷くと、彼女は嬉々として話し始めた。

「鈴村はハゲのおっさんだけどねー、保健室の辻井先生は、なんと女の人です! 通称あかねちゃん!」

「女教師!!」

 保健室、女教師。なんと甘美な響きだろうか。保健室の女教師。

 いや、待てよ。

 ここでとんでもなく重要なことに気が付く。さすがは俺だ、抜かりない。これを知らないままでは、危うくぬか喜びに終わりかねないのだ。慎重に行かねばならない。

 俺は努めて真剣に、遠城さんに質問を投げかける。

「……年齢は?」

 彼女は目を瞑ると――ふっ、と笑う。

 懸念が的中してしまった、ということか!?

「喜べ! 教師陣の中でも最年少、二七歳だ!」

「よッッッし!!」

 反射的に両腕でガッツポーズ。

 懸念は払拭された! 俺は戦いに勝ったのだ!

 前の学校でも保健室の先生は女性だったが、残念ながらセクシーとは程遠いおばちゃんだった。あれでは"保健室"と"女教師"、双方のキーワードが全く機能していない。

 それが、ついに念願の"若い""保健室"の"女教師"という、スロットならジャックポットの出目が揃ったのだ。こりゃ土下座してでもリンケージのお願いをしに行かなくては。

「ま、今日はもう遅いから明日以降にしなよね。別に行かない理由もないでしょ?」

「むしろ万難を排してでも行かなくてはならない理由が出来てしまったよ。転校して本当に良かった。心からそう思う」

「あはっ! 噂通りだね!」

 遠城さんは俺を指差してケラケラと笑う。どんな噂だろうと構うものか。ああ、明日が待ち遠しい。

 しかし――、


「よう。初めまして」


 夕陽が沈み切ろうとする直前、陰に融けて馴染むような二つの影が、俺と遠城さんの行く手を遮った。

 ――明日が訪れるのは、もう少しばかり先のことになる。


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