4・12 唯と朝 4
幼馴染キャラです。姉関係ないです。ごめんなさい。
「つ、次でラスト」
先の戦いの壮絶さを物語るように、唯がよろよろと廊下の壁に手をつきながら歩いていく。
その彼はなぜかそのまま家を出て、同じマンション内の隣の家にむかった。
そう。最後はお隣にすむ幼馴染を起こさなければならないのだ。それが彼の日課である。
「これがマンガなら女の子のほうが男を起こしにくるはずなんだけどな」
現実の厳しさを噛みしめつつ、鹿島と表札のかかったお隣のチャイムを押そうとすると、まるでそれを待ち伏せていたかのように玄関の扉が開けられる。
出てきたのは蜂蜜のように艶やかな濃いブロンドにグレーの眼をした外国人美女だ。
唯の幼馴染のお母さんで、名前を鹿島・ケイト・アランデルという。
彼女はずいぶん慌てて出勤しようとしているらしく、スーツに身をつつみ、肩にショルダーバッグをさげたまま口にくわえていたヘアゴムで髪をアップにまとめながら、後ろ足で玄関の扉を閉めながら外に出てきた。
「おはようございます、ケイトさん」
そこで初めて唯の存在に気づいたらしく、ケイトは少し驚いたように顔をあげ、そこに唯の姿を見つけてバツが悪そうに苦笑する。
「あ、あら、唯くん。おはよう。ちょっと行儀悪いところ見られちゃったわね」
ペロッと舌を出すその仕草が、とても高校生の娘がいるとは思えないほど愛らしい。
「ははっ。晶のやつ、まだ寝てます?」
いつもお世話になっているお隣のお姉さん(ケイトはおばさんと呼ぶには抵抗がある若々しさだった)のため、唯は彼女の娘のほうに話題をかえた。
「ええ。いつもありがとう。唯くんがいてくれなかったら、きっとあの子、毎朝遅刻してるわ」
「いえいえ。俺だって晶には……晶には……えーっと……あまり世話になった記憶ないけど……苦労させられっぱなしな気もするけど……でも大丈夫です!」
最後は誤魔化すように笑顔で言い切った。
「本当にもうしわけないわ」
そんな唯の反応にケイトは頭痛を抑えるように額に手をあてる。
「あっ、会社ですよね。行ってください。こっちは勝手にやっておきますから」
なんだか申し訳なくなった唯がふたたび話題をかえた。
「そうしてくれる? じゃあお言葉に甘えるわね。帰ってきたらあの子にはキッチリと言っておくから」
ケイトは顔の前で手を合わせると、バイバイとウインクして出勤していった。
「さてと。それじゃあ行きますか」
気合を入れて鹿島家のドアをくぐる。
靴を脱ぎ、廊下をすすんだ唯は小さいころはよく遊びにきていた幼馴染の部屋の前で足をとめた。
扉には当時からある「AKIRA’sROOM」のプレートがかけられ、その下には当時なかった「唯は許可なく入ったらコロス」という文字が赤マジックで追加されている。
なので彼は扉を大きめに叩いて部屋の主によびかけた。
「晶! 起きて! 朝だよ!」
やはり反応なし。いつもならここで部屋に踏みこむのだが、こんかい唯は躊躇した。涼子を相手にしたぶん、いつもより疲労が大きいのだ。
だが晶を起こさないと怒られるのは確かだ。しかし、勝手に部屋に入っても怒るのが晶という幼馴染の女の子である。
理不尽きわまりないことこのうえない。
とはいえ、いつまでもこんな所で悩んでいても仕方ないのも確かだ。
行くも地獄、ひくも地獄ならせめて幼馴染のために建設的な方向で善処したほうがいくらかマシというものだろう……あれ? 調教されてる?
とにかく唯は意を決して扉を開けた。
晶の部屋は壁紙がパステル調で動物のヌイグルミも置いてあり、中性的な名前にはんして女の子らしい。
唯はそんな女の子らしい室内を横切って晶が眠るベッドに近づいた。
そこにはさきほどのケイトをそのまま若くしたような金髪の少女が、掛け布団を抱き枕がわりにして横になっている。
タンクトップを押しあげる豊かな胸。短パンからのびるスラリと長い足。それらの体の造詣はさすがにハーフと思わせる素晴らしいものだった。
唯はそんな少女のあられもない寝姿を気にしつつ、枕もとに置いてある目覚まし時計を確認してみる。
目覚ましが鳴る予定の時刻はとっくにすぎていた。
いちおう目覚ましをセットして自分で起きようという努力はしてくれているのだ。自分で起きたためしはないけれど。
どうも寝ぼけながら目覚ましのアラームを止めてしまうらしい。
一縷の望みをたくし、唯はアラームが鳴るようにセットをしなおして急いで部屋から退避してみた。
そっとドアの隙間から中をうかがう。
目覚ましは彼が部屋から出るとすぐに鳴りはじめた。
「うう~ん……」
ピピピピとうるさく起床の時刻をつげる目覚まし時計の音に、晶が身じろぎしはじめる。
頑張れ目覚まし時計! おまえが頑張れば俺の命は助かる!
唯はけっこう真剣にそう願った。
「うるひゃい」
そんな唯の願いもむなしく、晶の一撃が目覚まし時計を沈黙させる。
そして彼女はふたたび夢の世界へ。
やはりこうなったか。
唯はあきらめて部屋に入ると、晶の肩に手をおいてゆすった。
「晶! 朝だよ!」
気分はさながらその場に居合わせたという理由だけで爆弾処理を頼まれた映画の主人公だ。
「ん~? ユイ~?」
ところが身体をゆさぶられる晶の目がうっすらとあけられると、その口からあきらかに寝ぼけた調子で思いのほか甘えた声がつぶやかれた。
ドキッとした。
「えへへへ。ユイだ~」
見たこともないような少女の甘い笑顔。
ドキドキドキドキッとした。
「ゆい~」
晶がだっこをせがむように腕を伸ばしてくる。
ドドドドドド!
唯の心臓の鼓動が危険なくらいのスピードで早鐘を打っている。
ピピピピピピピ!!!!
そして目覚まし時計のスヌーズ機能が炸裂した。
スヌーズ機能とは一度アラームを止めても、何分かおきに再度アラームが鳴るあの忌々しい機能のことである。
どうやらさきほどの晶はそれを解除してなかったらしい。
後から考えると、唯はさっさとこの場から退避するべきだった。
なのに、何を思ったかこのときの彼は反射的にその目覚まし時計をつかんでアラームを止めようとしてしまった。
しかし、あまりに慌てていたためか、思わずそれを晶の向こう側に落としてしまう。
ここまでくれば落ちた時計を拾おうとしてしまうのは止められない流れだろう。
「むにゃむにゃ……んん……」
拾いなおそうとして……。
「……ママ、もう少し寝かせ……」
晶に覆いかぶさるようにして……。
「……えっ? 唯?」
今度の晶の声は先ほどの寝ぼけた声とはうってかわって、ずいぶんとハッキリとしたものになっていた。
なぜだろうか?
今回にかぎって晶が目覚まし時計の音で目をさましてしまうのは。
この世には神や仏はいないのか。
それともいるからこそこのタイミングで晶が目をさますのか。
だとしたら神や仏は重度の悦楽主義者に違いない。
「ははは……お、おはよう……晶」
「! ! !」
自分にのしかかろうとしている幼馴染のひきつった顔を見て、晶は反射的に体を起こした。
それから掛け布団をひきあげ、その豊かなバストを守るように覆いかくす。
「ア、ア、ア、アンタ……なにを……」
その真っ赤な顔と震える声は羞恥のためか怒りのためか、あるいは……。
「ご、誤解なんだ、晶! ボクはただ目覚ましを!」
「知るか! 死ね!」
問答無用で晶の蹴りが唯の顔面にクリーンヒットした。
「やっぱりこうなった……」
まあいつもの朝の光景だった。