4・12 唯と朝 2
まずは比較てき素直に起きてくれそうな一つうえの姉、三女の涼子の部屋から攻めることにする。
唯は涼子の部屋のまえにくると「よし」と小さく気合をいれて、まずは礼儀ただしくノックをした。
コンコン
「姉さん。朝だよ。起きて」
よびかけると部屋からごそごそと人の動く気配がする。
どうやらすんなり起きてくれたようだ。
そのことにホッとして、しばらくドアのまえで姉の涼子が出てくるのを待ってみる。
…………………………。
だというのに反応はそれっきりで、部屋のなかはうんともすんとも言わなくなった。
しんと静まりかえった廊下で時間だけが無為にすぎていく。
いぶかしく思って再度ノックしてみた。
コンコン。
今度は中からなんの反応もなかった。
首をかしげる。
「姉さん? 入るよ?」
そう断りを入れて、唯がドアノブをひねる。
涼子の部屋は年ごろの女の子のものとは思えないほど物が少なく、色味も地味だった。
女の子らしいものといえば机のうえに置かれたパールピンクのノートパソコンくらいである。
いや、それともうひとつ。
壁にはられた特大のスナップ写真ポスターがある。
ただしそこに写っているのはどこかの男性アイドルなどではなく、弟の唯であったが。
「またちがう写真……」
しかもポスターの写真は彼が見るたびに変えられていた。
唯はいつ隠し撮りされたかもわからない自分のポスターと目があい、肺の奥深くにたまったタメ息をはきだした。
ことあるごとに外してくれと言ってるのだが、こればっかりは聞いてくれない。
「こいつのことは後まわしだ。いまは姉さんを起こさないと」
頭をふってベッドに目をやれば、涼子はまだそのなかにいた。
「スヤスヤ」
ナチュラルショートの黒髪に端正な顔立ちの美少女がそんなわざとらしい寝息をたてている。いや、声にだしてるからこれは寝言にはならないのではないか?
「…………」
「スヤスヤ」
じっと観察してみるが、涼子は謎の寝息をたてているだけ。
見られていることに気づいていないのか、あるいは意地でもこれで通そうというのか。
先に折れたのは唯だった。
「姉さん。起きて」
仕方ないから、そう呼びかける。
「スヤスヤ」
反応なし(いや、反応はしているのか? ややこしいことこのうえない)。
次はパステルブルーのカーテンをあけて室内に朝の光を取り入れる。さらに手も叩いてみた。
「ほらほら起きて。朝だよ」
「スヤスヤ」
ダメだった。
涼子のまぶたは接着剤ではりつけられたみたいに、いっこうに開こうとしない。
しかたないので恐る恐る体をゆさぶった。
「姉さん。朝だよ」
そのときだった。
ガバッと涼子の手が布団からとびだしてきた。
さながら獲物が来るのを待ちかまえていた虎バサミのように。
「どわっ」
警戒はしていたのですぐさまその場からとびのこうとするが、涼子の動きはあっさりそれを上まわり、唯の体は彼女によってガッチリと抱きしめられていた。
「ああもう! やっぱりこうなった!」
どうにかひきはがそうとするが、もがけばもがくほど姉の腕が食いこんでくるような錯覚にとらわれ、そうそうにあきらめる。
「スーハースーハー」
それをいいことに涼子は唯の胸もとに頬を押しつけたまま、その場で深呼吸を始めた。
吸われるたびに何かが減っていくように感じるのは気のせいだろうか?
「ねえ、もういいでしょう? いつまでもこんなことしてたら遅刻しちゃうし」
「ダメ。まだ足りない」
なにがとは聞けなかった。
唯は唯で困った事態が起きていて、他に気をまわす余裕がなかったからだ。
そう。唯は困っていた。なにが困るって姉さんは姉というからには女なわけで、女性は寝るときにはブラジャーなんてつけなくて、寝巻きごしに感じられる女子特有の柔らかさはたとえ姉さんの胸が大きくなくても……もっと言うならたとえそのふくらみが平らに近くても男にとっては理性を狂わせる麻薬なのである。
くわえて彼女の髪からはシャンプーの香りまでがただよい、思春期の少年の敏感な部分を刺激してくる。
「あっ、ヤバっ」
つまり下半身のほうが大変なことに……でも姉さんは姉なわけだからそんな感情は抱いてはいけないわけで……でもいちおう血はつながっていないからいいのか?
実は唯はもらわれっ子のため家族のだれとも血がつながっていない。
そんな免罪符が頭の片隅によぎると、自分の理性にヒビが入ったことを唯を自覚した。
「いやいやダメだろ。俺たちは家族なんだ。そこだけは譲れない。あーでもちょっと譲っちゃおっかなあなんて」
もう自分がなにを考えているのかわからなくなってきた。
「ん。とりあえず満足」
唯が解放されたのは、彼の我慢が限界をむかえようとしていたちょうどそのときだった。
あとわずかでも遅れていたら彼の理性と家庭はともに崩壊していたかもしれない。
「うん? 弟くんは満足してない?」
涼子の目が唯の下半身にむけられた。
「うわぁぁぁっ! じゃあちゃんと起こしたからね!」
彼は股間を手で押さえ、急いで涼子の部屋から逃亡した。
「ハアッハアッハアッ!」
廊下にでて荒くなった息をととのえる。心臓がバクバクいっているのがわかった。
つかれた。まだ一人目なのに異常につかれた。
しかもあの涼子をしのぐ猛者たちがまだふたりも残っている。
「な、泣きそう」
だが、どれだけ泣き言をいおうと、唯にとっての朝の本番はここからなのだった。