4・23 唯と銭湯 3
「はあぁぁぁ。極楽極楽」
滝の湯の男湯で一番大きな浴槽に肩までつかった唯の口から自然とそんな言葉がついて出てきた。
「やっぱり手足が伸ばせるお風呂っていいもんだな」
麻宮家の浴槽は体育座りしないと入れないため、こうして伸び伸びと入れる銭湯のよさを改めて再確認する。
「それに姉さんも入ってこれないし」
姉の涼子は唯がお風呂に入っていると、背中を洗おうかとか、忘れ物した(浴室にわざと何かをおいていく)とか、なにかと理由をつけて乱入してこようとするのだ。そのため心休まることがない。
しかし、銭湯ではさすがにそんな非常識なことはできないだろう。
唯は番台でのやりとりも忘れて、久方ぶりにくつろいだお風呂を楽しむことができた。
「さて、次はどの風呂に入ろうかな」
ここ滝の湯には普通のお風呂のほかにも、サウナ、水風呂、ジェットバス、電気風呂といった銭湯の定番のお風呂から、かわったところでは唐辛子成分が入っている地獄風呂なんてものまであった。
そんなふうに唯が男湯でリラックスしてたころ、女湯のほうでは……。
「ちょ、なによこの拷問器具みたいな名前のお風呂は?」
ポニーテールをほどいた晶がとある浴槽のまえで、電気風呂と書かれたプレートを見て目を見ひらいていた。
「そのまんま電気が流れてくるお風呂だけど。知らないの?」
「し、知らない」
涼子の端的な説明に恐怖をおぼえた晶が顔をひきつらせて首を横にふる。
「なにそのありえないお風呂?」
「わりと定番だけど」
「クレイジーすぎる。日本の銭湯。まあわたしには関係ないけどって、なんでわたしの背中を押すのよ?」
「一緒に入りましょ」
「はっ? い、いやよ! わたしはこんな怪しいお風呂じゃなくて、普通のに」
「知ってる? この国では電気風呂に入れないようなお子様はあそこの毛を剃って文字通りにお子様になるという慣わしがあるの」
そんな慣わし、あるわけない。
「う、うそでしょ?」
しかし晶は信じた。
「どっちにする? 入るか剃るか」
「どっちって……」
「どっち?」
入ることになりました。
「肩までつかる」
「わ、わかってるわよ……あっ……なんかピリってきた……あっ……ちょっとやだ……全身にピリってくる」
「でも大丈夫でしょ?」
「んっ……ま、まあこれくらいなら……くうッ……我慢できな……はうッ……ほどじゃな……やんッ……ないけど」
「そう。なら、もっとこっちに」
涼子に電極のあるほうへと誘導された。
「へっ? ひぐっ! なにこれ!? ビリビリッてくる! 待って。ちょっと待って。ほんとヤダ! 強すぎる! 刺激が強すぎて怖いから! こんなのどうにかなっちゃう!」
「だらしない顔をさらしたまま、どうにかなってしまえ」
「ぐう……なんであんたは平気なのよ」
晶はおのがプライドをかけて、意地でも表情をひきしめた。
「このピリピリがクセになる」
「この変態!」
「今日からあなたもその変態の仲間入りをすることになる」
「ヒィィィ。出る! わたし、ここから出るから!」
「くっくっくっ……逃がしはしない」
「あ、あんた……ひあッ! は、はじめから……んんっ……このつもりで……」
「今ごろ気づいてももう遅い。ここから出たければ許してください涼子さまと言え」
「だ、誰が言うか!」
「ならこのまま堕ちろ」
涼子は立ち上がろうとする晶の肩を掴まえて、グッと下におした。
「なめないでよね!」
涼子肩にぶら下げたまま晶は力ずくで立ちあがった。
「ふんがッ! 体力勝負なら負けたりしないんだから!」
「ぬう……金髪の馬鹿力が誤算だった」
悔しそうな涼子のうめき声というのも珍しい。
「なにやってるのよ、あのふたりは。騒がしいわね」
ジェットバスに寝そべりながらつかっていた沙希がふたりのやりとりに眉をひそめて閉じていたまぶたを開いた。
「まあまあ姉さん。あれくらいはおおめに見てあげましょう。人様に迷惑かけるほどでもないですし」
沙希に付き合って全身を泡でマッサージしていた夕貴が菩薩のように脱力した顔でとりなす。
「あんたがそうやって甘やかすからわたしが注意しなきゃいけなくなるんでしょ」
「でも涼子ちゃんがあんなにはしゃげるのは晶ちゃんとだけなんですから」
そう言われては妹想いの沙希としても強く言えなくなる。
「まったく。わが妹ながら難しい性格だわ」
「ふふっ」
「なによ?」
「いえいえ」
間違いなく姉さんの妹ですねと言おうと思ったが、機嫌が悪くなるのが目に見えているのでやめておいた。