4・17 唯と身体測定 1
ようやく更新できた。前回から空きすぎですね。もし待ってたって人がいれば、遅くなって、あいスイマセン。
今日は高校の全校一斉身体測定。
一年通して生徒たちの体と運動能力がどう変化したかを検査する日である。
そしていま麻宮唯は体操着に着がえ、保健室でおのれの身長と一年に一度の戦いをしている最中だった。
胸を張って背筋を正し、足をつっぱって首を伸ばす。
「こら、麻宮くん。かかとを上げない」
「な、なんのことだか」
たとえ保健の先生に注意されたとしても、唯はすっとぼけて押し通そうとする。
「上から押さえつけるわよ?」
もちろん、そんなことが許されるはずもないが。
「後生だから見逃してくれ、ナオちゃん」
「ダメに決まってるでしょ」
そう言うと、養護教諭の笹村直子は彼の肩に手を置いて体重をかけてきた。
「重い……だが負けん!」
「こらっ、粘るな。後がつかえてるんだから。それから重いって言うな!」
今度は裸の上半身の脇腹に手を入れる。
「ちょ! あは! あはははは! くすぐるの禁止! やめて!」
冷たい手でくすぐられ、たまらず体をくの字に曲げる唯。とうぜんそのぶん、頭の位置は低くなるわけで……。
「はい。麻宮くんは身長150センチ」
「ああああぁぁぁぁ! しまった! なし! 今のなし! ちゃんと計るから! ちゃんとするから! おねがい、ナオちゃん!」
「はいはい。今度は不正しないようにね」
すがりついてくる唯を直子は慣れた調子で適当にあしらい、身長計に立たせる。
「それと学校ではナオちゃん禁止」
メモリを見ながら注意する。
「すいません、笹村先生」
直子は麻宮家の長女である麻宮沙希の元同級生で、麻宮姉弟とは小さいころから面識があった。
とくに唯はナオちゃんナオちゃんと彼女に懷き、一時期、涼子に特大のヤキモチを焼かせたことがある。
「あーあー」
身長を書かれた用紙を受けとり教室にもどってきた唯は、書かれた数字を確認してタメ息をついた。
「よお、麻宮。いくらだった?」
こちらも身長の計測を終えたクラスメイトが声をかけてくる。
三瀬虎之介。高校に入ってから親しくなった、唯の悪友とも言える存在だ。
「170…………………………弱」
タップリと間を置いてから「弱」をつけたすあたりに、唯の苦悩が見てとれた。
「つまり、いかなかったのか」
苦笑する友人の様子になぜか余裕のようなものを嗅ぎとって、唯の胸がざわつく。
「そ、そういうトラはいくらだったんだよ?」
地雷原を行くように慎重に警戒しながら尋ねた。
相手の言葉に身がまえながら。
一方の虎之介は得意げにVサインを作り、事もなげに言ってのける。
「6ミリ伸びて170.1」
「ギャー! こいつとうとう170センチの大台に乗りやがった!」
どうやら、どれだけ身がまえていようが受ける衝撃に変わりはないらしい。
唯の絶叫が教室中に響きわたり、クラスメイトがなんだなんだと目をむけてくる。
「去年はおれのほうが1ミリ高かったのに!」
「ハッハッハ。麻宮くん。おれは先に行くよ」
「まぶしい! 後光がさしてまぶしすぎる!」
ふたりがそんなふうに騒いでいると、もうひとりの友人である真島友宏も合流してくる。
「180まであと1センチか。惜しかったな」
彼の何気ないつぶやきに、唯と、そしてそれまでふんぞり返って得意になっていた虎之介とのあいだにシラ~っとした空気が流れていく。
彼らはどんよりと曇った目つきでこの友人のことを下からにらみつけた。
「うん? どうしたんだ、ふたりとも? テンション低いな?」
「だれか身長低いなだ!」
「言ってねえよ!」
いきなり噛みついてくる唯に友宏も言いかえす。
「どんな耳してんだよ。ひくわ。なあ、トラ?」
「どんだけミニサイズなんだよ。低いわだと?」
「おまえもか! それはさすがに無理あるだろ!」
「ちくしょう。ちょっと自分がノッポだからっておれたちの傷をえぐりやがって」
「なにがあと1センチだ。その1センチがあればどれだけの麻宮が助かると思ってるんだ」
「知らねえよ! いったい麻宮、何人いるんだよ!?」
もはや恒例ともなっている三人の馬鹿なやり取り。
クラスメイトたちも慣れたもので、またやってると苦笑している。
そうやって彼らが教室の後ろで騒いでいると、ひとりの男子が息せき切って駆けこんできた。
「おい、三瀬。馬鹿なことやってる場合じゃないぞ! 女子たちが帰ってくる!」
『――!』
その報告にクラスの男子たちが静まり返った。ある者は作業の手を止め、ある者は席を立ち上がり、無言で虎之介のまわりに集まってくる。
「……鹿島の現在位置は?」
「階段の踊り場だ。おまえの言ってたとおり先頭を歩いてる。後ろには椎名と潮崎も連れているが」
「あのふたりなら問題ない。他が帰ってくるまえに決着をつけよう」
『おおっ』と、教室内にどよめきが湧き起こった。
「同士麻宮、古の契約に従ってもらうぞ」
「本当にやるのかよ?」
「当然だ。男には血が流れるとわかっていても臆してはならないときがある!」
「そうだそうだ!」
「血を流すのは完全におれだけじゃねえか」
「こいつ独り占めするつもりか!?」
「情報の寡占は許さんぞ!」
「おれたちにだって知る権利がある」
男子たちのいっせいのブーイング。
そのプレッシャーに唯も観念するしかないと諦めた。
「クソッ。ゲーセンで金なんか借りるんじゃなかった」
「クックックッ。あれも全てはこの時のため」
「さすがトラ……こういう下らないことを考えさせたときは知力100の軍師になりやがる」
友宏は戦慄とともに出てもいない汗をぬぐうマネをした。
そうこうしているうちに別行動で胸囲と体重を計っていたクラスの女子たちが教室に帰ってくる。
「次はグラウンドで体力測定だっけ」
「鹿島、今年の50メートル走は勝つからね」
「受けてたってあげるわ」
「いいわね、ふたりとも。運動ができて」
「シオは運動からっきしだもんね」
「その代わり勉強できるじゃない。わたしはそっちのほうが羨ましいけど」
「椎名は勉強がからっきしだもんね」
「クソッ。この万能金髪ヒロインめ」
先頭は情報どおり鹿島晶。そのすぐ後ろにベリーショートが似合う椎名縁とメガネがトレードマークのクールビューティーな潮崎マヒルが続くが、他の女子たちはまだのようだ。
「ほら、唯。行け」
「わかったよ。骨は拾ってくれ」
いやいやながら唯が晶にむかっていくが、
「あっ、唯、あんた、身長どうだったの?」
それに気づいた彼女が先に声をかけてきた。
「くっ。170……弱だよ」
なんとなく出鼻をくじかれる気分になって、最後はボソリとつけ加えた唯だったが、金髪の幼馴染はそれを聞き逃さなかったようだ。
「つまり、170いかなかったのね」
苦笑する晶の目にわずかに同情の色を見つけ、少しムッとなる。
「そういうおまえはどうだったんだよ? その……」
「わたし? 変わってないわよ。成長とまってるし」
「そ、そうだっけ?」
唯の視線が胸にむかう。
「どこ見てるのよ! 身長の話に決まってるでしょ! 胸は大きくなってるわよ! カップ数あげたの知ってるじゃない!」
胸を手で隠し、思わずそう叫ぶ晶。
「晶、声」
マヒルが顔でたしなめる。
縁は腹を抱えて爆笑していた。
ハッとなって周囲を見ると、クラスの男子たちがコソコソと囁きあっている。
「聞いたか? 鹿島のヤツ、カップをあげたらしいぞ」
「なにカップだ?」
「まえがDだったはずだから……」
「ごくり……」
「イイ《E》な」
「ああ。イイ《E》」
「グッジョブ、麻宮」
男たちは涙を流しながら、こっそりと唯に親指を立ててみせた。
最低だった。
金髪美少女の白い顔が鮮やかな朱に染まる。
「な……な……な……なに言わせるのよ!」
炸裂する幻の左。
「いまのは晶が勝手に言っぶべれえ!」
そして血が流れた。
男たちは忘れないだろう。
血が流れるとわかっていても臆することのなかった英雄の名を。
「晶のヤツ、コークスクリューで殴りやがって。おれだって好きでやったわけじゃないんだぞ。しかもあれは自滅のようなもんだから、おれ、悪くないし」
女子たちも帰ってきて、体力測定が開始されるまでの空き時間。
唯は頬をおさえてブツブツと文句を言っていた。
それをとなりの席で聞いていた晶がふんと鼻を鳴らす。
「うるさいわね。あんたが、わたしの胸をあんないやらしい目で見るのがいけないんでしょ」
「いやらしい目でなんて見てねーよ」
「見てた」
「見てない」
「み・て・た!」
互いに譲ろうとしないのは、このふたりにとってはいつものことだ。
ほとんどのクラスメイトたちは、またやってるとあきれ顔である。
こんなときふたりの仲裁をするのは、決まって彼らの後ろに座っている潮崎マヒルだった。
ただ、その仲裁の仕方に少々問題がある……と、少なくとも、される側のふたりは考えている。
「まあまあふたりとも。晶の胸を麻宮くんが見てたかどうかなんて、どうでもいいじゃない」
「どうでもいいわけないでしょ」
ムッとして友人がいる背後にふり返ろうとする晶だが、その動きは自分の脇の下から伸びてきた手によって止められた。
そのまま、むんずと胸を掴まれる。
「ひあっ! コ、コラ! 」
「でも、どうせ遅かれ早かれこの胸は麻宮くんのものになるんでしょ?」
晶の抗議を無視し、まるでそれが既定路線だとでも言うようにマヒルは聞いた。
「ば、馬鹿なこと言わないでよ! どうしてわたしの胸が唯のって、ちょっ! 勝手にヒトの胸を揉むにゃあ!?」
「ヒトのって麻宮くんのこと? まさかもうすでに麻宮くんのものになってたなんて」
「どうしてそうな――やっ! だから! 揉まないでって!」
「よかったわね麻宮くん。これは大きさといい形といい感度といい、まさに極上ものよ。A5ランクを進呈するわ」
「わたしは肉牛かッ!」
「冗談冗談」
もう全然冗談になってないほど晶の胸を堪能してから、これ以上やると本気で怒られるというギリギリのラインでマヒルは手をはなした。
「さすが鹿島だぜ」
「一級胸モミストのお墨付きか」
「ああ。しかし、潮崎もいつもながら見事な手際だ」
男子たちはその技術に少しでもあやかろうと、マヒルにむけてパンパンと手を合わせた。
「すごいわね。シオってば、なんか男子の教祖様みたいになってるわよ」
椎名縁が笑いながらその光景を指をさす。
「ったく。こっちは頭痛いわよ」
晶は恥ずかしそうに頬を染め、それからこちらを見ている唯から胸をかばうように背中をむけた。
「そんな物欲しそうな目で見てもあげないんだからね」
「えーっと、悪い」
そのあまりの可愛さに唯も思わず謝ってしまう。
縁の目がキラリと光った。
「謝るってことは本当にそんな目で見てたんだあ。麻宮くんてば、いやらしい」
「ち、違う! いまのは晶が可愛かったから、つい……」
「へっ? えっ?」
晶がきょとんとなって唯を凝視し、それから一瞬で顔を真っ赤にそめた。
「タンマ! いまのナシ! そういう意味じゃなくて、なんていうか、えーっと……」
あたふたと言いわけしようとする唯だが、ほとんど意味のある言葉は出てこない。
「……バカ」
そうしていると晶もますます恥ずかしそうに肩をすぼめていく。
後ろで縁が爆笑していた。
そんなふたりのやり取りは、はたから見れば、ぶっちゃけ、ただじゃれ合っているようにしか見えないわけで。
いつの間にか教室中が静まり返ってこちらを見ている。
とくに唯にたいする男子からの視線は突き刺さらんばかりに刺々しい。
「あ、あれ? なんだよ?」
それに気づいて戸惑う唯。
その彼にクラスの男子どもは怨嗟の声を浴びせかけるのだった。
「イチャイチャしてんじゃねえよ!」
「やってらんねー!」
「滅びろリア充!」
いっとき英雄として持てはやされた麻宮唯は、民衆の嫉妬をかってその座を奪われた。